7-2

「あ、卯月さん!」

 山科に報告を持ち帰るところで、卯月は呼び止められた。住吉が、サラベス料理に舌鼓を打っている。

「コレ、ウマいっすよ!」

「馬鹿なの? 仕事中でしょうよ、一応」

「誰か探してるんですか?」

「探してるっていうか……経産大臣政務官の由良が出席してるかどうか確認してたのよ。いなかったみたいだけど」

 卯月は、早足で山科のところへ戻っていった。


 井口刑事はポケットに手を突っ込みながら、サングラス越しに周囲に対して無自覚に睨みを利かせていた。厳つ過ぎる風貌のせいか、あまり人が寄り付いていなかった。

「ママ、あの人怖い!」

「あんまり見ないの。ほら、こっち来て」

 そんな体たらくを見兼ねた住吉が、井口を会場の端に引き摺り出した。

「あのですね、一旦サングラス外しましょう」

「え?」

「で、前のボタンももう一つ上まで閉めましょう」

 住吉にされるがまま、井口の身なりが整えられる。

「なんか、ダサくなってないか?」

「いや、全然こっちの方がいいですから!」

 井口はファッションに造詣が深い訳ではないので、若い住吉の要求を渋々受け入れた。まあ確かに、こうしていた方が見晴らしはいいな。井口は周囲を見回した。


 見たことある顔……確か、日興ガス社長の菅生だ。脳の活性を自覚した井口は、その背後をさり気なく陣取る少年に目がいった。

「あいつか。探偵の見習いとかいうガキは」

「どういうツテで入場したんですかね?」

「それはまあ、色々あるんだろ。俺らみたいに」

 菅生社長が別のグループで歓談を始めると、少年も動きを止めた。

「フッ、わかりやすい尾行だな」



 菅生の様子を窺っていたワタルが目にしたのは、見覚えのある顔だった。

 偽の死体写真に釣られ、シャーリー横のゴミ捨て場に姿を晒したあのサラリーマン風の男だ。ということは、古郡サイドの人間か。

 命じられて、様子を窺っているのだろう。 

 来るべき時のために。


 ワタルはふと、腕時計を確認する。ほぼ同時に菅生が再び動き出したので、すかさずそちらに気を集中させた。

 人の群れから外れ、菅生は電話をかけ始めた。

「……ああ、由良さん…………もうすぐ着く……早く来て……祝杯挙げましょう……それじゃ……」 

 会話を完全には聞き取れなかったが、どうやら由良は遅刻してくるようだ。


 ワタルを追い抜く影があった。この先にあるのはトイレだけ--

 その男の眼鏡のフレームが、合図のようにワタルに反射した。


「有根さん?」

 男は立ち止まり、背中をこちらに向けたまま、語りかけてきた。程良く日に焼け、締まった体躯がトイレへと続く、長い廊下に立っている。ワタルはその声を聞き漏らさぬよう、男の死角から神経を研ぎ澄ませる。

「まさかここに来るとは。高杉ミオリさんは見つかったんですか?」

 ワタルは答えない。

「いいでしょう。私の言葉はそちらに届いているでしょうから。あなたは無視を決め込んでいるつもりでしょうが、そうはさせません」

 ワタルは男の背中を横目に捉え、言葉を受け取っていることを態度には示さなかった。

「名前を知ってたんなら最初から教えてくださいよ」

 ワタルは、腕時計に口を近づけ、小声で指示を送った。

「準備しといてくれ」

『オッケー』

「何を準備するんです?」

「高杉ミオリに関することですよ。人を引き渡すんだから、慎重にやらないと」


 男はトイレへ続く廊下に入った。ワタルが廊下を覗くと、男は姿を消している。奥に進んだようだ。ワタルは、脇に置いてあった〈清掃中 KEEPOUT〉の立て看板を廊下の入口に設置し、先へ進んだ。

 廊下を突き当たって左側から男子トイレ、右側から女子トイレに入れるという構造になっていることが見て取れる。溝呂木は、男子トイレに行っただろうか。それとも……

 ワタルは突き当たりに差し掛かった。

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