6-2

 ミオリを知る崎村少年が学校から帰ってくるのを待つことになるのだと思い込んでいたが、ワタルがそうする必要はなかった。

 そもそも、崎村勇太郎は登校していなかった。


 ワタルと野呂の醸し出す雰囲気を一見してただの客ではなさそうだと崎村保子は身構えたが、その横に並んでいた弥生の顔を確認すると表情を落ち着かせ、会釈をした。


 広いウッドデッキに造られたテラス風のスペースに通され、保子が急遽用意した椅子に腰を下ろした三人は、バーベキューなどを楽しめるように備え付けられた場所のはずだが、折角人が集まった機会がひりついたムードに包まれるというこの状況は、家主の本懐ではないだろう。


 勇太郎が姿を現す。

 初めて会ったワタルでさえ、それが彼の本来の姿でないことくらいは察知できた。辛うじて背筋を伸ばしている様子が見て取れる。染み付いている社会性は伝わってくるが、顔が明らかにやつれていて、肌や髪に若々しさがない。


 勇太郎は縋るような視線を弥生に向けた。 

「飾磨さん、この人たちは?」

「ミオリを探すのに協力してくれるって」

 野呂は紳士的に一礼し、粛々と名乗る。

「野呂と申します。こちらは、手伝いのワタル」

「どうも」


 ワタルは、悪業を働く時とは別種の緊張感を抱いていた。自分の見た目が子供だとはいえ、普段そこまで子供と接する機会はない。向こうはこちらを同年代だと思い込むだろうから、関わる中で何らかの齟齬が生じてくる可能性は充分にある。

 ジェネレーションギャップどころの騒ぎではない。これからの社会を担っていく者と、社会からの隔絶を選んだ者の間には、決定的な溝が存在するのだ。


 ただ、勇太郎は少なくともディレイドを知っている。

 見抜かれる可能性は抱きつつも、自分がディレイドだと勇太郎に明かすつもりはワタルにはなかった。彼が心配しているのはミオリただ一人であり、余計な情報は必要ない。混乱を招くだけだろう。


「探偵ってことですか?」

「まあ、そんなところです」

 野呂は慣れた様子で応じると、ワタルはミオリと思われる少女の顔写真を勇太郎に見せた。

「ミオリさん……間違いありませんか?」

 勇太郎はしばらく写真を見つめて俯き、肩を小刻みに震わせる。しかし、大きく息を吸い込んで目に力を込め、ワタルと野呂を見据えた。


「よろしくお願いします」

 ワタルはその物分かりの良さにひとまず安堵する。早速、野呂が切り出していく。


「それにしても……さっき拝見しましたけど、ここには綺麗な花がたくさんありますよね。勇太郎くんは、花が好きなんですか?」

「ええ、好きですよ。ミオリちゃんもそうでした」

 野呂は微笑み、目元に罪悪感を滲ませた。


「ミオリさんは例えば誰かに狙われているとか、そんな話はしてませんでしたか?」

「いや、してなかったと思います。でも、あまり昔のことは話そうとしませんでしたね」

「うん。誰か、怪しい人を見かけたりは?」

「なかった……んですけど、ミオリちゃんがいなくなったのは、花火大会の帰りなんです。僕がトイレに行ってる間に……いなくなってたので、もしかしたら、一人になるところをずっと狙われてたのかな、とは……思ってます」

「花火大会?」

 弥生が食いつく。


「そうです。僕はミオリちゃんと……」

 口ごもる勇太郎に、ワタルは少しだけ不器用な声をかけた。

「無理はしなくていいから。言いたくなければ……」

「いや、皆さんの目を見ればわかります。大丈夫だって。それに……誰かに話したかった自分がいます」

 弥生はともかく、野呂は食えない男だとワタルは思っているので、印象からそうした評価を得られたのは意外だった。

 そして何より、ワタルは勇太郎に親しみを覚えた。

 孤独に光明を見出したという点で、共通しているのかもしれない。


「僕がミオリちゃんについて知っていること、全部話しますよ」

 わずかに、勇太郎の目が光を取り戻したようにワタルには見えた。

 


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