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 地取り班に回された住吉新は、警視庁捜査一課十二係で唯一の女性刑事・づきあやとペアを組んで捜査に臨むこととなった。特別捜査本部などで様々な所属の捜査員が入り乱れている場合、本庁の刑事と所轄署の刑事が組まされるのが一般的だ。


 卯月は見た目から判断すれば住吉と同年代でもおかしくないくらいには若く化粧っ気もあるが、本庁捜査一課で辣腕を振るっているということは、数年上の世代だろうか。電車にこの見た目の女性が私服で乗っていたら、誰にも警察官だとは思われないだろう。

 住吉は疑問を隠さなかった。


「おいくつなんですか?」

「第一声がそれ?」

「すいません。でも、捜査一課の刑事さんにしてはだいぶお若い……ですよね?僕は今二十九で、結構よくやってるねって言われてるほうなんですけど」

「まあ、住吉くんだっけ?住吉くんも私服警官にしては若いんじゃない」

「僕のことはいいんです」

 住吉が一貫した姿勢を見せると、卯月も動じることなく対応をしてくる。

「卯月彩未警部補。御歳三十三でございますよ」


 住吉は素直に感心した。このご時世だが、警察組織が男社会であることは否めない。そんな中で、三十三歳という若さで本庁捜査一課に君臨する女性刑事となると、相当のエリートだ。もはやフィクションとしか思えなかった。


 高鳥署を出た二人は車で高鳥不二中学校に向かうことになり、言葉を交わすでもなく住吉が運転を買って出た。

 

 学校の様相を見ると、既に事件のことを忘れて日常を取り戻しているように見受けられ、事件現場さえも一人の制服警官が所在なげに立っているだけという状況だった。


 度重なる刑事の訪問に、校長のべっやすひでは露骨に不快感を示した。

「一体いつになったら犯人は捕まるんですか!?もう何度警察が学校に来たかわかりませんけど、全く進展がないじゃありませんか」


 顔を紅潮させる別府校長の想いを飲み込んだうえで、卯月は温度を下げにかかる。

「ご存知かどうか、この学校で発見された太田和征さんの事件と、また別の事件に共通点が見つかり連続殺人であることが判明しました」

「それは聞いたよ。警察がちんたらしてるからだろ」


 苦言をよそに、住吉が補足する。

「二人目の被害者は名取均さんと言いましてね。なんでも、細江大臣がまだ生きていた頃に議員秘書をやっていたらしいんですね」

「え?」

 別府校長の喉の奥から出たその反応は、大声を出した反動でいくらかしわがれていた。しかし、すぐに勢いが戻ってくる。

「いや、それがうちの学校と関係あるんですか?」

「殺された太田さんと名取さんに関係性が見つかれば事件は解決に向かいます。現在我々がそういった捜査方針で動いていることを、学校のトップである別府さんにもご理解いただきたくて」

 

