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高鳥地区成人男性連続絞殺事件の犯人が出頭してきたのは、突然のことだった。
男の名はギド・エリアス。国籍は南米に位置するラマネグラ共和国で、新宿歌舞伎町を拠点に裏社会で暗躍する南米系マフィア〈セトレーロ〉の構成員だということだった。
取り調べ室で強面の井口と対峙しても怯む様子は全くなく、犯行の様子を淡々と語っていった。
一人目の太田和征は学校から歩いて二分ほどの廃倉庫の裏手に連れ込んで、左腕で上半身を拘束したうえで、リボンを歯に挟み、右腕でリボンのもう一端を握って首を絞めたこと。
二人目の名取も、その自宅に上がり込んで同様の方法で絞殺したこと。
「花はどこで手に入れた?」
「……そのヘンから取ッタ」
「そもそも何故、花びらを忍ばせたんだ」
「ラマネグラ式の弔い」
説明はつくが、腑に落ちない証言の数々。動機に至っては、一言も語ろうとしない。
しかし物的証拠が、エリアスの犯行を何より如実に物語っていた。
エリアスの持っていた凶器のリボンからは、他ならぬエリアス本人の指紋と唾液が検出されたのである。太田と名取のDNAと共に。
撤収が進みつつある特別捜査本部で、下平警部は夏川管理官に対して苛立ちを隠さなかった。
「こんなふざけた結末がありますか、管理官」
「とはいっても、二つの事件は共にギド・エリアスの犯行で間違いないんだ」
「名取の隣人が聞いたという叫び声は何だったんです?」
「下平」
夏川の声は、その四文字を名前とも思っていないような冷酷さに満ちていた。
「終わったことだ」
逃げるようにして、夏川はその場を去った。
「おう」
井口が下平ににじり寄る。
「井口。いたのか」
「どうした?捜査一課のエース格ともあろうお人が」
「このまま終われるのかよ、お前は。まだ不可解な点はいくつも残ってるだろ」
「そうだな。まあでも、実際に連続殺人ではあった訳だ」
「見ただろ、管理官のあの態度」
「ああ」
「何かがおかしい」
「……何かってなんだよ?」
下平は返答に窮した。
懐かしい。井口は下平の目を見てそう感じた。犯罪への憎悪が発露した、ある種、真っ直ぐな目。
「お前この間捜査会議の時、何か言いかけてただろ。結局あれは何だったんだ」
井口が詰める。
「……無差別殺人ではないと思ったんだよ。あの時は確証がなかったんだ。おかしいと思ったのは名取の部屋だ。名取、携帯電話を持っていなかっただろ。まあハナから持っていない人種の可能性もあったが、さっき改めて確認したら、あの部屋には携帯の充電器があったよ。一方、先に殺された太田はスマホを持ったままだった」
「名取のスマホだけ持ち去られている……?」
「ここで怪しくなってくるのが、トイレに残っていた指紋だ。名取が携帯をトイレタンクに入れ、それを他の誰かが持ち去った。こう考えれば繋がってくる。あくまで可能性だがな」
「叫び声を上げたのもソイツってことか?」
「いや。叫び声を聞いて隣人がすぐに駆けつけ、その後叫んだ男はすぐに逃げた。だからトイレタンクを弄くる隙はなかっただろう」
「待て、待て、待て……」
井口は目を閉じ、片手を上げて二、三歩うろついた。
「それじゃ、あの現場には名取と殺害実行犯のエリアス以外に、二人の人間が出入りしてたってことか?」
「ああ。まだその正体には見当もつかないが、異常事態だということは分かる。しかもその二人は、死体があることを確認していながら通報はしていない。どう大目に見ても、キナ臭いという他ないだろ」
「確か名取は、議員秘書だったな」
そうだ、と言いたげに下平は井口を指差した。
「行政方面からの圧力と考えれば、さっきの夏川管理官の態度にも頷ける」
眉をしかめた井口は、葛西刑事が会議室から出ようとしているのを目ざとく確認し、慌てて呼び止める。
「葛西!」
「おっ、井口さん。どうしました?……あっ、この前は生意気なこと言ってしま……」
「そんなことはいいんだよ。お前、誰か政治家の聞き込みしてたよな。ほら、細江誠晃の弟子とかいう」
