第178話 呪いの開栓

 

 授業終わり、チューリと共にシェリーが待つという食堂むかう。


「クっ、『星刻せいこく』のシェリー・ホル・クリストマスめ、成果をあげたから、昼休みに食堂にこいなどと何度も何度も朝から繰りかえしおるからに……この四天王最強のチューリ・グスタマキシマムを気安く呼びつけるとは、痛みでもってその愚行の対価を払わせたほうがいいようだ……クク、なあ、そう思うだろう、アーカム・アルドレア。おおっと、ここでは魔剣の英雄だったかな? ハハハ」


 なんだそれ。


「その二つ名で呼んでくるのお前だけだけどな。というか、どのみち俺たちは食堂勢なんだから、言われずともいくだろうに」


「だからこそだ、魔剣の英雄。言われなくてもわかっている事を、まさに行動を起こそうとしているときに、重ねて言い聞かせてくる奴ほどイラつくものはない! クソ、あのシェリー・ホル・クリストマスめ、我が母親にでもなったつもりか!」


「お前って、なんかシェリーさんに厳しいのな。嫌いなのか?」

「クク……好き、嫌い、そんな二元論のさきの関係性とだけ言っておくか。ドラゴンクランに5年も在籍すれば、しがらみという名の、解けぬ呪縛を、それなりに抱えこむものなのだよ、クク」


 全然わかんねえ。


「クハハ、急く必要もなし。魔剣の英雄、貴様はまだ若い……ぁぁ、若すぎるほどって言葉じゃ足りないくらい若い。だからだな……おや、これは?」


 演技臭い笑みをつくろっていたチューリの顔が、眉根を寄せて怪訝な表情に、足を止めると、おもむろに背後は振りかえった。


 どうしたんだ?


 ただの持病の加速ならいいが、それにしてはすこし妙な所感だ。


 俺もまたチューリに惹かれる視線で、踵をかえした。


 振りかえる瞬間、魔感覚が妙な魔力の流れを描いていることに気がつく。


 生徒たちのあいだを抜けて、嵐の渦に巻き込まれていくような、学校のなかに満ちる、新鮮な若き魔力をなでていく、未知の流れの気配。


 自己に勝手にふれられ、触覚を侵される不快感。


 それらの終着点は、俺たちのすぐ目の前であった。


「きゃあああ! やめて! いやぁぁ!? なにこれ! 何これぇえ!?」


 10メートルさきの叫び声が、大廊下の皆の注意をついに固定する。


 教科書がゆかに散らばる。

 竜紋章のローブを着た女生徒が、泣き、膝をおる。


「これは、一体なにが……!?」


 目を見張り、誰かがいった。

 皆の気持ちは一様だ。


 女生徒のあしもとから、肢体を這いあがる無数ツタは、不穏な魔力をまとって悪意をなしていく。


 恐怖、一歩でも遠ざかりたい本能的忌避。


 不干渉で得る安心を、みながみな、自覚するよりもはやく手にとる異常空間。


 瞬く間に、緑の侵略は少女の体をむしばんでいき、ツタに覆われた下半身から、緑化、大廊下の冷たいゆかに根を張りはじめた。


 人に囲まれる一定の空間。

 その他大勢のつくりだした円陣のまんなかで、突発的な危機が優雅に羽をひろげていた。


「ぃ、、や、ぁ……、た、す…け……」


 驚愕と喪失感にはりうく喉。

 冷や汗が袖のしたをぬけていく。


 数秒の沈黙の後、大廊下は阿鼻叫喚の混乱につつまれた。


 混沌の中心では、ただ美しい蒼い花がさくばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る