頑張ってるの、知ってるよ
寒暖の差が激しい日々。案の定、朝から娘が咳、鼻水。
風邪、だろう。
熱は無いし、咳もそう酷くはない。普段なら放置するけど……。
現在、職場ではコロナ対策で「家族に風邪様の症状があれば、自宅待機」となっている。
こどもなんて、しょっちゅう風邪ひくっての!
本当にやるのか通知元に問い合わせたが、「所属長の判断に任せる」としか。相手も言い様が無いんだろう。
出勤するには、「受診したけど風邪でした」くらい言わねばなるまい。
年度末で多忙なのに加え、厄介な案件を抱えている。連日、詰め寄られつつ、綱渡り。
休めない。
……休みたい。
娘に「病院行ってから、保育園行こう」と声をかける。
二歳の娘は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「お耳、イヤ!」
小児科で、器具を差し込んで耳の中を見られるのが苦痛なのだ。最近、通院への抵抗が激しい。
結局のところ、自分のために受診させたいのだ。罪悪感を覚えつつ、娘に向き直る。
些細なこと、と言えるのは、長く生きて多く経験したからだと思う。小学生の時、歯医者を怖がって泣き、叱られた記憶が甦る。大したことじゃない、と言い切られた切なさ。
娘の二年間の人生では、1、2を争う究極の事態なのだろう。
こどもより大人の方が大変だとか、私よりあの人の方が大変だとか、そういうことを言っても何かを逸らすだけで、あまり意味は無いよなとしみじみ思う。
誰にだってあるんだよ
人には言えない苦しみが
相田みつを氏の詩の一節が過る。
それぞれの苦しみがあり、闘いがある。
それは自分自身が直面するしかない、他人には手出しできないことだ。
泣き止まない娘を膝に乗せ、抱き締める。
お耳、イヤだよねぇ。
でも、お咳コンコンだから、心配なんだ。早く良くなるように、お医者さんにお薬もらいに行こう。
……イヤだよねぇ。
イヤだけど、やらないといけない時もあるんだ。頑張らないといけない時もある。
ユヅちゃんは、きっと、強くなるよ。
頑張ってるの、知ってるよ。
娘に言ってるんだか、自分に言ってるんだか。
しばらく娘は静かに涙をこぼし、しかし、立ち上がった。
自分で靴下を選ぶ。外出の準備だ。
外へと歩き出す。しっかり私の手を握りしめて。
病院はコロナ対策で、待合室の玩具も絵本も、使用禁止だった。娘の気を紛らすものは無い。手遊びをしようとしたが拒否される。娘は無言で、私の胸にぺたりと張りつく。
順番が近づいた。娘が「イヤ」と泣き出す。
診察室に入ると、涙、涙。
それでも、診察が始まるとグッと堪え、聴診器に身を任せる。
いよいよ、耳。娘の顔が歪む。私は娘を抱く手に力をこめる。
娘は、泣かなかった。
耳の中がうまく見えずにやり直しになっても、じっと耐えていた。
診察室を出ると、「イヤだった~」と泣き出す。
「よく頑張ったね」
娘を抱き締める。
職場に風邪だと報告すると、娘の周囲に外国渡航歴のある人がいないか確認された上で、私に症状が無ければ出勤可能とのこと。
娘を保育園に預け、職場に向かって自転車をこぐ。
涙を堪えて耐えていた、娘の姿が甦る。
今度は、私の番だ。
自分の闘いに向かって、全速力。
一日の終わりに、コンビニに寄った。
「ユヅちゃん、病院でよく頑張ったよね。お菓子買って帰ろう」
娘は嬉しそうにドーナツを選んだ。息子も一緒に選ぶ。
自分にも、一つ。連れにもね。
帰宅後、娘は連れにも「お耳、頑張ったよ!」と報告していた。晴れやかな笑顔で。
たとえ誰も褒めてはくれなかったとしても。
頑張った自分に、労いを。
326氏の言葉ですけれど。
頑張ってるの、知ってるよ。
……まぁ、私は仕事に行くのが嫌で、娘は病院に行くのが嫌だったって、それだけの話ですけど f(^_^;
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