第57話 皇城にて

 荘厳華麗なヘルモーズ帝国皇城の廊下で、《終末を招く者フィンブルヴェート》の構成員からとある報告を受けた皇帝――ヴィクター・ウル・レヴァンシエルは、ほんのわずかに目を見開かせた。

 何事に対しても動じることのないヴィクターにしては、ひどく珍しい反応だった。


「その報告、まことか?」


 報告を聞き返すこともまた、ひどく珍しいことだった。

 古拙アルカイックな仮面を外して跪拝きはいしていた構成員は、皇帝陛下の反応に内心驚きながらも、先と同じ報告を口にする。


「ハッ。回収された遺体をこの目で確認しましたので間違いありません。七至徒第三位ジスファー・ラウンド様は、アルトラン将軍とともに《グラム騎士団》の掃討に向かうも失敗。戦死なされました」

「……そうか」


 輝くような黄金色の髪よりもなお苛烈な輝きを宿す銀色の瞳に、あるかなきかの哀悼がくゆる。


「埋まったばかりの七至徒の席に、早速空きを出すとはな。……阿呆が」


 数瞬、黙祷を捧げるように瞑目する。

 ほどなくして開いた双眸にはもはや哀悼の残滓すらなく、先以上に苛烈な輝きを以て構成員を見下ろした。


「ジスファーの死に様について聞かせろ」

「ハッ。七至徒第七位クオン・スカーレット様が見逃したくだんの魔法士――ヨハン・ヴァルナスと一騎打ちを行い、死闘の末に敗れたとのことです」

「……貴様。おれはジスファーの死に様を聞かせろと言ったのだ。ジスファーの死に乗じてクオンを七至徒から引きずり下ろそうとする貴様のさもしさを聞かせろと、いつおれが命じた?」

「ももももも申し訳ございませんッッ!!!!」


 皇帝の〝圧〟に恐れ戦いた構成員は、床に額を擦りつけて謝罪する。

 ヴィクターは興が冷めたように「ふん」と鼻を鳴らすと、


「まあ、よい。あのおとこのことだ。勇壮に戦い、満足して逝ったのは疑いようもない。事実、そうであったのだろう?」

「ハ……ハッ! 仰るとおりでございます!」

「それにしても、ヨハン・ヴァルナスか。クオンが《終末を招く者フィンブルヴェート》に引き入れようとしていることも含めて報告は受けていたが……まさか、ジスファーを一騎打ちで打ち破るほどとはな。大陸最高の魔法士と謳われたダルニス・ヴァルナスの才を、しかと受け継いでいるようだ」

「ということは……やはり、クオン・スカーレット……様……の提案どおり、ヨハン・ヴァルナスを《終末を招く者フィンブルヴェート》に招き入れるのですか?」

「つくづく愚昧だな。貴様は」


 ヴィクターに睨まれ、構成員は引きつるような悲鳴を漏らしながら、再び額を床に擦りつけた。


おれに刃を向けた者は容赦なく叩き潰す。ヨハン・ヴァルナスが明確に刃を向け、さらにはおれが認めた数少ないおとこを亡き者にした以上、生かしておく道理はどこにもない。大臣どもに協議させるまでもない。ヨハン・ヴァルナスについては、その存在を確認次第殺せと皆に伝えろ」

「み、皆というのは……クオン・スカーレット様にも、ですか?」

「当然だ。それでクオンが暴走するようであれば、それもまた一興というものだ」

「一興……」


 と、呆然と呟いた後、我に返ったように構成員は応じる。


「か、かしこまりました! それではすぐに――」


 そう言いながら立ち上がろうとする構成員に、ヴィクターは「待て」と命令する。

 瞬間、構成員は慌てて跪拝の体勢に戻った。


「アルトランにも意地があるだろうが、《グラム騎士団》の掃討に失敗し、ジスファーが戦死した以上、こちらとしても何も手を打たぬわけにはいかん。それに、将軍アルトランはもとより皇弟ユーリッド新米七至徒クオンも、無下に死なせるには惜しい人材だからな。いざという時のための保険が必要だ」


 ヴィクターは、怯えていた構成員をさらに怯えさせるほどに獰猛な笑みを浮かべ、言葉をつぐ。


「グランデルを呼べ。たまには奴にも、七至徒第一位として働いてもらう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る