第215話 共闘・2

「聖属性の澱魔エレメントか。マティウスがこの場にいれば、狂喜していたところだな」


 澱魔エレメントとなって蘇ったクオンを見て、ヴィクターは愉しげにしていた笑みを深める。

 同時に、笑みとは別に、哀切にも似た陰がほんのわずかに入り混じっているように〝視〟えたが、気のせいと言われれば頷いてしまう程度の話なので、ヨハンも特段気に留めるような真似はしなかった。


「さすがに今回は、をする余裕はなかったようだな。クオン」

「はい。なにぶん、色々とありすぎましたから」

「ふっ、おのれが死んだことも『色々』の一言で片づけるとはな。そういうところは化粧をしていようがいまいが変わらずか。まあ、貴様の様子を見れば、誰に殺されたのかは一目瞭然だが」


 言いながら、ヴィクターはヨハンを横目で見やる。


「つくづく愉快だな、貴様らは」

「僕は、お前のことが不愉快極まりないがな」


 そんな反応すらも愉快だと言わんばかりに喉を鳴らすように笑ってから、ヴィクターはわかりきった問いをクオンにぶつける。


「して、クオンよ。貴様は、このおれに刃向かうつもりで蘇ったと見て相違ないな?」

「勿論です」

「そうか。ならば、精々足掻くがよい。そこにいる男とともにな」

「はい……!」


 袂を分かつための儀式にも似たやり取りを最後に、クオンはヴィクターの断刃さながらに、両手から二本の光刃ブレードを具象させる。

 レティアと同じように、澱魔エレメントとしての力の使い方を本能的に理解している様子だった。


 光刃を構えるクオンに合わせるように、ヴィクターも断刃を構える。

 直後、ヴィクターの〝圧〟がさらに高まり、ヨハンはおろか、クオンさえも息を呑んでしまう。


「クオン。聖属性でできた今の君の身体は、いわば魔力の塊そのものだが、だからといって、同じ魔力によってできた断刃をくらっても大丈夫などとは決して思うな。魔力の質は人それぞれ異なる。くらって大丈夫なのは、自分と全く同質の魔力のみだということを肝に銘じてくれ」

