7 delayed

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 レセプションに向かう計九人の刑事を乗せた二台の車は、首都高渋谷三号線を東方向に走り、青山通りに向かっていた。前の車両に詰めているのは警視庁警備部警護課の所謂SP。後ろの車両には、運転を任された住吉、井口、下平、卯月が乗っている。ハンドルを握る住吉は、ミラーに映る先輩刑事三人の服装が気になっていた。

「皆さん結構、キメてきたんですね」

「当たり前だろ。パーティーだからな。つうか住吉、お前の服はなんだよ。予備校生か」

「いや、それにしたって、井口さんの格好は……その、ねえ?」

 下平が、住吉に同調する。

「カタギには見えねえな」

 井口は反論をしなかった。


「しかし、何が起きてるのかねえ」

「ああ。少なくとも、花屋に転がり込んでいた高杉ミオリという少女が事件の鍵を握っていることは間違いない」

 下平が毅然とする一方、住吉は疑問を口にせずにはいられなかった。

「でも、『私、四十九歳なの』って……どういうことなんですかね」

 井口を含めてそれなりに経験が豊富な刑事が三人いるものの、その後生まれた沈黙を破る術は見出せないまま、車は目的地に迫っていく。



 大勢の人間が行き交う大使館の入口前。ワタルと野呂は正装で、掲揚のうえライトアップされた日本国旗とサラベス国旗を見上げていた。

「お前はある意味、日本とサラベスのハーフかもな」

「笑えねえよ、オッサン」


 オールバックに彫りの深い顔面がよく似合う、トレンディな男が駆け寄ってきた。

「須呂さんですか?」

「ええ」

 野呂が答える。

「お待たせしました。私、アシヤエンタープライズ社長の長沼ながぬまと申します」

「須呂です。よろしくお願いします」

「じゃあ早速、中に入りましょう」

 ワタルと野呂は社長に招かれ、混迷と謀略の異文化交流会へ、足を踏み入れた。


 サラベス大使館が主催する、サラベス共和国独立一八○周年記念レセプション。それは、長きに渡り続いている両国間の交流を祝い、お互いに今後の発展を祈念するという、要するに大規模なパーティーを大勢で楽しむという催しである。例年、六○○〜七○○人ほどが集まる一大行事らしい。


