今を

 職場で、突然の訃報を知った。

 病気で入院されたのは知っていた。

 その方の芯の強さを知っていたから、きっと復職されるものと、勝手に思い込んでいた。


 帰宅後、慌ただしく夕食の準備をしている最中に、右手の薬指を挟んだ。

 痛みと共に腫れ上がり、普段は何て事のない動作が覚束ない。


 あっけないものだ。

 いつだって日常は突然変わる。

 いつか唐突に終わりを迎える。

 そんなこと、分かってるよって呟きながら。 

  いつだって、目の前に突きつけられてから、やっと気づくんだ。

 今がいつまでも続く訳じゃない。目の前の人と、いつも会える訳じゃないんだって。


 玄関のドアを閉める度、「もう帰ってこないかもしれない」と思ってたら、身が持たない。

 「もう会えないかもしれない」と思ったら、家族と離れることはできない。

 幸せな目隠し。生きていくために。

 でも、自分に刻んでおきたいんだ。


 昔、幸せについて考えたことがあった。

 何かを手に入れることが幸せて、何かが欠けることが不幸せなんだって、漠然と考えていたけれど。

 結局、今を幸せと思えるかどうかなんだなぁって。

 私たちにはいつも、「今」しか無い。あれがあればいいのにとか、これが無いからダメだとか、そういうことじゃなくて。今を、どう受けとめるか。

 今を、幸せと思えるかどうかなんだなぁって。


 そんなことを考えながら。

 次の瞬間には、ぐずり続ける娘に「いい加減にしなさい!」と怒ってしまう。

 我ながら笑ってしまう。


 急に悟りは開けないけど。

 せめて毎日、ぎゅっと抱き締めたい。

 「大好きだよ」を伝えたい。

 仏頂面の私だけど、笑顔を見せたい。

  最後に思い出される私が、笑顔であるように。


 優しくて力強い、笑顔を思い出しながら。

 ありがとうございました。

 どうか、安らかに。









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