第214話 力の差を埋めるもの

〝流れ〟から吐き出され、〝島〟の大地に着地したヨハンは、内心の戦慄を隠しながらも、不敵な笑みを浮かべる金髪銀眼の男を睨みつける。


(化け物め……!)


 ヨハンは〝流れ〟に乗って〝島〟を目指す途上、〝島〟から感じていた異常な魔力が完全に消滅するのを察知した。

 そうして〝島〟に残ったのは、今男が握っている光の剣から感じる魔力と、男から発せられる、グランデルを彷彿させる〝圧〟。


 その二つの要素だけで、〝島〟にいる人間がヘルモーズ帝国の皇帝だと断じたヨハンは、〝流れ〟に流されながらも、六つの光球を具象する聖属性魔法――〝ウィルオウィスプ〟を発動し、その内の一つを〝島〟の上空に飛ばして魔法陣を描かせた。


 続けて、地面から直径五〇メートルに及ぶ巨大な光の波動を噴出させる聖属性魔法――〝ディバインコラップス〟で攻撃を仕掛けるも、男が地面に光の剣を突き立てることで相殺。


 その隙に光球が魔法陣を完成させ、グランデル相手にも使った、無数の魔法陣から光の波動を照射する魔法陣魔法――〝エクスキュートレイ〟を発動するも、それすらも光の剣によって斬り散らされてしまった。


(想定していなかったわけではないが、まさか本当にグランデル級の化け物だったとはな……!)


 歯噛みしながらも、男を睨みつける。

 武装媒体ミーディアムもなしに断刃と呼ばれる光の剣を携えた、〝視〟るまでもなくヘルモーズ帝国皇帝だと確信させられる男を。


「どうやら、お互い自己紹介は必要なさそうだな。ヨハン・ヴァルナス」


 これ見よがしに、名前を呼んでくる。

 帝国内で、ヨハンたちの人相が描かれた手配書が出回っていた時点で自明だが、ヴィクターもまた、こちらのことを知っているようだ。


「そのよう――……」


 と応じている最中に目についた、〝島〟の大地に描かれた魔法陣の術式を見て、ヨハンの言葉が途切れる。

 続けて、ヴィクターの背後に見える、闇そのものにしか見えない漆黒の円を一瞥してから、途切れた言葉とは全く別の言葉を紡いだ。


「自己紹介は必要ないが、一つ聞きたいことがある。〟?」


 その言葉に対し、ヴィクターはどこか愉しげに片眉を上げた。


「魔法陣を見ただけで、その答えに行き着くか。マティウスが褒めちぎるだけのことはあるな」

「術式を理解できたのは、そのマティウスが残した蔵書のおかげだがな」


 テスト、ガイとともに〈魂が巡る地ビフレスト〉で鍛錬を積んでいた間、ヨハンは暇を見つけては、マティウスが根拠地ベースに置きっ放しにしていた蔵書をむさぼり読んだ。

 一目見ただけで、今足元に見える魔法陣が現世と〈魂が巡る地ビフレスト〉を〝重ねる〟代物であることを看破できたのも、そのおかげだった。


「まあ、余興として教えてやるのも一興か」


 そう独りごちてから、ヴィクターは背後に浮かぶ漆黒の円を、見もせずに親指で指し示す。


「あそこに見える、天上と〈魂が巡る地ビフレスト〉を繋ぐ〝門〟を現出させるためだ」

「天上と〈魂が巡る地ビフレスト〉を繋ぐ?」


 瞬間、わかってしまう。

 ヴィクターの目的が。


「まさか、天上や冥府に逝った魂まで、人工澱魔エレメントとして蘇らせるつもりか!?」


 レティアの件もあって、思わず声を荒げるヨハンに、ヴィクターは「くっくっくっ」と愉しげに喉を鳴らした。


「そのとおりだ。おれが世界を手中に収め、死した後も帝国が繁栄できるよう、後の世代のために置き土産を残しておくことにした」


 つまりは、ヴィクターはこう言っているのだ。

 帝国はヴィクターが死した後も、世界を、そこに生きる人たちを踏みにじるつもりでいると。

 この考えが飛躍でも何でもないことを、帝国が繁栄するということが〝そういうこと〟であることを、ヨハンはそれこそ嫌というほどに知っている。


「やはりお前は仇だ。僕にとっても、世界にとっても」


 心の内に燃え上がる怒りとは対照的に、底冷えするような冷たい声音で言う。

 ヨハンの佇まいを見て、ヴィクターは「ほう」と感心の吐息をついた。


「ならば、どうする?」

「討ち果たす! 今ここで!」


 ヨハンは懐から短銃媒体ピストルを取り出すと同時に、念じて魔力の弾丸を装填しつつも銃口をヴィクターに向け――


「!」


 ヴィクターがその手に持った断刃をはすに振り上げた刹那、ヨハンは銃撃を中断して身を沈める。

 直後、斬撃の軌跡をなぞるようにして放たれた剣閃が、ヨハンの頭上を斬り裂いていった。

 まるで斬撃を飛ばしたかのような、あるいは目に映る範囲全てが斬撃の間合いになっているかのような、凄絶極まる一閃だった。


(これがレヴァンシエルの――いや、ヴィクターの力か!)


