第19話 旅は道連れ

 半ば強制的に左腕の応急処置をされた後、ヨハンは今度こそレティアたちの前から立ち去ろうとするも、


「あっ、そっちの方向! わたしたちの目的地とおんなじ方向ッスね!」


 本当に運の尽きだった。


 ヨハンは、ただアテもなくコークス王国の地を歩いていたわけではない。

 ここから四、五日ほど歩いた先にある、ストウロと呼ばれる村を目指して歩いていた。

 目的は勿論、コークス王国内で最もヘルモーズ帝国に警戒され、なおかつ帝国の情報を沢山かき集めているであろう《グラム騎士団》に接触すること。


 国境を越えてすぐのところにある町で得た情報によると、同志を集めるために、《グラム騎士団》の使者がストウロ村にやってくるとのことだった。

 この情報自体、反帝国思想の人間を釣り上げるためにヘルモーズ帝国が流した罠の可能性があるが、それはヨハンにとっては望むところ。

終末を招く者フィンブルヴェート》が待ち構えていてくれと願ってさえいた。

 もっとも、ストウロ村のある地方はいまだ帝国の侵攻が及んでいないため、罠である可能性は低いと言わざるを得ないが。


 ヨハンは、後ろから付いてくるレティアと、もはや観念したように彼女の後ろに続くラスパーたちを一瞥し、ふと、とある疑問が浮かんでくる。


(まさか、彼女らもストウロ村を目指しているのか?)


 そんな嫌な予感を抱いたのはどうやら自分だけではないらしく、レティアを追い越し、隣に並んできたラスパーが、つい今し方ヨハンが思ったことをそっくりそのまま訊ねてくる。


「なあ、あんた。もしかしてストウロ村を目指してるのか?」

「あっ、やっぱりそうなんスか?」


 二人の後ろでちゃっかりと聞き耳を立てていたレティアが、嬉しそうに会話に割って入ってくる。

 返答について思案する暇すらもらえなかったヨハンは、思わずうんざりとした表情を浮かべてしまい、それを見て、ヨハンの答えが「イエス」だと察したラスパーは、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。


「だったら、このまま一緒に行くのはどうッスか? ほら、旅は道連れって言うし」


 トタトタと走り、ヨハンたちの隣に並んだレティアがそんな提案をしてくる。

 ヨハンがますますうんざりとした表情を浮かべ、ラスパーがますます微妙な表情を浮かべたのは言うまでもない。


 ラスパーは一つ咳払いをすると、露骨に妹の存在を無視しながらヨハンへの質問を続ける。


「《グラム騎士団》に入るのが目的か?」

「……そんなところだ」

「おいおい、そいつは目的地どころか――」

「目的まで、わたしたちとおんなじッスね!」


 兄の言葉を奪って喜色の声をあげるレティアに、ヨハンは思わず眉をひそめた。


たち、だと?」

「うん。わたしたち」

「まさかとは思うが、《グラム騎士団》に入るつもりなのか? ?」


 真面目な話を振ったはずなのに、レティアはなぜか「むふ~」と笑みを浮かべながら、ラスパーの腕をペシペシ叩き始める。


「ほらほら、ラスパー兄ちゃん。聞いたッスか? 女性ッスよ? 〝れでぃ~〟ッスよ? ちょっとはラスパー兄ちゃんも、この人のことを――って、アレ? え~と……」


 不意に、なぜか、レティアは申し訳なそうな顔をしながら、こんなことを言ってくる。


「ごめんなさいッス。そういえばまだ、あなたの名前聞いてなかったッス」


 いったい何が「ごめんなさいッス」なのかはさっぱり理解できなかったが、申し訳なさそうにしているレティアを前に「名乗るつもりはない」と答えるのは、さすがに気が引けたので、