 卯月が申し訳なさそうに諫めると、別府は音を乗せた溜息を吐きこそしたが、じきに大人しくなった。

 これがエリートか。卯月が絶妙に相手の心理を慮ったことは、警察官の端くれである住吉にも漠然と伝わった。


 校内の雰囲気は平和そのものといった感じで、物々しく捜査を行う刑事の存在が完全に異物であるように、住吉には思えた。

 しかし、本当のところはわからない。特に学生は、人知れず心のどこかで恐怖を抱えているかもしれない。

 少なくとも、第一発見者となってしまった女子生徒が心に平穏を取り戻すのは当分先のことになるだろう。


 太田和征と名取均の共通点さえ見つかれば、事件の形がようやく見えてくる。

 期待を胸に捜査員は身を奮い立たせていた。

 とはいえ、校内で死んでいた太田はともかく、名取と関係のある人物など、学校にはいそうになかった。


「捜査本部が活気を取り戻したのはいいですけど、正直……」

「何?住吉くん」

「いや、もうこの学校掘っても何も出ないんじゃないかって」

「まあ、そうかもしれない」

 あっさりと同意されたのは、住吉にとっては意外だった。

「でも、それが捜査だからね。どこか一か所で当たりが出ればいい。だから場所を与えられた以上、そこで手は抜けない訳よ。結果的に何も出なかったとしてもね」

「おぉ……」

 この心構え住吉も心の底ではわかっていたことだが、改めて自分の甘さを痛感した。エリートと言えど、何も特別なことはしていないのだ。


 放課後で、校舎内の生徒の動きは流動的になっている。卯月が柔道部に話を聞くと言い出したので、不思議に思いながらも住吉はそれに応じた。

 柔道場では二十数人の生徒が稽古に励んでいる。中学生と高校生で分かれているようだ。

 警察手帳を見た顧問は目を輝かせた。こういった反応をされることは稀にある。

「僕の友達も刑事なんですよ。以前高鳥署にいたらしいんですけど、ほら、ハヤシっていう」

 住吉は小首を傾げる。自分の知る限り、ハヤシという名前に心当たりはない。

「いやぁー、かぶってないですね。恐らく」

 しょんぼりとした顧問に、卯月が尋ねる。


「つかぬことを伺いますが、先生は有段者だったりしますかね?」

 顧問は再び目を輝かせた。

「ええ、一応。三段です」

「すごい。ちなみに先生が一番強いと思ってる生徒ってこの中にいます?」

 卯月が稽古中の柔道部員たちに向き直る。少し考えたあと、顧問は一人の高校生を招いた。

柿澤かきざわ、ちょっと来い」


 他部員を軽々といなし続けている洗練された体躯の少年、というより男が顧問の呼びかけにすかさず寄ってきて、お辞儀をする。

「こちらの柿澤が柔道部……というより、この学校で一番強いんじゃないですか?骨ありますよ。なあ?」

「たぶん……はい」

 顧問に褒められると思っていなかったのか、柿澤少年は恐縮を仕草で示した。


「先生でも苦戦したりします?」

「いやいや」

 迷うことなく、顧問は首を横に振る。

「さすがにまだ僕には歯立たないですよ。やってみましょうか?よし、来い!」


 有無を言わさず組み手の体勢を促された柿澤は、果敢に顧問に挑むが、さっきまでの暴れ馬っぷりが嘘のように、攻め手の芽が摘み取られていく。卯月は首を縦に振った。

「あっ、もう大丈夫です」

 肩で息をすふ師弟二人に卯月が軽く拍手をする。住吉も手を叩こうとしたが、卯月が話を再開させたので引っ込めた。

「いや先生、お強いですねえ」

 そう言われて嬉しそうに笑う顧問を見た住吉は心温まる思いだったが、これが捜査であることを忘れていた。この後ついでのように卯月が顧問にアリバイを尋ねたが、顧問は事件のあった時間居酒屋にいたという。


 その後も両刑事は学校を練り歩いていく。今まで女性刑事がこの中学校に捜査に来ていなかったためか、今回は驚きを持って迎えられているような体感が住吉にはあった。

 卯月は学生を全く警戒させず、なおかつ懐に入り込んでいく。そのうち二人は、生徒会長に行き当たった。

「久永翔太といいます」

「久永くんは、生徒会長なんですよね?」

「はい、そうです。今回はどういった件で?」

 

 卯月と久永のやり取りを見ていると、住吉はなんだか自分が成熟していない人間のように思えた。雑に切られた自分の爪と、会話を記録する卯月の綺麗に切り揃えられた爪を見比べる。


「事件からもう二週間近く経つけど、どうかな?生徒会長の君から見て何か不審に思ったこととか、ある?」

「うーん……」

「どんな些細なことでもいいんだ」

 住吉が口添えをする。


「あの……いや、思い過ごしかもしれないんですけど」

 捜査の上では、証言者の思い過ごしというのはよくあることだ。住吉は特に感情を動かすことなく、首を縦に振った。

「僕のクラスに一人、最近様子がおかしい人がいて」

 住吉と卯月は、意図するでもなく目を合わせた。卯月が続きを促す。

「どんなふうに?」


「ただ、最近おかしいというか、前からおかしかったというか。みんな事件のあとは少なからず衝撃を受けてたみたいですけど、もうほとんど元に戻りつつあるんです。ただ、その……崎村くんっていうんですけど、個人的には、崎村くんは事件のひと月前くらいからなんだか元気がないなと思ってたんです。それが事件のあとは、日に日に悪化してるというか……笑顔をほとんど見なくなって、何か追い詰められてるような感じで」

「話はしたの?」

「はい、心配なので話しかけました。でも、本人は何でもないと言い張っていて」


 それは、事件からある程度の時間が経過したからこそ浮き上がってきた不審な動きだった。

 しかし惜しいことに、件の崎村少年は帰宅してしまっていた。職員室で住所を尋ねると、高尾山のすぐ近くだという。

「遠いっすね」

「遠いね」

 住吉と卯月の感想は、それ以上でも以下でもなかった。



 中学校を出た車内で、卯月が思わぬことを言い出す。

「寄りたいところがあるんだよね」

「はあ」

 卯月の指示通りに住吉がハンドルを操作しているうちに、真柴の大病院に辿り着いた。

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