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 二分も経つと、ワタルは地上五十五階建ての麓に着いた。頂上を見上げると首が痛くなる。


「こっちはもう行ける。ゴマちゃんは?」

 二台目のドローンが、敷島が開け放した窓から部屋に入り込む。こちらも上部に護摩所お手製の伸縮可能な小型マジックハンドが仕込んである。用意したスイッチのうちの一つが押されると、ドローンはバッグを切り離されてフローリングに落とし、本体はそのまま狭い廊下へ進んでいく。

「ちょっと待ってて。今インターホンのところに……ハイ、着いたよ。いつでもピンポンして」


 指サックを着けたワタルはエントランスホールで敷島の部屋番号を入力し、「宅配便です」と形だけ挨拶の振りをして住人を呼び出すと、護摩所はマジックハンドでインターホン親機の「解錠」ボタンを押す。エレベーターホール前の二段階目のオートロックも同じようにくぐると、ワタルはホテルのようなマンションの敷地内に入り込んだ。

「中に入った」

『ここまではいいんだよなあ。難しいのは次だよ』

「頼むぞ。もう一踏ん張りだ」


 五十階を目指したエレベーターは静かに、それでいて流星のように素早くワタルを運んだ。ドアが開く。立ち並ぶエレベーター群に見守られながら、ワタルはインカムで護摩所に合図を送った。

「よし、もうすぐ着く。開けてくれ」

『今やってるよ。……ああっ、滑った』

「ドアガードは付いてるか?」

『そっちはもう外したよ』

「おおっ、さすがだな」

 ドローンを定位置に保ちながら、マジックハンドの先を動かして玄関の内鍵二箇所を開けるという気の遠くなる作業に、護摩所は呼吸を整え、全神経を集中させた。

『はい、上は開いた』

「俺はもう玄関に着く」

 早秋とはいえ鈴虫が鳴き、じりじりと蒸す住宅街。護摩所の頬を汗が伝い、顎から滴り落ちる。ワタルは南西の角部屋に着いた。敷島も目立ちたくないのか、表札は掲げていない。ドアホンを押す振りだけ行う。そのまま解錠の音を待つ。

『……』

「……」

『捕まえた』

 護摩所の三本の指と内鍵を捕捉したマジックハンドが、比例するように九十度、時計回りに微動する。


 ガチャリ。その音はワタルの脳に心地よく響いた。


『よし! フゥーッ、いいよワタルくん。気をつけて入って。今ドローンどかすから』

「恩に着るよ」

 扉を開け部屋に入ると、ワタルはすぐにベランダに横たわった敷島の身体から注意深く電極を抜いた。念のため鼻の近くに手を運び、呼吸があるかどうか確認する。テーザー銃によって命を落とす危険性は決して無い訳ではない。ワタルは懸念していたが、敷島は問題なく呼吸をしていた。

「オッケー。デカい方はもう下げていいよ」

『了解』


 ひらりとベランダから降りる一台目のドローンを見送り、ワタルはアルバムの捜索に移る。幸い物の多い家ではなかったが、リビングから寝室、浴室に至るまでを動線に沿ってくまなく探していくものの、気配はしない。そんな中、洗面所に隣接したドレッシングルームとでも言えそうな小部屋を調べると、数多の洋服やケースに紛れて、金庫が置かれていた。


「おいおい、まさかこれか?」

 鍵穴の形状からして、鍵は小さなシリンダーキーだろう。ワタルはポーチから針金を取り出す。今回はあまり使いたくなかったが、仕方がない。

『大丈夫? 卒アルありそう?』

「多分な」


 一分足らずで金庫は開いた。中には冊子が何冊かあったが、今回の標的はその一番下で重みに耐えていた。薄黄色のケースの背には「平成十年度 私立浮田中学校」とあり、敷島が中学校を卒業した時期と一致する。これだ。

 念のため、中を改める。敷島の顔写真があることを確認しつつ、パラパラとめくってみた。楽しげな思い出の一つ一つにフォーカスが当てられている。多感な時期といわれる三年間。自由と支配の狭間で何を思うのだろう。ワタルには想像もつかない。

 厭になってきて、パタンとアルバムを閉じる。微風がワタルの顔面を撫でた。

「ゴマちゃん、あったよ」

『あーよかった。こっちはもう祈るしかなかったからさ。ヒヤヒヤしたよ』

「悪いね」


 金庫の部屋を出たワタルは、インターホン親機のモニターに残った、配達員姿の自分の映像を消去する。

「似合ってねえなぁ」

 そしてベランダに戻り、バッグに卒業アルバムと潰したダンボールを黒いバッグに押し込んで二台目のドローンに取り付けていると、敷島が身体を動かし始めた。


「ううぅ……」

 呻き声が漏れ聞こえてくる。


「ゴマちゃん。敷島が起きそうだ。俺が合図したらすぐにドローン下げてくれ」

『マジか。わかったよ』

 バッグが外れないよう、しっかりと固定する。

「……よし、下げろ!」

『よっしゃ! おお、重いね』

 ドローンは戦利品を掲げ、素早く夜空に消えていく。負けじとワタルも部屋を後にした。


 鈍痛の中、敷島は目を覚ました。

「イタタ……なんだよ……」

 頭が回らない。しばらくベランダで胡座をかいているうちに、自分が何をしていたかを思い出す。地べたに投げ出されたスマホで、敷島はみちるに電話をかけた。

『ただいま電話に出ることができません。ピーッという発信音の後に……』

「えぇ……?」

 敷島はその場に固まり、中途半端に開いた窓から漏れ出す冷気をしばらくの間足先でただ浴びることしかできなかった。


 戻ってきたワタルを、護摩所が笑顔で迎えた。

「おかえり。いやー、疲れたね」

「ありがとなゴマちゃん。助かったよ。あれ、ドローンは?」

「もう僕ん家に帰したよ」

「早っ」

「まあね。天才と呼ばれる所以かな」

「うん、天才天才」

「そんな雑な……あ、そうだこれ。欲しかったんでしょ?」

「ああ……」

 護摩所から受け取ったアルバムに、ワタルは冷ややかな眼差しを向ける。

「どうしたの?」

「いや……あんな大袈裟なことして、盗み出したのがコレかって思ってさ」

「でもまあ、逆にこれぐらいじゃないとドローンで運べないからね。ナイスアイデアだったと思うよ、ワタルくん」

 ワタルは頷くと護摩所の肩を軽く叩き、視線上に真柴アーバンネストを据えた。

「俺たちも、もう撤収しよう」

 アルバムやポーチ、他の荷物をまとめてボストンバッグに押し込み、ワタルはトイレに向かった。

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