 今度こそヴィクターに銃口を向けたヨハンは、三度引き金を絞る。

 さすがにグランデルような体内の魔力操作による防御はできないのか、最小限の体捌きでかわしてから再び剣閃を繰り出した。


 ヨハンは念じて光球の二つを前面に押し出し、剣閃を防御。

 防がれるとは思わなかったのか、ヴィクターは意外そうに片眉を上げながらもう一閃繰り出すも、再びヨハンは二つの光球で防ぎきってみせる。


「面白い。ならば、こういうのはどうだ?」


 断刃を、弓矢を構えるように引き絞る。

 刺突がくる――そう思った瞬間、言いようのない悪寒を覚えたヨハンは、二つの光球に防御を命じつつも真横に飛んだ。


 瞬間、ヴィクターは刺突を放ち、光線さながらに断刃から離れた閃光が、光球の守りをぶち抜き、くうを貫いていった。

 だがその結果は、ヨハンも予見していたこと。

 ゆえに、破壊された二つを除いた四つの光球を、刺突を放った隙をつく形でしっかりとヴィクターに肉薄させていた。


「〝パージ〟!」


 即座に魔名を唱え、光球を自爆させる。が、その時にはもうヴィクターは地を蹴り、光球の爆発を上回るほどの速度でこちらに突っ込んでいた。


 初見の魔法のはずなのに完璧に対応されたことに驚きながらも、ヨハンは〝ウィルオウィスプ〟を再発動するために口を開く。

 ほぼ同時に、ヴィクターが間合い外からはすの剣閃を繰り出してくる。


「〝ウィ――〟」


 ヨハンは体を傾け、剣閃をかわしながらも詠唱を開始。

 さらに、迫り来るヴィクターに銃口を向け、


「〝――ルオ――〟」


 残弾三発全てを発射。

 ヴィクターが銃撃に対応している隙に、魔名を唱え切る算段だったが、


ッ!」


 ヴィクターは断刃を持たぬ左掌をかざし、こちらに向かってを放射。

 突風にも似た目に見えない圧力がヨハンの声を圧し、強制的に詠唱を中断させられてしまう。


 相手は武装媒体ミーディアムもなしに光刃を具象できるのだ。

 これくらいの芸当をやってくることくらい、想定して然るべきだったと悔やみながらも、ヴィクターが放った横薙ぎを身を沈めて回避する。が、


「!?」


 当然のように置かれていた膝蹴りが眉間に直撃し、ヨハンの顔を跳ね上げた。

 額が割れたのか、血が眉間を伝っていく中、蹴られた勢いを利用して後転。

 立ち上がる勢いをも利用して飛び下がった。


 なんとか体勢を立て直すことはできたが、後退したことで〝島〟の縁に追いやられてしまう。

 当然の如く追撃をかけてきたヴィクターが、一足で間合いを詰めてくる。


(どうする……!?)


 ヴィクターの近接戦の強さはいまだ未知数だが、〝圧〟からしてグランデルと同等である以上、近接戦においても同等であると想定して然るべきだ。

〝ウィルオウィスプ〟なしで凌ぎきるのは、ほぼ不可能だと思った方がいいかもしれない――と、ここまで思考したところで気づく。

 自分の今いる位置が、〝島〟唯一の入口となっている〝流れ〟の近くであることに。

 この〝流れ〟を上手く利用すれば、詠唱の時間を稼ぐことができるかもしれない。


(だがそのためには一手、ヴィクターの攻撃を凌がなければならない……!)


