蛙男
蛙の姿を二時間分だけ買った。大きなウシガエルだ。そうしたら光の柱の前でおろおろと騒いでいるオッサンを見てしまった。数人が話をしようと試みているが駄目らしい。
蛙で池遊びはお預けだ。
「よぉ。どんなだ?」
買取屋の爺さんに声を掛けると、誰だ? と聞かれる。
「カルだよ」
「なんじゃ、お前また蛙になっとるのか。もうずっと蛙で過ごしたらどうだ?」
「冗談よしてくれよ。二時間だからいいんじゃないか。で?」
「なにも信じんと騒いどる。待つしかあるまいな」
俺はぴょんぴょんと怯えて騒ぐオッサンに近づいた。随分と大きな水毬を浮かべている。
「よぉ、オッサン。陽の世界から来たんだって?」
「あぁ?! うわぁぁぁ!」
「落ち着けよ。俺はカルだ。よろしくな」
湿った右手を差し出すと、握手こそしてくれなかったがズシンと座った。
「なんだ。やっと落ち着いたか?」
「あぁ。つまり、俺は死んだんだな?」
「バカ言うな。ここは影の世界だよ。陽の世界とはだいぶ違うらしいな? あっちに戻りたけりゃ、その光の柱に飛び込めばいいのさ。しかし、おすすめはしないね」
「何故だ?」
「アンタの頭さ。その水毬は寂しさなんだ」
「何だと? 俺が寂しい奴だとでも言うつもりか!」
オッサンは立ち上がったが、俺は蛙だから喧嘩にもなりゃしない。
「違うよ。ここでは寂しさが目で見えるんだ。それが頭の水毬なんだよ」
「俺は寂しくなんかない! あんな女ども、出て行ってせいせいしとるわ!」
オッサンは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「だって、見えてるんだから仕方ないだろう? いい加減に認めようや。だって陽の世界の天井はあんなんじゃないだろ?」
俺が上を指さすと、オッサンも釣られて上を向く。
「随分と水っぽいあの世だな」
「だから生きてるっての。オッサンさぁ、ちゃんと水毬を治さないとアレと同化するんだぜ。それじゃあ困るだろう?」
「ふん。向こうに帰ればいいだけの事だろうが。それとも何か? 俺を捕まえて金でも集ろうってのか? 浅ましいことだな!」
「金なんか要るかよ。帰ったら確かに天上には同化しないが……」
「ほら見ろ」
「でも見えなくなるだけで、水毬は膨れ上がるさ。どこまでもな。天井に同化して終わりになんてならないんだから、いずれ水毬が重たくなりすぎて足元に落ちて池になり、身動きが出来なくなって広がり続けて、それでも終われないんだ。だからこっちの世界で水毬を治さなきゃ。な?」
オッサンが落ちている荷物を一つ拾うたびに水毬がタポンと揺れる。
「俺は帰る! 俺は正常だ!」
そう言って光の中に消えてしまった。
「行っちまったなぁ」と買取屋の爺さんが呟く。
「陽の世界って名前のわりに怖い所だな。あんなにデッカイ寂しさが見えないなんてさ」
「そうじゃな。治す事も出来ず、天井となり生まれ直す事も出来んのだからな。お前も気を付けろよ、カル」
帰ってしまったオッサンの明日を少し想像しながら、俺はぴょんぴょんと跳ねる。町の一番上の一番端の滝まで来てから、下へゆるゆると落ちていく。ふわりとした水煙に体を包まれ、温かさを感じて、俺の小さな水毬は癒されていく。
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