6-5

 ワタルはレセプションまでの間、リスクを承知で昭和創生ホテルに偽名を使用して転がり込むことにした。

 レセプション、そして銀縁眼鏡の指定した期日まであと二日。山科の部屋を訪ねたワタルは、ガーデンSAKIでの出来事を打ち明けていた。


「警察が高杉ミオリの存在を認識したのか?」

「警察とは言っても一部の刑事ですけどね。連続殺人事件の終幕に納得のいっていない人もいて、それでミオリを匿っていた崎村勇太郎に話を聞こうとしていたらしいんです」

「ディレイドのことは?」

「信じていないと思います。ただ、勇太郎くんが『ミオリを助けてくれ』と泣いて縋ったので、只事ではないとは思っているのではないかと。ディレイドかどうかはともかく、一人の女性が姿を消した。そう捉えていると思います」


 山科が暫しの沈黙の後、ワタルに尋ねる。

「君はどうしたいのかな?」

「そうですね……」


 ワタルの心は決まっていた。

「すべてを白日の下に晒す……と言いたいところですけど、ディレイドの存在を世に知らしめたくはないので、そういう訳にはいきません。こうなったら意地を張るだけです。名取はもうこの世にいないし、あなたを殺したからといってどうにもならない。ただ、由良は違う。利益のために俺を更なる苦しみに向かわせる気です。好奇の目に晒され続けるぐらいなら、このまま日陰で生きるほうがマシだ。慣れってのは怖いですね。なので、由良を社会的に殺したい。細やかな生活を踏みにじりに来やがった由良を。……正義とかじゃない、単なる私怨ですけど」

 山科は、爽やかな笑みを浮かべた。

「名前を捨てた人間が、名前を誇示する官吏を討つ、か。面白いね。私はもう後は天に召されていくだけだと思ってたけど、最期にいいモンが見られそうだね」


 国の真意はどうあれ、山科もかつて国に棄てられた人間としての反骨精神があるのだろう。老いてなお血を騒がせている。ワタルは山科の白い歯が輝くのを見て、嫉妬すら覚えた。

「で、どうするんだ?」

「あなたを殺します」

 山科は、いよいよ笑い声を漏らした。

「なるほどね」

「嘘ですよ。狂言です」

「あ、そうなのか。私が殺されるほうが面白そうだけどね。まあ、どっちでもいいや」

 ワタルは、たとえ八十五年生きたとしてもこの胆力を持つことはできないだろうと、将来を憂えた。


「山科笙栄の殺害を予告する声明が出たとなれば、レセプションの主催者や運営が中止か延期を検討すると思います。それを山科さんには拒否していただいて、レセプションを通常通り行わせてください」

「まあ、私も運営の一人だからね。毎年嫌々やってきたんだよ」

「通常通り行うとなると、警備も強化されるでしょう。そこで、できればでいいんですが……どさくさに紛れて四人の刑事を招待してほしいのです」

「ちょっと待ってくれ、二人という訳にはいかないかな?そう何人も秘密裏に招待できない。君と、君のお連れさんと、あと二人ぐらいが限界だ。影響力がなくて申し訳ないけどね」

「僕ら二人は大丈夫です。実は他のコネがありまして、そっちで何とかなりそうなんです」

「大したもんだね」

 山科は手を叩いた。


「で、その刑事って?」

「この人です」

 ワタルは、名前と携帯番号の書かれた紙切れを山科に手渡す。

「若くして警視庁の捜査一課で活躍する女性刑事ですから、やり手なんでしょう。四人ってのは彼女の提案でしてね。残りのメンバーについては彼女に詳しく聞いてください」

「面白い」

 まるで万札を貰うかのように意気揚々と、山科は紙切れを受け取った。


「後は……アイツを丸め込めるかですね」



 渋谷の古ビルの片隅。

 例によって宮村黎は、PC画面の中でプールに入りながら、両脇に美女を抱えていた。気持ちの悪い絵面に、ワタルは一旦その画面を閉じようとする。

『待って、閉じないで!』

「あんたはVチューバーか。大体どこなんだよ、そこ」

『だから、シンガポールだよ。素敵でしょ?』

「いい加減帰国しろよ。暇なのか」

『フフッ。……本題に入っていいかな?』

 ワタルは舌打ちで応じた。


『敷島晴博だけどね、エリシア様と接点あったよ。エリシアの所属事務所の社長とは仲が良いんだって。今、この前ワタルくんが掴んでくれたネタで敷島を脅してるところだよ。社長がレセプションに行くみたいだから、敷島に頼み込ませればそこのラインでどうにかなると思うよ。三、四人くらいは呼べるんじゃない?』

「そうか、ありがとう。助かったよ」

 それ以上のやり取りは無駄なので、ワタルは早急にノートPCを閉じる。しかし何だか味気ないので、すぐにもう一度開いた。


『急に閉じないでよ!』

「ちなみにさ、卒アルに載ってた敷島の弱みって、もしかして反社絡みか?」

『どうしてそう思うの?』

「だって写真だけだったら、わざわざ本人の家から盗む必要ないだろ?他の同級生の所から盗ればいい。ということは、寄せ書きも見たいのかと思ってさ。仲が良いやつとやるんだろ?そういうの。俺はやったことないけど」

『いい線行ってるとだけ言っておこうかな』

「そうか」

『あとね、僕も寄せ書きなんてしたことないよ』

 苦笑を浮かべ、ワタルはPCを閉じた。


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