「ヨハンだ」


 あえて大陸最高の魔法士であるヴァルナスのファミリーネームを伏せ、素気ない口調で答えた。

 名前を聞いた途端にレティアは笑顔を取り戻し、矢継ぎ早に自分たちの名前を紹介し始める。


「それじゃ、今度はこっちの紹介をするッスね! さっきも言ったけど、わたしはレティアで、隣にいるのがラスパー兄ちゃん! 後ろにいる二人は、背の高い方がスレットさんで、背の低い方がトムソンさん!」


 ヨハンは半顔だけを振り返らせ、背後にいるスレット、トムソンを見やる。

 二人とも、ラスパーと同じく鎧に身を包んでいた。

 それを見て、思わずため息をついたヨハンは、視線を前に戻してラスパーに訊ねる。


「念のため確認させてもらうが、お前たちの鎧、ひょっとしなくても鎧か?」

「……? 安物だけど、けっこうしっかりした鎧だぞ」

「要するに、ただの鎧というわけか。ならば悪いことは言わない。町についたら、とっとと売り払って、動きやすくて丈夫な服に着替えろ」

「はぁッ!?」


 ラスパーが、なんだかんだで会話を聞いていたスレットとトムソンが、揃って素っ頓狂な声を上げた。


「バッ、おまッ、鎧だぞ!? それを脱いでペラッペラな服着ろとか、どういう了見だ!?」

「鎧が鎧として機能する相手など、地属性の澱魔エレメントくらいのものだ。それ以外を相手取った場合、鎧も服も防御力に大差はない」


 その言葉に、ラスパーは「くッ」と呻く。


「た、確かに俺たちの村の周りには地属性の澱魔エレメントしか出てこなかったけど……氷属性とかなら一応防げなくもないだろ!」

「あくまでも〝一応〟にすぎないがな。いずれにしろ他の四属性の澱魔エレメントや、帝国の連中が扱う武装媒体ミーディアムや魔法の前では、鎧などただ重いだけの鉄くずにすぎない。武装媒ミーディアムに使われている鉱石――オディックヘドロンでできた鎧ならば、魔法的な攻撃も防ぐことができるが――」

「だったら、その鎧を買った方がいいじゃねえか!」


 説明を遮りながら反論するラスパーに、ヨハンはため息をつく。


「その鎧を買うには、最低でも大きな屋敷一邸買えるだけの金が必要だ」


 それを聞いた瞬間、ラスパーの頬が盛大に引きつった。


「おまけに、使いこなすのに一流魔法士並みの魔力が必要だという理由もあって、ろくに買い手がつかず、現状、オディックヘドロン製の鎧は市場にはほとんど出回っていない」

「か、金がどうこう以前に、お目にかかること自体が難しいってことか」

「そういうことだ。とにかく、《グラム騎士団》に入りたいのであれば、先程も言ったとおりとっとと鎧を売り払い、動きやすさと丈夫さを重視した服に着替えることだな。向こうも、素人丸出しの人間を入団させたりはしないだろうしな」


 そこまで言い切ったところで、ヨハンはほんの少しだけ寂しげに、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 先程までの自分が、今は亡きブリック公国軍ナンバー1剣士――レグロと似たような言い回しになっていることに気づいたからだ。

 湧き出そうになった哀愁を噛み殺していると、隣で散々悩んでいたラスパーが、


「ちょっと、二人と話してくる」


 と言って、スレットとトムソンのもとへ向かっていった。

 こういう聞き分けの良さは自分にはないものだと、感心するように自嘲するようにヨハンは思う。


 ラスパーたちが鎧を売る売らないの話を始めたところで、ヨハンは盛大に逸れていた話を戻すべく、後ろ向きに歩きながらラスパーたちの様子を楽しげに見守っていたレティアに質問する。


「それで、君は本気で《グラム騎士団》に入るつもりなのか?」


 レティアは思い出したように「あっ」と声を漏らすと、こちらに振り返りながら、思案するように指で唇の下を押さえる。


「ん~……結論から言えば、半分アタリで半分ハズレってところッスね。ヨハンさんが言いたいのは、《グラム騎士団》には女性を入団させないっていう不文律があることッスよね? それくらいは勿論知ってるけど、ほら、今は状況が状況だから後方支援とかなら女の子――じゃなくて、女性のわたしでも入団させてくれるかもしれないし!」