 久しぶりの正装と太いフレームの眼鏡を纏ったワタルは野呂に連れられる格好で、歌手のエリシアとそのマネージャー、事務所の長沼社長と対面のうえ、歓談に興じた。

 今回、野呂とワタルの関係性には、「親子」という設定が採用された。苗字は「須呂」ということになっている。


「しかし、敷島くんが来られなくなったのは残念だね」

「全くですよ、社長。我々を招待してくださった張本人だってのに」

 こうして見ると、オッサンも年相応の社会性が染み付いている。ワタルはその人生の一部しか知らないと、改めて認識した。


 エリシアはエレガントな見た目に反してお転婆なところがあるのか、鬱陶しいほどの身振り手振りで会話に参加してくる。

「それにしても須呂さん、ヒゲがとってもセクシーね」

「そうですかね? ありがとうございます」

「敷島さんとは、どういう知り合いなの? あ。恋人とか? キャッハー!」

「いや、恋人ではないですね」

「なーんだ、ツマラないの」

「実はですね……あんまり言わないでくださいよ?」

「言わないよ。アタシが口の軽い女に見える?」

「いやいや、エリーは見るからに軽いでしょ!」

 社長のツッコミはもっともである。


「実は私、探偵なんですよ」

「ええ、そうなんですか!」

 マネージャーも驚きを隠せなかったようだ。

「スゴーい! 私、探偵って初めて見たよ」

 どうやらウケがいいらしい。確かに探偵と言っておけば、敷島との馴れ初めを「守秘義務があるので」の一言で片付けられるので、一石二鳥である。


「そうだ。息子がね、エリシアさんのファンなんですよ」

「えっ、そうなの? キミ、なかなか見る目あるねぇ」

 ワタルはお膳立てを受け、演技を始めた。

「嬉しいです、会えるなんて。握手してもらってもいいですか?」

「もちろんよ、キャハ!」

 二人は握手を交わす。

 何の時間だよ、これ。ワタルは調子が狂いそうになった。


「ありがとうございます。いやーそれにしても、本当にお美しい」

 ワタルは当たり障りのないコメントを贈る。

「美しい? 当たり前よ。っていうかキミ、なんだかおっさんクサいね」

「こら、エリー! ファンの方になんてこと言うのさ」

 この人、なかなか鋭いな。ワタルが冷や汗を浮かべると、野呂がフォローを入れる。

「いやいや、実際おっさんクサいですからね、コイツは。演歌とかも聞くんですよ」

 拙いフォローに、ワタルは早くこの場を去りたくなった。


『くそっ……羨ましいぞ、ワタルくん!』

 ワタルのジャケットに付いているボタン型の小型カメラを通して、護摩所は一部始終を監視することになっていた。夜の公園でモニターを眺める護摩所にできるのは、マシュマロを口に放り込むことだけだった。



 レセプションは、和やかな祝賀ムードに包まれながら進行していった。大ホールは立食パーティーの様相を呈しており、両国の外務大臣や関連企業の社長らが一堂に会している。山科笙栄は年齢もあってあまり動き回らず、二人のSPに囲まれながら椅子に座りほぼそこから動かなかった。


「どうも、山科さん。警視庁捜査一課十二係の下平と申します」

 下平が、卯月を従えて山科に話しかけた。

「君がそうなのか。そちらが、卯月さん?」

「よろしくどうぞ」

 卯月は軽い会釈で応じる。

 招かれた四人の刑事は、山科への殺害予告が狂言であることを事前に山科から聞いて理解している。卯月はその声明の差出人に見当を付けていたが、下平には黙っていた。


「こういうやり方は良くないと思いますよ」

 小声で苦言を呈する下平を無視し、山科は尋ねる。

「どうだ、異状はなさそうかい?」

「……そうですね、今のところは。引き続き警戒していきます」

「そうか、ならいいんだ。ところでね、来る予定だった人が来ていない気がするんだよ」

「どなたでしょうか?」

「経済産業大臣政務官の、由良賢吾という男だ」

「なるほど。卯月、ちょっと確認してきてくれるか?」

「わかりました」

「残念だよ。会いたかったんだけどねえ」



 ワタルは注意深く人波をかき分けていた。これだけの人数がいると、一人の人間を探すのはやはり難しい。由良賢吾は特に目立つような容姿を持ち合わせていないので、尚更である。

『こっちでも映像解析してるけど、由良は来てなさそうだね』

 護摩所の声は、眼鏡のフレームから骨伝導でワタルに聞こえている。逆に、ワタルの声や会場の音声は、腕時計に仕込まれたスピーカーから護摩所が拾う。

「マジか。来てねえのかよ……」

 集められた人物の平均年齢は四○〜四十五歳ぐらいだろうか。ワタルは、似たり寄ったりの有象無象に目眩がしそうだった。


「……」

「……」

「……」

「…………あ、菅生さん……」

 菅生すごう? 護摩所も話で出していた日興ガスの社長がそんな名前だったはずだ。そいつと関係があるのだろうか。ワタルは、声のした方へ五感を絞り、注意深く近づいていく。

「……」

「古郡社長は来てないのか?」

「ええ、そうなんですよ」


『午後八時より、当ホールのステージにて、シンガーソングライターのエリシアさんによるスペシャルライブが行われます。どうぞお楽しみください』


 場内アナウンスを、ワタルは気に留めなかった。古郡。よく知っている名前の登場に、胸をざわつかせる。

「それにしても、古郡くんは無礼極まりない……折角の招待……キャンセルするとは

「……全くですな菅生さん。我々の牙城を崩すなどと息巻いて……結局はただのヤンキー上がり……過ぎなかった。遊びとビジネスの区別が付いてないんですよ」

「フフッ、そうですね。……じゃ、その件はまた後ほど」

「はい」

「……」

「……」


 菅生と呼ばれていた男がその場を離れたので、ワタルはその動向を追う。


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