第139話 一方その頃・2

 その日王都ルタールにて、グラム騎士団長――ストレイトスから告げられたことは、騎士はおろか、騎士団に助力する同志たちにとっても、金髪碧眼の小太りの騎士――カルセルにとっても寝耳に水だった。


 ストレイトス曰く――


 先日、ヘルモーズ帝国に次ぐ国力を誇る、ミドガルド大陸南部のゆう――ヴァーリ連合王国の使者がやってきたとのこと。

 帝国の所業をうれいた連合が、世界連合軍を結成するから《グラム騎士団》にも力を貸してほしいと要請してきたとのこと。

 ストレイトスに、世界連合軍の総大将を務めてほしいという打診があったとのこと。

 引き受けてくれた場合、その見返りというわけではないが、コークス王国東海岸に待機させているヴァーリ連合王国軍三万が、国境付近にいる帝国軍掃討に加勢してくれるとのことだった。


 あまりにも話が大きすぎるがゆえに、ストレイトスと副騎士団長ラムダスだけで判断できるような事案ではなかったので、使者には一日だけ待ってもらうことにして、ストレイトスたちは、王都入りを果たしていた地方領主の御歴々にこの件について相談した。

 結果、使者の話を飲むことに決まり、グラム騎士団長ストレイトスは、世界連合軍の総大将に、《グラム騎士団》は世界連合軍に協力することに決まった。


 なお騎士に関しては基本、世界連合軍に参加することになるが、個人の自由で辞退しても構わないとのことだった。

 同志に関しても、志願兵という形で参加することができるが、騎士とは違い、ヴァーリ連合軍が行なう審査に合格する必要があるとのことだった。


 そしてカルセルは――


 ルタール王城の敷地内にある、兵舎の部屋のベッドに寝転がりながら、世界連合軍の参加を辞退しようかどうか迷っていた。


 ブリック公国の皆の仇を討つことを考えれば、参加以外の選択肢はない。

 だが、まさしくこの王城の敷地内で姿を消したヨハンのことが気になって、このまま世界連合軍に参加していいのか? このままコークス王国を離れていいのか? という思いが脳裏にちらつき、カルセルを迷わせていた。

 もし、世界連合軍に参加して、コークス王国を離れている間に、ヨハンたちがひょこりとこの王城に戻ってきたら……そんな考えさえも脳裏にちらつき、ますますカルセルを迷わせる。


「はぁ~……ほんと、どうし――」



「やはり迷ってるな。カルセルくん」



 いきなり真横から騎士団長ストレイトスの声が聞こえてきて、カルセルは「どわ~ッ!?」と絶叫じみた声を上げながら跳ね起きた。


「ス、ス、ストレイトスさん!? いつから部屋に!?」

「ついさっきだ。いくら考え事をしていたとはいえ、声をかけられるまで気づきもしないのは正直どうかと思うぞ」

「……返す言葉もないです」


 苦い顔をするカルセルに、盲目の騎士団長はからからと笑う。


「それよりストレイトスさん、なんでオイラの部屋に?」

「いやなに。迷うなんて贅沢が許された若者たちを、ちょっくらおちょくり回っているだけだよ」


 苦みを帯びていたカルセルの頬が引きつる。


 ストレイトスはストレイトスで、地方領主の御歴々の決定により、当人の意思に関係なく世界連合軍の総大将を務めるハメになったという話だった。

 それに比べたら、確かに、迷うことが許されているだけ贅沢なのかもしれないが……そのことを自虐しているように見せかけて、若者をおちょくるネタにしている騎士団長の神経の図太さは、それこそ正直どうかとカルセルは思う。

 

「さて、迷える子羊くん。いったい何に迷っているのか、ヨハンくんたちのことが気がかりだからという理由以外で打ち明けたまえ」

「って言ってる時点で、もうオイラが何に迷ってるかわかってますよね!?」


 頓狂な声を上げるカルセルに、ストレイトスは「いいツッコみだ」と満足げに笑った。


「まあ、消えたヨハンくんが気になって参加を迷っているのなら、俺から言えることは一つだ。参加しろ。カルセルくん」

「それは、真面目に助言してくれてると思っていいんですよね?」

「半々くらいだな」


 即答でそんなことをのたまう騎士団長に、カルセルは思わず頭を抱えた。

 副騎士団長の苦労が心底偲ばれる。


「ちなみにですが、なぜ参加した方がいいんです?」

「単純な話だよ。〈魂が巡る地ビフレスト〉だか〈狭間はざまの世界〉だかは知らないが、ちょっと別の世界に飛ばされた程度でヨハンくんが復讐を諦めるとは思えないからな。そして、復讐の相手が帝国にいる以上、ヨハンくんは必ず現世こちらに戻り、帝国を目指すはず……と、ここまで言えば、もうわかるな?」

「世界連合軍に参加し、帝国と戦っていた方が、ヨハンと再会できる可能性が高いということですか?」

「そういうことだ。仮に、何かの拍子で王城ここに戻ってきて、置いてきぼりになったとしても、ヨハンくんならば絶対に追いついてくるだろうしな」


 そう言って、ストレイトスは肩をすくめる。


「あと、おちょくり回っているというのも半分は冗談だ。皆に言伝ことづてがあるから、そのついでに若い連中の様子を見て回ってる」

「言伝?」

「そうだ。二つばかり言伝がある」

「むしろ、言伝それを一番最初に言うべきだったんじゃ……」


 というカルセルの抗議を無視して、ストレイトスは話を続ける。


「一つ目は、国境付近にいた帝国軍が撤退を開始した」

「ッ!? 本当ですか!?」

「本当だから、こうして俺が直接皆に伝えて回っている。どうやらあちらさん、こちらが仕掛ける前に、王国の東海岸にいるヴァーリ連合の三万に気づいたらしい」

「そうですか……それで、二つ目は?」


 ストレイトスは右手の指を三本立てると、カルセルに背を向けながら言う。


「三ヶ月後だ。三ヶ月後に、世界連合軍は帝国に戦いを仕掛ける」

「三ヶ月……さすがに軍の規模を考えると……」

「性急にすぎると言いたいのはわかるが、これだけヴァーリ連合が大がかりに動いている以上、《終末を招く者フィンブルヴェート》あたりに世界連合軍の情報は掴まれていると考えておいた方がいい。帝国に迎え撃つだけの充分な時間を与える方が危険だと、使は判断し、俺もそれに同意した」


 その使者が、ヴァーリ連合王国の王位継承権第一二位――ルドマン・アレイ・ボーウスであることを、カルセルがあずかり知らないことはさておき。


「確かに……帝国に時間を与えるのは、それはそれで恐いですね」

「だろう? というわけで、もう数日もしないうちに忙しいことになるから覚悟しておいてくれたまえ」


 と、無駄に芝居がかった言い回しを残して、ストレイトスは部屋から立ち去っていた。


「三ヶ月後に、世界連合軍と帝国が……」


 掛け値なしに、世界を賭けた戦い。

 その火蓋が切られる時が、刻一刻と迫っていた。


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 第6章終了。次章は三~四ヶ月後くらいに公開……デキタライイナー(またしても遠い目。例によって、前後する場合は近況ノートで告知しマスのでよろしくお願いしマース。

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