「わかりました」


 と答えながらも、クオンは嬉しさを噛み殺すような表情を浮かべていた。


「……どうした?」

「いえ……こんな状況でダメだってことはわかってるんですけど、ヨハンがわたしの身を案じてくれていることが……その……嬉しくて」


 そんなクオンの言葉に、ヨハンは一言では表しきれないほどに複雑な感情を抱いてしまう。

 クオンが嬉しいと言ってくれたことを嬉しく思う自分がいる一方で、そんな自分に嫌悪している自分がいる。

 この手で殺したことでクオンのことを許したいと思う自分がいる一方で、一度殺した程度で許すなと叫ぶ自分がいる。

 当たり前のように、矛盾した想いが次々と湧き出てくる。

 クオンを愛したいという想いと、クオンを憎みたいという想いが、等しく心をかき乱していく。


「……僕が援護する。君は君が思う様に戦ってくれ」


 先の言葉に対しては努めて無反応を装いながら、クオンに言う。

 援護するという言葉すらも嬉しかったのか、彼女は噛み殺しきれないとばかりに「はい!」と大きな声で答えた。


「どうやら、最期の挨拶は済んだようだな」


 こちらの会話が終わるのを見計らったようなタイミングで、ヴィクター。

 これで思い残すことなく全力で戦えるな?――と、言外に問うているような、そんな物言いだった。


 ヨハンとクオンは顔を見合わせ、頷き合う。


「最期かどうかは、お前が決めることじゃない」

「それ以前に、〝今〟を最期にする気もありません」


 その言葉に応じるように、ヴィクターは切っ先をこちらに向けてくる。


「ならば来い。貴様らの全てを賭してな」


「言われるまでもない!」

「言われるまでもありません!」


 転瞬、クオンは神速の踏み込みでヴィクターに肉薄し、


「〝ウィルオウィスプ〟!」


 ヨハンは三つだけ残っていた光球を消滅させてから、六つの光球を再具象。

 一つは魔法陣を描くために上空に。

 残り五つはクオンの援護に向かわせる。


 そのわずかな時間すらも長すぎると言わんばかりに、クオンはかつての主君に向かって、自らが具象した二本の光刃をしゅんに幾十と閃かせる。

 圧倒的手数を前にしても皇帝は揺るがず、一本の断刃でそのことごとくを防いでみせる。

 それどころか、


「……っ」


 左右から迫る光刃を、ヴィクターは断刃の一振りでまとめて打ち払うことで、クオンの両手を跳ね上げた。

 かつての手駒を相手に躊躇なく胴を斬り断ちにかかるも、攻防を繰り広げている間にクオンに追いついた三つの光球が、密集して盾になることで致命の一閃を防いでみせる。


 さらに二つの光球が左右からヴィクターに突貫。

 その動きに合わせてクオンが、右刃ではすの斬り下ろしを、左刃で斜の斬り上げを放ち、四方から同時にヴィクターを攻撃をする。


 受けきれないと判断したヴィクターは飛び下がると同時に、断刃を縦に斬り上げ、クオンと、その背後にいるヨハン目がけて剣閃を放つ。

 ヨハンは右に、クオンは左に飛ぶことで剣閃をかわした。


 ヨハンは着地と同時に銃撃を放ちし、クオンは着地と同時に地を蹴ってヴィクターとの間合いを詰めようとする。

 それに対してヴィクターは、断刃を真横に振るって剣閃を放ち、魔力の弾丸を斬り散らしながらも、またしても二人同時に斬り断とうとする。


 クオンは跳躍して剣閃を回避すると同時に、上空からヴィクターの両肩目がけて双刃を振り下ろす。

 ヨハンは身を沈めて剣閃をかわしながらも、ヴィクターの意識がクオンに向いているのをいいことに、攻撃用の二つの光球に地面スレスレを飛翔するよう命じ、背後から両脚を狙わせる。


 上下にして前後の挟撃。

 それに対してヴィクターは、一歩前に踏み込みながら横に寝かせた左前腕を振り上げ、双刃ではなくそれを握るクオンの両手を受け止めることで上空からの攻撃を防御する。と同時に、見もせずに背後に向かって断刃を振るい、両脚を狙う二つの光球を剣閃で斬り散らした。


 次の瞬間、ヴィクターはわずかに顔をしかめながらも、左前腕を即座に引く。

 遅れて、クオンの両手を受け止めていた箇所からかすかに血が舞い散った。

 クオンはその手に握っていた光刃とは別に、ヴィクターの左前腕と密着していた両手から別の光刃をことで、かすり傷ながらも皇帝に傷を負わせたのだ。


 そんな芸当ができるにもかかわらず、クオンがわざわざ光刃を手に持って戦っているのは、慣れているからという理由も当然あるだろうが、相手に先入観を植え付け、手札の一つとして有効なタイミングで使うためであったことを、ヨハンは悟る。

 そこまでしてなお、かすり傷程度で済ませている皇帝に改めて戦慄しながら。


 クオンは着地しながらも生やしたばかりの光刃を引っ込め、その手に持っていた光刃で追撃を仕掛ける。

 首筋目がけて左右から迫る光刃を、ヴィクターは一歩身を引いてかわす。と同時に、逆に首を刎ねてやろうと言わんばかりに、轟速の横薙ぎを繰り出した。


 回避は間に合わないと判断したクオンは、かわされたばかりの双刃をまとめて斜めに寝かせ、横薙ぎを受け止めながらも下から押し上げることで受け流す。

 そして生じる、針の穴ほどの隙。

 ここぞとばかりにクオンは、ヴィクターの太股目がけて、足先から光刃を生やした回し蹴りを放とうとするも、


「かはっ!?」


 それよりも早くにヴィクターが繰り出した左の拳打が鳩尾を捉え、膂力りょりょくの物を言わせてクオンを殴り飛ばした。


「クオン!」


 思わず叫びながらも、短銃媒体ピストルを引き絞って牽制しながら前に出て、地面を転がるクオンとヴィクターの間に割って入る。

 むしろ好都合だと言わんばかりにヴィクターは断刃を縦に振り下ろし、迫り来る弾丸を斬り散らしながらも、ヨハンとその後ろにいるクオン目がけて剣閃を放った。


 その輝きの鮮烈さたるや、今までの剣閃とは明らかに別物。

 それを〝視〟てヨハンは、魔法陣を描き終えて戻ってきたものも含めた、四つの光球を密集させてつくった盾で剣閃を受け止めながらも、


「我が聖域、何人なんぴとも踏み入ること叶わず――〝サンクトホーリネス〟!」


 聖属性の防御結界魔法を発動。

 光球の盾を粉砕した剣閃が、聖光の結界とぶつかり合い……結界にヒビを入れたところで勢いを失い、霧散した。


 思わず安堵の吐息をつくも、ヴィクターが続けざまに剣閃を放とうとしているのが見え、ヨハンは背後にクオンがことを確認してから、すぐさま真横に飛ぶ。

 術者ゆえにヨハンは結界をすり抜けることができるが、そうではない剣閃は誰もいなくなった結界とぶつかり、数瞬勢いを殺されるも、力尽くで斬り散らして彼方へと突き抜けていった。


