第7章

第140話 皇城にて・2

「これは兄上。ちょうどいいところに」


 ヘルモーズ帝国皇城の廊下で、皇弟――ユーリッド・ロニ・レヴァンシエルは、腹違いの兄であり、ヘルモーズ帝国皇帝でもあるヴィクター・ウル・レヴァンシエルを呼び止める。


 体の線がやや細めな上に眼鏡をかけているせいか、〝智〟の印象が強いユーリッドとは対照的に、どこまでも苛烈なヴィクターは〝武〟の印象が強い。

 しかし兄弟ゆえに共通している部分も当然あり、金髪銀眼という身体的特徴と、偶然同じ廊下を歩いていた者たちが心の底からかしずくほどの威光は、双方ともに紛うことなくレヴァンシエル一族のそれだった。


「その言い草、おれに何か具申したい事案でもあるのか?」


 察しの良い兄に特段驚くことなく「ああ」と返したユーリッドは、無駄話を挟むことなく本題に入る。


「マティウス、ルナリア、ナウール、クオン……四人の七至徒が首都バルドルから離れた件についてだ」

「ナウールはともかく、その三人が動いたということは、ヨハン・ヴァルナスが〈が巡る地フレスト〉から現世に戻ってきたと見て間違いないだろうな。それも、我が帝国国内を転移先に選ぶ形で」

「そしてクオンの報告どおりならば、ヨハンとともに、テスト・アローニ、ガイ・イリードの他、グラムの騎士一名が帝国内に潜り込んだことになる。もっとも、《グラム騎士団》について直接調べ、根拠地まで突き止めたクオンの記憶に残らないような騎士など、〈魂が巡る地ビフレスト〉で野垂れ死んでいる可能性の方が高そうだがな」

「仮に生き残っていたとしても、特段気にするほど輩でもないというわけか。ならば、


 あまりにも察しが良すぎる兄に、今度ばかりはユーリッドも感心の吐息をついてしまう。

 ユーリッドがヴィクターに具申しようとしていた事案の一つが、まさしく、ヨハン、テスト、ガイ、三人分の手配書の手配だった。


「つくづく思うが、兄上ほどヘルモーズ帝国の皇帝にふさわしい男はいないな」

「世辞はいい。どうせ貴様のことだ。手配書の件が本命ではないのだろう?」


 ヴィクターのことを明確に自分よりも〝上〟だと認めていながらも、ユーリッドは「当然だ」と不遜に返し、言葉をつぐ。


「ヨハンどもは数だけを見ればたったの三人だが、いずれも七至徒か、それに近しい実力の持ち主。言うなれば精鋭中の精鋭だ。そんな連中に帝国内をかき回されては、最悪、世界連合との戦いに支障が出る恐れがある」

「ゆえに、確実に始末しておいた方がいい――そういうことか?」


 クオン、マティウス、グランデルがヨハンに執着していることを知った上で迷うことなく首肯を返すユーリッドに、ヴィクターは楽しげな微笑を頬に刻んだ。


「して、その方法は?」

「答える前に一つ。兄上……現在残っている七至徒候補は三人だったな?」


 問い返してくるユーリッドに、ヴィクターの片眉がわずかに上がる。


「ほう。其奴そやつらをヨハンどもに差し向けるというわけか」

「ああ。だが、相手の実力を鑑みれば七至徒候補だけでは不足と言わざるを得ない。ゆえに七至徒候補のみならず、ヨハンどもを捜索、殲滅するための兵士をも率いる人間を、兄上に手配してもらいたい」

「七至徒候補を率いるとなると将軍クラスの人間が必要になるが……世界連合との戦いが控えているこの状況では、少々難しいと言わざるを得んな」


「ならばその役目、この老兵に引き受けさせてはくれませんか」


 廊下に傅き、黙って話を聞いていた者の中の一人が、会話に割って入ってくる。

 その声音は、皇帝と皇弟――二人分の威光を前にしても微塵も萎縮しておらず、ただただ皇族への敬意に充ち満ちていた。

 そして老兵と自称したとおり、ユーリッドとヴィクター二人分の歳を合わせてようやく届くくらいの、確かな年輪を感じさせる響きも声音に入り混じっていた。


「オルト。貴様か」


 言いながら、ヴィクターは顎をしゃくる。

 それだけで察した老兵――オルト・イングレイは、緊張というものを全く感じさせない所作で立ち上がった。


 歳の割に目立った白髪見受けられない、錆色さびいろの髪。

 髪と同色の瞳も、老齢とは思えないほどに生気に満ちあふれていた。

 その一方で堅物然とした容貌には、彼のよわいが最低でも六〇を超えていると確信させられるほどの皺が刻まれている。

 軍服を身に纏っているが、その意匠は将軍が着ているものとも、兵士たちが着ているものとも異なる、のもの。

 

 う。オルト・イングレイは、ただの老兵ではなかった。

 かつては帝国軍将軍を務め、一線を退いた今は軍を指南することを皇帝ヴィクターに許されている、古強者ふるつわものだった。


「儂よりも年上のグランデル殿の暴れようを見ていると、まだまだ負けておれんと思いましてな。それに、アルトランを討ったグラムの騎士の顔は、生きている内に拝んでおきたいとも思うていたところです」

「そういえば貴様は、アルトランの師でもあったな」

「師などと呼ばれるのは、さすがに烏滸がましいですよ。アルトランは儂のことなぞ、とっくの昔に超えていきましたからな。とはいえ、弔いの一つくらいはしてやらないと、罰が当たる間柄だったことは否定しませんが」


 おどけるような言い回しとは裏腹の、底知れぬ光が錆色の瞳に宿る。


「弔い合戦を仕掛けることで、派手に奴を弔ってやりたい……言ってしまえば、これは儂のままではありますが、どうでしょう? 陛下。殿下。七至徒候補を率い、不届き者をちゅうする役目、この老兵に任せてはくれませんか」


 老兵オルトの申し出に、ユーリッドとヴィクターは横目で視線を交わす。


「これ以上ないほどに適任だと思うが、どうする? 兄上」

「そんな言葉を吐いている時点で、答えはもう出ているだろう」


 ヴィクターは不敵な笑みを浮かべると、直々にオルトに命じた。


「いいだろう、オルト・イングレイ。皇帝ヴィクター・ウル・レヴァンシエルの名のもとに命じてやる。七至徒候補を率い、ヨハン・ヴァルナス、テスト・アローニ、ガイ・イリードの三名を討ち果たしてこい」


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 本章は、一日置きに0時とか1時くらいに更新していく予定デスので、よろしくお願いしマース。

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