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中学校死体遺棄事件のおよそひと月前。
メディアと呼べるほど大層な情報を世間に発信しているわけではないオカルト系webメディア〈ブロークン〉編集部の支局は、一等地である真柴に相応しい企業かどうかは別として、確かに存在していた。小さなビルの四階、そのさらに一角である。
たとえ相手が編集長であろうと、
「飾磨ちゃんさ、バズらせたいのはね、わかるよ。ディレイド特集も何度かやって確かに数字は良かった。でもさ、妄想は良くないって」
「妄想じゃありません!私は確かに見たんです。それに、あの子は私の名前を呼びました」
「そう言われてもなぁ……」
「あの子は間違いなく私の幼馴染でした。ミオリちゃんといって、養護施設で三ヶ月ほど一緒にいたんです。見間違えるはずありません」
「でも、子供の頃の記憶でしょ? しかも三ヶ月って結構短いよね」
「長いか短いかは関係ありません。濃いか薄いかでしょう。私にとってあの三ヶ月は特濃でした」
「こういうこと聞くのはアレなんだけど、飾磨ちゃん今いくつだっけ?」
「二十五です」
「……で、さっき見たっていうその少女は何歳ぐらいって言ったっけ?」
「中学生ぐらいかと」
「飾磨ちゃんが施設でその子と一緒だったのは何年前?」
「一六年前ですね。その時、ミオリは私と同い年ぐらいでした」
編集部メンバーの
「ちょっと新納くーん、なんとかしてよぉ」
「いや、今忙しいんで」
存在に気づかれたら最後だ。新納だって、何もこうして先輩を無下に扱いたいわけではない。罪悪感も湧く。そういう余計なストレスが生じる点も含めて、どうかいざこざに巻き込まないでほしいと、視野の隅に二人を捉える。
とはいえ、弥生もこの日ばかりは本気だった。
*
その日取材を終えた弥生は、竹乃堀の運動公園を通りかかった。駅から会社に戻る際は、ここをショートカットするのが近道だ。都会にしては清く大きな池と野球場、鬱蒼と据え置かれた木々が特徴の広い公園は、日中はジョギングをする老人や犬の散歩をする主婦などで占められている。
池を臨むベストポジションにはベンチが二台横並びになっていて、その背に小規模な花壇を携えている。
ヒマワリの前に、一人の少女が佇んでいた。
え?
「ミオリン?」
その少女を後頭葉が認識し終わるよりも先に、口から言葉が出ていたかもしれない。公園の花壇に咲くヒマワリを見ていた彼女が振り返って繭子を見た時、大きく目を見開いて、
「しーちゃん」
と自身の渾名を呼ぶのを弥生は聞いた。その声、その姿は、どう大きく見積もっても、中学生ほどの健気な少女にしか思えなかった。あれからもう一六年経っているはずなのに……見つめ合った途端、ミオリはどこかへ走り去ってしまった。
*
「いや、私だってわかってますよ。おかしいこと言ってるって」
「まあニッチなサイトだけどさ、ウチは。だからこそその辺のラインは守らなくちゃダメよ。〈ディレイド〉が実在するなんていくらなんでも、ねぇ?」
小癪な陰謀論を日々書き連ねる自称ジャーナリストがよく言うよ。弥生は脳内で反吐を出した。しかしこの場に限っては、編集長の主張は曇りの無い正論であることも理解している。
「……私だって信じられないですけど、見た目は幼かったけど……でも確かにあれは」
「飾磨」
編集長の声色は変わっていない。ただ、ちゃんが付いていないのが不気味だった。
自分の言っていることが正しいのかがわからなくなってきたこともあり、殊更に飯野編集長の言葉は弥生の心に重石を乗せた。いつもはあっけらかんとしている人が、何かの拍子に口をキュッと結んで真剣になる瞬間というのは本当にヒヤリとする。これは不思議なもので、常に口うるさい人からお叱りを受ける時より遥かに心臓に悪い。
まあ、そうか。こればかりは仕方がない。信じろと言うのは無理がある。客観的には。
「すみません、編集長」
弥生は思わず謝ったが、考えは恐ろしいほどに変わっていなかった。
「で、どうするつもりなの?」
「私は私なりに、彼女のために出来ることをしたいです」
編集長はその手であご髭を遊ばせ始めた。
「まあどうせ飾磨ちゃんは、止めたって聞かないもんねぇ」
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