第8話 チャレンジ

五歳の息子は、自転車練習中。

補助輪がついていても、フラフラしている。


最初は「こわい」を連発、ペダルをこぐどころではなく、後ろを支えて「大丈夫だよ」と声をかけていた。


あの頃に比べれば、どうにか一人で乗れるようになり、上達はしている。


お友達の中にはもう、補助輪なしで乗り回している子もいるけれど。

息子はゆっくり、でも着実に、ペダルをこぐ。


息子は昔から運動が苦手で、お座りもたっちもあんよも、できるようになるまで人一倍時間がかかった。


私はそれまで、人間は自然にそれらができるようになると思っていた。当たり前だと。


でも、「こどもが一歩を踏み出すのは、すごい勇気なんだよ」と、教えてくれた人がいた。

当たり前ではないのだと、息子を通して知った。


つたい歩きができるようになった頃、息子は覚束ない足どりで、サークルの柵につかまりながら歩いた。


端まで来ると、宙に向かって手を伸ばす。

次の一歩のために、新たな手がかりを掴もうとする。

手は宙を掴み、からだごと倒れる。大声で泣き出す。

それでも、怖れない。何度でも繰り返す。


誰かに強制されたわけでもなく、誰かの期待に応えるためでもなく。


まだ知らない、新しい世界が見たいから。



息子は今も運動が苦手だ。運動会のかけっこは常に最下位。皆から大差をつけられる。


それでも、諦めない。あの頃のまま。

最後まで全力疾走し、満面の笑顔でゴールする。


今はたどたどしく自転車をこぐ息子。

いつか、補助輪も外れ、どこまでも走っていく日がくるだろう。


私の手を離れ、遠く、遠く。

まだ見ぬ世界へ。


それでも、ずっと応援しているよ。


チャレンジ。いつも、いつも。

新しい世界に向かって、手を伸ばす。


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