天地
私は体の輪郭を見失い、ドロドロの水に溶けだした。
それからバラバラになって空へ吸い込まれて、ふと思い出して呼んだ。
「龍神様」
「来たな、負の種よ」
負の種というのは、どうやら私の事らしい。
『あの人は何処だろう?』
私はこの水の終わりを探した。体はまだバラバラなようだった。
「天井で好きに泳いで居るがよい。そのうち輪郭も定まろう」
返事をしたか覚えがないけれど、私は言われるままに天井の海の中を泳いだ。
気持ちのいい水だった。刺すように冷たくて、不純物が一つも無い水。それが私を包むドロドロを少しずつ流していく。
薄い膜に覆われた赤子が泳いでいる。
私はきっとアレにはなれない。
気になって上を目指して泳いだ。どこまでも上へ行く。
まるで夜のように、紫の光が泳いでいるのを見た。それでもまだ上へ行く。
ふと水面に出た。『私は水面から来たのではなかったか?』と思ったけれど気にしている余裕はなかった。息が出来ない。苦しい。慌てて水の中に戻り様子を窺う。
水面の先は黒という言葉が物足りないほどの黒だった。
指先だけ出してみた。さっきと違って安心する。
ドロドロで、ベタベタで、純粋な闇だった。
天井の向こうには闇が待機しているのだった。
「戻りなさい」
龍神様の声がした。戻って初めて龍神様のお顔を見た。街に降る雪のような灰色をしている。龍神様は言う。
「陽の世界へ行き、負の種を蒔いて来い。さすれば影は光に成り代わらん」
「陽は?」
「影柱に飲み込まれる。その時、光は天地を見失い陽と影は反転するのだ」
「はい」
難しいことは分からない。私はただ、あの天井の向こうの闇に心を奪われている。あれに飲み込まれた世界はどんなだろう。きっと私と同じ。もう寂しくない。そうだったんだ。今はどちらも曖昧だから苦しいんだ。
気が付くと私は地下鉄のホームに立っていた。
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