④父
仕事から帰宅し、妻が作った飯を自室のゴミ箱へと投げ入れたわたしは、煌々と輝く画面の中で今もなお息づくみのりの姿を眺めていた。
暗い部屋で光るパソコン画面に並ぶみのりの画像。そこに映る彼女は決して成長することもなければ、そして色あせることもない。ただこの四角い箱の中で、その未完成なすがたのまま生き続けている。
かちり、とマウスを押し、過去にみのりから送られたメールを開く。そうすれば、彼女からの愛が。みのりからの囁きが、わたしの胸をいっぱいに満たした。
――私も、お父さんと同じ気持ちだよ。
みのりを知らない唯の他人からしてみれば、きっとこれはただの賛同を示した文面にしか過ぎないだろう。だがわたしにとってこの文面は、みのりからの「愛」そのものであり、それ以外の何ものにもなりはしない代物なのだ。
再びマウスを押し、画面に並ぶみのりの姿を一枚一枚丹念に見てゆく。喜び、驚き。主にその二つの感情のどちらかをその顔に浮かべている彼女は、どれも私を見てくれている。
「嗚呼、嗚呼。みのり、お前はわたしのために死んでくれたのだね」
そう画面越しに微笑みかけてくるみのりへ、わたしは一人語りかける。
わたしの性癖を暴くと同時に、わたしの今までをも覆したお前は。女になりきっていない、大人の女へ至る寸前のお前は。齢十五のお前は、わたしの為に自らの時を止めてくれたのだね。
元来、自分が大人の女にさほど興味を持っていないことについては、妻と結婚する以前からなんとなく分かっていた。それこそ、ただ性的なことに関して淡泊なだけなのだと、自己判断を下してしまう程度にはそう思っていた。
しかしそうではないのだと知らしめさせられたのは、妻にどうしても見に来てほしいと言われてしぶしぶ行った子供たちの運動会。
わたしが来たことを喜んだのか、あるいはわたしではなく隣に居た妻に向けたものなのかは、定かではない。だが、その時に見たみのりの笑みが――今の時分では様々な観点から廃止がすすめられているブルマを着用し、剥きだしの素足を晒した数多の女生徒たちの中から、眩いばかりの笑みをみのりが向けてきたその瞬間――わたしの淡泊な成欲求が、秘められ続けているべきであった性癖が、暴かれてしまったのだ。
正直、性的なことに関して淡泊だと自負していたわたしの人生において「愛している」と豪語できる人間は、その瞬間まで一人としていなかった。妻である女は、邪険にするのも憚られるような人間からの紹介が故に結婚し、子供を作っただけの間柄だ。だというのに、みのりはソレを覆した。
そう。わたしは実子であるみのりを、齢八を目前にした幼い年頃の彼女を、性的た対象として見たと同時に、「愛して」さえしてしまったのだ。
しかしその事を知らない彼女は、わたしの性癖を悪化させるような真似を――否。わたしの理性を試し、覆そうとするような事柄を無自覚ながらに行った。例えば、無邪気な笑みを浮かべながらスカートから伸びる脚をくゆらせたり、薄いキャミソールからその平らな胸をのぞかせたりして。
けれどそんなみのりも中学に入った途端、周りの影響もあってか自身のそれらすべてを改めた。
作為的な笑みを浮かべながら、大人の女になりきっていないその発展途上の身体をぴったりとくっつけて。大人の女とは違う、何も纏わない素の唇で父たるわたしに愛を囁いて。最終的には自身の柔肌をわたしの前に自ら晒し、蹂躙することを許して。彼女はわたしを、その身に溺れさせたのだ。
健全で真っ当な父親であれば、踏み越えてはいけない一線。それを踏み越えてしまった……踏み越えることを許されてしまったわたしには、最早みのりの父を名乗る資格はないだろう。けれど、それで良い。お前の「恋人」になれるのであれば、わたしはお前の「父」も「家族」も捨てても構わないのだから。
「みのり、みのり……愛している、愛しているよ」
じんわりと下腹部に溜まる熱を強く握りながら、わたしは画面いっぱいに映るみのりと愛を育み続ける。けれど、やはりというべきか。画面越しにある彼女では、どうにも満足しきれない。喪失感と呼ぶべきか、心の中がうつろで、満たされきれない。
嗚呼。みのりと同じ顔をしたもう一人の実子が、みのりの衣服を身に纏ってくれたなら。みのりと同じ顔を赤く染めて、人をどこか見透かしたような目で「私も愛してる」と囁いてくれたなら。嗚呼、きっとこの喪失感は埋められるに違いない!
そう思い至ったわたしを見計らったのだろうか。もう一人の実子が使っている隣室から、ガタッと物音がした。嗚呼、嗚呼! どうやらみのりが時を止めてしまったのと同時に、部屋に引きこもるようになってしまったあの子も、起きているらしい。
「嗚呼、それならば」
どくどくと高鳴り、逸る鼓動。それに促されるようにしてわたしは立ちあがり、隣室に居るもうひとりのみのりへと、会いに行くことにした。
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