ノスタルジー

 先日、年長の娘と二人で遠出をした。

 滅多に来ない、新幹線が止まる大きな駅。ここの屋上には、市内を見渡せるビュースポットがある。せっかくなので寄ってみた。

 エレベーターを降りると、一面の青空。冬の合間の小春日和で、柔らかな陽射しが降り注いでいる。屋上には展望台の他にもちょっとした広場があり、幼児向けの小さな電車が線路を走っていた。

 「あれ、小さい子用かなぁ……」

 もうすぐ小学生になる娘が、躊躇いがちに呟く。電車に乗っているのは、確かに娘より小さな子ばかり。でも、乗るなら今のうちだ。次に来た時には、見向きもしなくなっているかも。一緒に乗ろうと誘うと、娘は嬉しそうに頷いた。

 2人分のチケットを買い、乗り場に並ぶ。私達が一番先頭だ。運転手役のお姉さんに導かれ、娘は真ん前の席に乗り込む。娘の後ろに座り、こどもの視点になって気付いた。線路の周りの植え込みが、動物の形になっている。あれはカメ、あれはウサギと娘と当てっこしていると、高らかに汽笛が鳴った。出発だ! ガタン、ゴトンと電車が揺れ、ゆっくりと線路を走り出す。電車に乗り込んだこども達が歓声を上げる。カメラを構えたお父さんが、手を振って我が子の写真を撮る。そのあたたかな眼差しが、なんだか胸に迫った。かつて私も、あんな風に見つめられていたんだろうか?

 汽笛が鳴る。広場で遊ぶ男の子が電車に手を振り、一緒に駆け出した。きらきらした瞳。

 大人の私の瞳に映るのは、小さな遊具の電車。もっと大きな電車や新幹線に、幾度も乗った。けれど、こどもの頃に憧れた遊園地の電車は、もっと大きな喜びに溢れていた気がする。

 「人生はうんとはじめのころに至福のほとんどを知るものなの。……その後はほとんどずっとそれを取りもどすための戦いなの」

 いつか読んだ、小説の一節を思い出す。吉本ばななさんの「サウスポイント」。もう会えない人を想って泣く主人公。

 電車は最後の2周目に入った。こども達を見守る、ベンチの初老の男性。静かで柔らかな眼差し。二度と戻らない、遠い記憶がその瞳に映っている。

 長い汽笛を鳴らし、電車はホームに滑り込んだ。振り向いた娘が、「楽しかった!」と笑う。私も笑って娘の手を握り、小さな電車を後にする。次にここに来る時は、たぶん娘は小学生。もう、この電車に乗るとは言わないかもしれない。

 時はゆっくりと移ろう。あまりにもありふれた日常。けれど、今この瞬間を、懐かしく思い起こす時がくるんだろう。終焉へ向かう微睡みの夢みたいに、優しくて甘い時間。

 柔らかな陽射しの中で、小さな手を握りしめる。いつかの遠い未来に向かって微笑む。私たちは、ここにいる。今、この時を生きている。

 

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