 眼前まで迫ってきたヴィクターが、断刃をはすに振り下ろした瞬間、ヨハンは飛び下がってかわすという賭けに出た。


 剣閃を放つ際は魔力も含めた〝力〟を込める必要があるらしく、精密性に欠けるのか剣速に欠けるのかは定かではないが、先程ヴィクターが近距離で横薙ぎを繰り出した際は剣閃を放っていなかった。

 だから、断刃の間合いの外に逃げる形で斬撃をかわしても大丈夫――と言いたいところだが、ヴィクターがそれを読んで剣閃を放ってきた場合、即死は免れない。

 それゆえの賭けだった。


 結果、ヨハンは賭けに勝った。

 さしものヴィクターも、〝島〟の縁に追い詰められた状態で飛び下がられるとは思ってなかったらしく、ヨハンの眼前を斬り裂いた断刃から剣閃が放たれることはなかった。


 そして、飛び下がったことで、〝島〟から落ちるという当然の帰結を迎える。


「〝ウィルオウィスプ〟!」


 落下しながらも六つの光球を具象。

 直撃を受けても術者には何の影響も与えない爆発パージ光の波動エクスキュートレイとは違い、ウィウィスプは術者にも干渉できるように創ってある。

 そのため、光球を密集させて足場にすることができ、その上に着地することでヨハンは落下の危機から免れた。


 だが光球は、瞬間的にはグランデルの拳打を防ぐほどの力はあれど、それを持続させる力はない――ヨハンは〝ウィルオウィスプ〟を創る際、持久力を捨ててでも瞬発力を高めることを優先した――ため、人一人分の重さを支えることができず、緩やかに落下し始めてしまう。

 こうなることは当然創った本人も予見しており、だからこそヨハンは、〝流れ〟が近くにあることを確認した上で〝島〟から飛び降りたのだ。


 ヨハンは足場となる光球を蹴り、〝流れ〟に飛び移る。

 このまま馬鹿正直に〝流れ〟に乗って〝島〟に戻ったところで、その瞬間を狙われるのは明白なので、遅れてついてきた六つの光球全てにヴィクターへの攻撃を命じ、先行させる。


 さらに魔法で攻撃を仕掛けようかと考えるも、先の〝ディバインコラップス〟や〝エクスキュートレイ〟が、発動前に易々と潰されたことを鑑みるに、生半なまなかな魔法では二の舞になるのは必至。

 ゆえに、搦め手でいくことに決めた。



 ◇ ◇ ◇



「まさか、〝島〟から飛び降りて危機を脱するとはな。なかなかに楽しませてくれる」


 右手に断刃を携えたまま、ヴィクターは喉を鳴らして笑う。

 初手の奇襲もそうだが、勝つためにあらゆる手段を講じる姿勢が実に良い。

 真っ向勝負もそれはそれで楽しいものだが、今のヨハンのように持ちうる手札と環境を最大限に利用してくる相手を迎え撃つのも、それはそれで楽しいものがある。


 だが、


「現状においては、まだ〝敵〟と呼ぶには些か物足りぬな」


〝武〟においては凡かそれ以下なのは、この際目を瞑ってもいい。

 それほどまでに、ヨハンの魔法士としての実力は突出している。

 帝国一の魔法士であるルナリアでさえも、ヨハンには及ばないと断言できるほどに。


 今のヨハンを見れば、グランデルならば熟していると見なすだろう。

 しかしそれは、あくまでも〝糧〟になるという意味であって、死合になるとは思わないだろう。


 ゆえにグランデルも、ヨハンを死合の相手として見た場合は、自分と同じ判定を下すと断言できる。

 惜しい――という判定を。


「さすがに、そろそろ上がってくる頃合いのようだな」


 それは、〝島〟から落ちていったヨハンが魔法を使ったことを、こちらに向かってくる六つの魔力の存在を、感知したがゆえの言葉だった。


 レヴァンシエルの血ゆえか、当人の才覚ゆえか、ヴィクターの魔力感知力は超一流の魔法士にも比する。

 ヨハンが放った聖属性魔法の数々を、初見であるにもかかわらず封殺できたのも、優れた魔力感知力をもって魔法の〝おこり〟を察知し、非凡な戦闘勘をもって最適解に近い対応をしたがゆえのことだった。


 ほどなくして、〝ここ〟まで飛んできた六つの光球が、地面にスレスレを飛翔しながらも、六方から一斉に襲いかかってくる。


「悪くない小賢しさだ」


 見もせずに、持ち手側の地面目がけて断刃を振るい、剣閃を放つ。

 右手側から迫っていた二つの光球に剣閃が直撃するも破壊には至らず、彼方へと吹き飛んでいく。

 残る四つは、断刃の間合いに入ったところで、こちらの腹部目がけて一斉に上昇。

 ヴィクターは先の二つを吹き飛ばしたことで手薄になった右手側に飛び、四つの光球は誰もいなくなった空間を勢いよく突き抜けていった。のも束の間、四つの光球はヴィクターの魔力に反応するように方向を転換し、四肢目がけて突撃してくる。