 わざわざ〝女性〟と言い直すレティアに、ヨハンは思わず苦笑しそうになる。が、


「けど……やっぱり、できることなら、わたしもこの手で帝国と戦いたい……ッスね。そのために、帝国のから〝これ〟を奪ったわけだし……」


 レティアが〝奴ら〟なんて乱暴な言葉を用いたことに加え、彼女が懐から取り出した〝これ〟を見て、苦みだけが顔に出てしまう。


 レティアの手には、ヨハンも一度か二度しかお目にかかったことがない稀少な武装媒体ミーディアム――短銃媒体ピストルが握られていた。

 一発撃つたびに銃口から弾薬を込める必要がある実銃とは異なり、他の武装媒体ミーディアムと同じく「顕現せよ」と心の中で念じるだけで、魔力の弾丸が銃身内に装填され、引き金を引くことで発射される。

 また、装填された魔力の弾丸は発射されない限りは銃身内に残り続け、一五分から二〇分程度で自然消失するようにできている。


 実銃同様、いや、それ以上に、レティアのような非力な少女には打ってつけの武装媒体ミーディアムだった。と言いたいところだが、


「まあ、五、六発撃ったら、わたしの魔力がスッカラカンになっちゃうんスけどね」


 力なく笑いながら、レティアは言う。


 短銃媒体ピストルの弾丸一発に必要な魔力は、長剣媒体ソードの光刃を具象するのに必要な魔力のおよそ三倍。

 先程ヨハンが言っていた〝オディックヘドロンでできた鎧〟と同様、一流の魔法士並みの魔力がなければ満足に使いこなすこともできない代物だった。


「なぜ、自分の手で帝国と戦いたいんだ?」

「……わたしら全員、ミーミルって村の出身なんスけど、侵攻してきた帝国の略奪に遭っちゃって……。たいしたものなんてないのに、帝国の奴らはわたしらの村から何もかも奪って……お母ちゃんもお父ちゃんも殺されて……」

「この四人で逃げてきた、というわけか」


 コクリと、レティアは首肯する。

 そんな彼女を見て、ますますヨハンの表情が苦々しく歪んでいく。


(帝国は、こんな少女の心まで復讐に染め上げようと――)


「だから、決めたんス!」


 力強さを取り戻したレティアの声が、ヨハンのを遮る。

 そして、


「この手で村を取り戻そうって!」


 続く言葉で、ヨハンを瞠目させた。


「……帝国に、復讐したいんじゃないのか?」

「そりゃ、そういう気持ちがないと言えば嘘になるッスけど……やっぱり、一番大事なのはわたしらの村を取り戻すことッスね。まあ、村自体がなくなっちゃってる可能性が高そうッスけど、わたしらの土地から帝国を追い出すことができれば、村を再建することだってできるかもしれないし、そうした方がお母ちゃんとお父ちゃんも喜ぶだろうし!」

「……そうか」


 心の中で嘆息する。

 実のところ、夜になったら、隙を見てレティアたちのもとを去り、彼女たちに先んじて一人でストウロ村に向かうつもりだった。


 だが、今の話を聞いたことにより、それができなくなってしまった。

 レティアたちのことを放っておけないと思ってしまった。


(まったく……僕は復讐のことしか頭にないというのに)


 だからこそ、、余程死んではいけない人間だと思った。思ってしまった。


(彼女たちだけでは、ストウロ村に着く前に澱魔ミーディアムにやられてしまうかもしれない。それに……確率は低いが、ストウロ村の話が帝国の罠だった場合、彼女たちは確実に殺されてしまう)


 必要以上に構うつもりはない。

 だが、《グラム騎士団》と接触するまでの間は、できる限り力になってやろうとヨハンは心に決める。

 そんな考え方ができる時点で、自分もまた人間であることにも気づかずに。

 その先に待ち受けている運命にも気づかずに……。

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