「ああ、はい。由良さんです。経産省の大臣政務官をやってる。でもあの人、何も知らなさそうでしたよ」
「経産省?」
今度は、下平が大声を上げた。
「太田は清掃業者としてムサシバイオロジクスに出入りしてた……ムサシバイオロジクスはエネルギー会社だ。そして、エネルギー開発事業は経産省の管轄」
「えっ、環境省とかじゃねえの?」
「それでも警察官か!とにかく、太田と名取が繋がる可能性が出てきたぞ」
井口は感謝の意を込めて葛西の肩を叩き、下平に向き直った。
「どうするんだ」
「決まってるだろ」
下平がこういう勝負所を外さない男だということを、井口はよく知っていた。
*
経済産業大臣政務官の由良賢吾には既に一度簡単な聴取が行われていたこともあり、経済産業省別館で井口と下平が刑事が通されたのは、明らかに普段は利用されていない、パイプ椅子が一辺を埋めている狭く粗雑な会議室だった。
「舐められたもんだよ」
「態度に出すなよ、井口。感情的になる相手は選ぶべきだ」
「警視庁捜査一課ってのは、だいぶお行儀のいい集団なんだな」
本来なら無駄骨に終わる捜査になりそうなところだが、井口と下平は、由良に関する新たな事実を掴んでいた。
由良は入ってくるなり、井口と下平に簡単な挨拶と謝辞を述べた。
「すみませんね。なかなか部屋が空いていなかったもので」
ロマンスグレーの爽やかな短髪とは裏腹に、男は不敵に笑った。いかにも官僚といった出で立ちは、刑事の神経を逆撫でするものだった。
「警視庁捜査一課の下平です。こちらは高鳥署刑事課の……」
「井口です。どうも」
自己紹介を一緒くたにされそうになった井口は、何が気に食わないという訳ではなかったが、思わず割り込んだ。
「つい先日別の刑事さんにも話したんですけどね、私はもうしばらく名取さんと連絡はとっていないんです。細江先生がご健在の頃は度々お会いしましたが、亡くなられてからは……細江先生の議員秘書であったとはいえ、名取さんとはほとんど会わなくなりましたね」
「個人的な接点がある訳ではないと?」
「ほとんどありませんよ」
続いて井口が、太田和征の顔写真を提示する。
弛緩しきっていた由良の眉間に、いくらか筋が立った。
「こちらの方はご存知ですかね?」
「誰です?」
「名取さんよりも前に、名取さんと同じ方法で殺された太田和征さんという方です。連続殺人ということもあって、改めて色々なところにお話を聞いているところなんですよ」
「待ってください。事件は解決したと聞きましたよ。なんだかよくわかりませんが、マフィアの外国人が捕まったんでしょう?」
「あれ、よく知らないんですか。ラマネグラ系犯罪組織のセトレーロ。てっきりつるんでるのかと」
「口の利き方が良くありませんね。本庁と所轄の違いはそういうところに出るんですか?」
「いやあ、すみませんね。ただ、警察官が皆こんな感じだと思われるのは堪りません。そこは誤解しないでいただきたいですね」」
下平が井口を諫める素振りを見せた。それが素振りに過ぎないことは、井口にも伝わってくる。下平は続けた。
「この太田という男の死体は、高鳥不二中学校という学校で見つかったんですよ」
「それが?」
下平は、心中でほくそ笑んだ。
「太田を殺したのはギド・エリアスで間違いありません。ただ、彼に高鳥の土地勘はない。まして中学校の構造なんて知る由もありません。こっそり死体遺棄をするのに相応しいあの現場を選んだのは、エリアスではないと見てます」
「そうですか。で?」
「由良さんは、ムサシバイオロジクスの古郡武蔵社長をご存知ですよね?」
「もちろん。彼のエネルギー事業には注目していますからね。支えていければと思っています」
「本当は?」
今度は井口が詰める。
苦笑いを浮かべた由良は、話にならないとばかりにため息をついた。
「お引き取りください。私も暇じゃないんです。この件については、警視庁に抗議を入れますからね」
「楽しみにしてますよ」
そう
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