 刹那、ヴィクターは轟速の斬撃を四度吹き荒れさせ、四つの光球をまとめて斬り散らそうとするも、先の二つと同様破壊には至らず、弾き飛ばすだけの結果に終わってしまう。


「堅いな。ならば……」


 さらなる魔力を込めた断刃が、鮮烈な輝きを放ち始める。

 その間にも、剣閃によって彼方へと飛ばされた二つの光球が舞い戻り、背後から襲いかかってくる。


 次の瞬間、振り返りながら放った横薙ぎが、二つの光球を一息に斬り断った。

 続けて、残り四つとなった光球が四方から襲い来るも、先と同様に轟速の斬撃を四度吹き荒れさせ、今度こそまとめて斬り捨てる。


「さて、そろそろ上がってくる頃合いか」


 光球を蹴散らしながらも、しっかりとヨハンの気配を把握していたヴィクターは、〝島〟唯一の入口となる〝流れ〟を見やり……珍しくも、わずかに目を見開かせた。


 見えないのだ。

 確かに、ヨハンの気配が〝流れ〟から吐き出されたにもかかわらず、姿が全く見えないのだ。


 目に見えない気配は、足音を殺しながらも、こちらを遠巻きにする形で駆け出す。と同時に、忽然と放たれた魔力の弾丸が、一射、二射、三射と気配の動きに合わせて吐き出されていく。


 姿なきヨハンの銃撃に、常よりも反応が遅れたヴィクターはやむなく防御に専念。

 迫り来る弾丸全てを断刃で斬り散らした。


 その間にも、足を止めることなくこちらの隙を窺うヨハンの気配を、牽制も込めて目で追いながら、ふと思い出す。

 マティウスかナイア、どちらの手によって創り出されたのかは知らないが、開発された聖属性魔法の中に、〝シャインハインド〟なる透明化魔法があったことを。


 ならば、こうするのが対応としては一番楽だな――などと思いながらも、気配に向かって掌をかざし、


「覇ッ!」


 断刃を修得する過程で身につけた、不可視の魔力を放射する余技――気当てを放ってヨハンの動きを止めると同時に、魔力の干渉によって透明化魔法シャインハインドを強制的に解除させる。

 姿を見せたヨハンは、銃撃でこちらを牽制しながらも、


「〝ウィルオウィスプ〟!」


 魔名を唱えて、六つの光球を再具象させた。


 気当てを放った時にはもう踏み込んでいたヴィクターは、銃撃を断刃で斬り散らしながらもヨハンに肉薄。

 勢いをそのままに放った刺突を、ヨハンは六つの光球を一点に集中させることで防いでみせる。が、ヴィクターは構わずにさらに一歩踏み込み、切っ先から閃光を放ちながらも力尽くで刺突を押し込んだ。


「くぅ……ッ!!」


 圧力に負けたヨハンが、光球ごと吹き飛んでいく。

 背中から地面に落ちるも、すぐさままろび起き、こちらに銃口を向けながらも体勢を整える。

 今の刺突で、再具象したばかりの光球が半数やられてしまったせいか、苦々しげな表情をしながらも決然とこちらを睨みつけてくる。


 劣勢にあってなお戦意を失わない気概は褒めてやってもいいが、なまじ〝敵〟にふさわしいと認めていた分、形勢が一方的になってしまっている現状には、ため息をつかずにはいられなかった。


(散々帝国こちらを振り回してくれた手前、おれとしたことが少々相手を過大評価してしまったのやもしれんな)


 心の中で、落胆を独りごちた直後のことだった。



 ――そんなことはありませんよ。



 聞き覚えのある女の声が脳髄に響き、ヴィクターは思わず闇色の空を仰ぎ見る。

 見えるわけではない。が、理屈もなく確信する。

 ――と。


 その確信を得たことで、ヴィクターはさらに二つ、別の確信を得ることとなる。


 一つは、七番目の手駒の死。


 そして、もう一つは――……



 ◇ ◇ ◇



(強い……!)


 ヨハンは歯噛みしながらも、銃口の先にいる、闇色の空を仰ぎ見ているヴィクターを睨みつける。

 あからさまに無防備を晒しているのに、今引き金をひいたところで弾丸を当てられる気が全くしない。


 ヴィクターは、ただただ強かった。

 レヴァンシエルの血の力など関係なく。

 クオンやテストのように、何か一点が突出しているというわけでもなく。

 純粋なまでに、単純なまでに、理不尽なまでに、強かった。

 帝国が擁する魔人――グランデルを彷彿とさせるほどに。


 この男は、生きているだけで世界に災厄を振り撒く。

 生きているだけで悲劇を生み出す。

 だから、今ここで必ず殺しておかなければならない。

 世界のためにも。

 復讐のためにも。


(だが、どうする?)