 その間にも人間離れした機動力をもってヴィクターの背後に回り込んでいたクオンが、心臓目がけて刺突を繰り出す。

 ヴィクターはそれを身を翻してかわしながらも、クオンの首筋目がけて断刃を振るった。

 首を刎ねるどころか、首から上を吹き飛ばさんばかりの剛剣を、クオンが身を沈めてかわす――直前、彼女が一瞬だけこちらを見ていることに、ヨハンは気づいた。


 視線の意図を察したヨハンは、〝ウィルオウィスプ〟を発動し、六つの光球全てをクオンの援護に向かわせる。

 意図を察してもらえたと判断したクオンは、防御を完全に捨て、猛然とヴィクターを攻め立てる。


 ただでさえ圧倒的だった手数がさらに増し、さしものヴィクターも守勢に回るも、当然大人しく防御に徹するわけもなく、猛攻の合間に生じるあるかなきかの隙を突いて反撃の斬撃を繰り出してくる。

 しかし、攻撃を捨てて防御に専念するよう命じていた六つの光球がしっかりと斬撃を防ぎ、防いでくれると信じ切っていたクオンは、逆に反撃の隙を突いてヴィクターを攻め立てる。


 人工澱魔エレメントは、自然発生する人型澱魔エレメントに比べて限りなく人間に近いものの、あくまでも〝限りなく〟であって、その性質はやはり澱魔エレメントに寄っている。

 ゆえに、人間ならば不可能な長時間の無呼吸運動が可能であり、その気になれば永遠に今の猛攻を持たせることもできるが、最大限にまで魔力を込めた断刃を握るヴィクターの前では、彼女を守っている光球の方が持たなかった。

 一度目の反撃の防いだ際に一つ、そうこうしている間に振るわれた二度目の反撃を防いだ際に二つ、光球を破壊されてしまう。


 このままでは次の反撃で残る三つも破壊されてしまうのは必至。

 だが、クオンが捨て身の猛攻を敢行しているのは、ためであり、その目的はもうほとんど達成しているため、光球の守りがなくなる心配をする必要は最早なかった。


は神罰にして神雷、罪をも灼き尽くす神の怒りなり――」


 先のクオンの視線から「わたしが詠唱の時間を稼ぎます」という意図をしっかりと汲み取っていたヨハンが、上空に描いた魔法陣魔法の呪文を唱え切る。

 そして、


「――〝レディアントグロム〟」


 魔名を唱えた刹那、クオンはヴィクターから飛び離れながらも、両の光刃を、イレーヌの鞭刃媒体ウィップを彷彿とさせる形状に変化させる。

 振るわれた二本の鞭刃は、音を置き去りにするほどの速さでヴィクターを切り刻もうとするも、音速程度では遅すぎると言わんばかりに断刃を振るい、一息に斬り散らす。が、その場に釘付けにすることには成功した。


 そして――


 上空の魔法陣から、ヴィクター目がけて神の雷が落とされる。

 ヨハンが開発した聖属性魔法の中で、最大の威力を誇る魔法――それが〝レディアントグロム〟。

 これで倒せるなどとは思っていないが、直撃すれば如何いかなヴィクターといえどもタダでは済まない。

 そこに〝パージ〟をくらわせればと考えていたヨハンは、クオンが飛び下がるのに合わせて退避させていた三つの光球を、いつでも飛ばせるよう気構えるも、


 ヴィクターがを見て、思わず目を見開いた。


 刹那、ヴィクターは闇の剣を振り上げ、神雷レディアントグロムを真っ向から受け止める。

 それが右手に握っていた断刃ならば、どれほどの魔力を込めていようが神雷を受け止めるなんて真似も、ましてや斬り散らすなんて真似もできはしなかっただろう。

 だが、闇の剣は神雷を受け止めた。のみならず、神雷に込められた莫大な魔力を喰らい、消滅させた。


 この結果にはヨハンもクオンも、言葉を失うばかりだった。


「まずは褒めてやろう。このおれに〝断刃・聖黒そうこく〟を抜かせたことを」


 右手に光の剣を、左手に闇の剣を携えながら、ヴィクターは言う。


 人間がその身に秘めし聖属性の魔力を闇属性に反転させる魔法――〝アンビバレントデザイア〟をナイアに見せてもらった際、ヨハンの受けた衝撃は相当なものだった。

 しかし、今ヴィクターが見せているは、それすらも圧倒的に上回るほどの衝撃だった。


 なぜなら今のヴィクターは、

 本来は聖属性である魔力を闇属性に反転させるだけでも大概なのに、その両方を同時に行使するなど、最早ヨハンでさえも理解が及ばなかった。


「グランデルとの死合に備えて磨いておいた、とっておきの刃だ。抜かせたからには存分に味わってもらうぞ」


 半ば呆然としていたヨハンとクオンを気付きつけるように、ヴィクターは殺気を放つ。


「貴様たちが、果てるまでな」

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