6-4
「ありがとうね、話してくれて」
目に涙を浮かべながら、弥生が勇太郎への感謝を口にした。
「オッサン、どう思うよ?」
「うん……」
野呂はアイデアを捻り出すように髭をなぞった。
「勇太郎くん、お店は基本的にお母さんが仕切ってるんですか?」
「はい。母が一人でやってます」
「ちょっとお呼びしてもらっても……」
遠慮がちな野呂の提案を快諾した勇太郎は、一分足らずで家の中から母の保子を連れて戻った。
「私に聞きたいことというのは……?」
「お呼び立てしてすみません。ミオリさんのことについてなんですが」
「はい」
「……ミオリさんがここに滞在していたおよそ三か月の間で、不審なお客さんなどは来ませんでしたか?不審とまではいかなくても、少し気になったという程度で構わないんですが」
「ああ……」
保子はしばらく視線を漂わせたが、得心がいったようだった。
「八月入ってからだと思うんですけど、三十過ぎくらいで彫りの深い男の人が一人で来たんです。ちょっと怖い感じの。背が高くてギラッとした眼鏡をかけてて。それで珍しいなとは思いました」
後ろ暗い連中が服装を揃えるメリットなどないので、十中八九拘束椅子から見上げたあの奇妙な男だろう。ワタルは唾を飲み込んだ。
「その男は、何か買っていきました?」
「ええ。リンドウを一輪」
「えっ……」
穏やかになりかけていた勇太郎の形相から、再びすっと血の気が引いていく。ワタルはすかさず気を回した。
「どうしたの?」
「その人だ、その人が……!」
「勇太郎?」
訝しげな母を尻目に、勇太郎は既に弥生には話していた下駄箱の茎のことを明かした。太田の死体が発見された直後に差し向けられた、花のもがれたリンドウの茎である。
連続殺人の実行犯として南米国籍の男が高鳥署に出頭したことは、ワタルもニュースを見て知っていた。
由良の勢力の動きとしては……ガーデンSAKIのリンドウを仕入れた後、ミオリを拉致。太田を殺してその死体を中学校に遺棄し、リンドウの茎を勇太郎に返してミオリに関わらないよう牽制していた、ということになるだろうか。
そうなると、太田の死や茎から切り離された花びらも何らかの意味を持っていると考えていいだろう。
当然、実行犯の男も由良側の人間と考えるべきだ。このタイミングで出頭させたということは、もう用済みなのかもしれない。
あとは俺かミオリ、もしくは両方の存在がディレイドとして公になり、古郡の藻類バイオマス事業が白紙に戻れば、由良は本懐を遂げられるという算段になる。
ワタルは口唇を噛んだ。
「殺された人のことはよく知らないですけど、あの事件はミオリがいなくなったすぐ後に起きました。自分がミオリに深入りしたことであの人が殺されたんじゃないかって……」
体を震わせる勇太郎を、ワタルが諭す。
「違うんだ。そんなことはないんだよ」
「どうしてそんなこと……言えるんですか」
「それは」
それ以上、ワタルにはどうしても言葉が浮かばなかった。
気分を紛らそうとしたか、それともこっそり涙を流そうのしたか、保子が店頭のほうへ足を運んだ。その行動に目くじらを立てる権利は誰にもない。
上がったのは、驚きの声だった。
「ちょっと、何してるんですか!」
保子の声にワタルと野呂は素早く反応し、弥生と勇太郎もその後に続いてウッドデッキを離れた。
店の前では、若い男女が身を屈めているところだった。
「誰だ」
野呂が睨みを利かせる。
女のほうは観念したのか、動揺することなく立ち上がって自己紹介を始めた。
「警視庁捜査一課の卯月です。こちらは高鳥署刑事課の住吉」
いまいち覇気のない横の男が、紹介を受けて気まずそうに立ち上がる。卯月は、本心かどうかはともかく、畏まった顔で頭を下げた。
「すみません。崎村勇太郎くんにお話を聞きたくて。学校を休んでいるとのことだったので、こちらに。そしたら、どうやらお取り込み中のようだったので」
ワタルが警察官に遭遇したのはアーケードでの暴行以来とあって内心動揺したが、目的が勇太郎とわかってひとまず胸を撫で下ろした。冷静に考えればそうである。今ここに出張っていることを突き止められるくらいなら、普段いくらでも隙はあるのだから、スロウに押し掛ければいいことだ。
問題は、二人の刑事がどこから話を聞いていたかということだ。
「いつからいたんです?大体、高鳥の連続殺人事件は解決したはずですよ」
敵意は剥き出したまま、野呂が尋ねる。
「それはそうなんですけど、まだ何かこう……納得のいっていない点が」
「いや、あのですね!」
喋り出した住吉を制止するべく、卯月は住吉の前に大きく身を乗り出す。
「別件……と言いますか……」
その言葉を信じる人間は、その場にはもはやいなかった。
「で、いつからいたんです?」
野呂は、公僕に臆することなく詰め寄っていく。
「勇太郎くんが、ミオリさんと公園で会ったところから……」
嘘をついても仕方ないと踏んでか、卯月が白状した。野呂は思わず眉間に手を当てる。
勇太郎が血相を変え、二人の刑事の前に飛び出した。
「あの、ミオリを助けてくれませんか。今も一人で逃げ回ってると思うんです。お願いします!」
返答を得られなかった勇太郎は、崩れ落ちるように地面に膝をつき、手をつき、頭まで擦り付けようとする。慌てた刑事達と保子、弥生が止めに入った。
「ちょっと、勇太郎くん!」
「お願いします、お願いします……!」
保子と弥生に連れられ、落ち着きを取り戻した勇太郎は家の中に戻っていった。
「すいませんけど、今日はもう……」
保子の牽制に、卯月と住吉は頭を下げた。
「別件じゃありませんよね。いいんですか?解決した事件嗅ぎ回るなんて」
野呂が指摘すると、住吉が必死に同調する。
「いや、僕は良くないって思いましたよ?止めましたしね。でも……無駄でした」
「そう言いながらわざわざ高尾山までついてきてるけどね。共犯だよ」
「そんな……」
卯月はふと、ある考えが頭をよぎり、しばらくワタルを凝視した。気づいたワタルは、出来る限り嫌悪感を露わにする。
「何ですか」
「……いえ。もうこうなったら、何が起きてるか突き止めないと気が済みません。ここは同志ってことで、その……どうにかしませんか?事件の全貌。勇太郎くんのためにも。探偵さん、なんですよね?」
「そっから聞いてたのかよ」
野呂は頭を掻いた。
猫の手も借りたいワタルは、馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、頭に浮かんだことをそのまま卯月に伝えることにした。
「一つ、提案があります」
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