 今のままでは、この皇帝バケモノには勝てない。

 それは弱気ではなく、彼我の実力差を冷静に分析した上で導き出した答えだった。


(〝力〟がいる。皇帝との力の差を埋める〝力〟が……!)



 ――その〝力〟、わたしが貸してあげますよ。



 忘れるはずもない少女の声が脳髄に響き、ヨハンは目を見開く。

 まさかと思う一方で、あり得ない話ではないとも思った。


 なぜなら、ここは〈魂が巡る地ビフレスト〉。

 現世と天上を結ぶ、死した魂が行き交う世界。

 、そう不思議ではない。


 ――わたしを、澱魔エレメントとして蘇らせてください。


(無理だ。僕は、君が澱魔エレメントとなって蘇らないようにするために、聖属性魔法で君を弔った。〝しるし〟のついていない君が、澱魔エレメントとして蘇ることはない)


 ――ヨハン。嘘をついちゃダメですよ。


(嘘だと?)


 ――はい。嘘です。〝徴〟は、あくまでも澱魔エレメントとして蘇る確率を上げるもの。


 ――自我の有無にかかわらず、人型澱魔エレメントが世界にいっぱい湧いて出てくるのは。


 ――〝徴〟をつけられるよりは、確率は低いながらも澱魔エレメントとなって蘇ったから。


 ――だから、〝徴〟がついていなくても、澱魔エレメントとして蘇ることは可能。


 ――そのことがわからないヨハンではないでしょう?


(……もう一度言うが、僕は君を聖属性魔法で弔った。仮に君が澱魔エレメントとして蘇ったとしても属性は聖属性になるが……聖属性の澱魔エレメントはこの世には存在しない。だから、無理だ)


 ――それも嘘。


 ――〝翁〟と話したことで、ヨハンはもう知ってしまったのでしょう?


 ――自我も記憶も持った、人工澱魔エレメントを生み出す魔法を。


 ――それを改編すれば、ヨハンならわたしを蘇らせることができる。


 ――違いますか?


(……そういう君は、自我も記憶も持ったまま蘇るのに最も必要な、未練はあるのか?)


 ――もちろん、ありますよ。


 ――このまま陛下に、ヨハンを殺されたくないという特大の未練が。


(そんな君だから、僕は……僕は君を蘇らせたくないんだ! 僕は、澱魔エレメントとなって蘇ったせいで起きた悲劇を、苦しみを、知っている! それこそ嫌というほどにな! 君は、そんなものを僕にまた味わえと言うのか!?)


 ――ええ。そうです。


 即答する〝声〟に、ヨハンは思わず目を見開き、


「何をかは知らんが……」


 ヴィクターの言葉に、さらに目を見開かせた。


大凡おおよそのことは察している。その上で言ってやろう。


 ――ほら、皇帝陛下からもお許しが出ましたよ~。


(その言い方、冗談でもあまり良い気分はしないな)


 ――……ごめんなさい。


 素直に謝ってくる〝声〟に、ヨハンはため息をついた。


(……君は、本当にひどい女性ひとだ)


 ――自覚はしています。


(だったら、なおさらタチが悪いよ)


 そんな言葉とは裏腹の笑みを浮かべながら、ヴィクターに向けていた銃口を下ろす。


「本当に、いいんだな?」


 その問いに対し、ヴィクターはあくまでも傲然と答えた。


「くどい。おれは許すと言った。本当に貴様が〝それ〟を為したならば、〝それ〟は紛うことなく貴様の力だ。その結果に文句をつけるほど愚昧な話もあるまい」

「……わかった。だが、これだけは言っておく。お前は〝それ〟を許したせいで、に負けることになる」


 断言するヨハンに、ヴィクターは心底愉しげに頬を吊り上げた。


「だからこそだ」


 相手の許しも得たところで、ヨハンは一度深呼吸をする。

 呼吸を整え、心の準備も整えたところで、


「我に絡み業よ、深淵よりも、奈落の底よりも、深い、深い、闇の底をも照らす、希望の輝きをもって、我が因果を解き放て――」


 希望を紡ぐように、呪文を紡いでいく。


 そして、


「――〝セイクリッドオーダー〟」


 魔名を紡ぎきった瞬間、眼前の地面から光の柱が衝き上がる。

 光の柱は少しずつ収束していき、その内側にいるの姿が少しずつ露わになっていく。

 全身はおろか、その身に纏った儀礼服までもが聖なる光によって構成された、


 の姿が。

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