第177話 巨人は招待

 

夜空よぞら眷属けんぞく」と呼ばれた、ずっと古い時代にその記録が確認される巨人。それが、なぜか立て続けに空から落ちてくる、異常気象もかくやというおかしな近頃。


 シェリーの考えを確定させるため、訳知り顔な古代竜に、再び問いただしたところ、渋々と彼女の考えを肯定し、わかりやすく状況を話してくれた。


 話によれば、どうやら空の落下物たちは、案の定ドラゴンクランの古い時代と関係があり、時代のなごりである旧校舎の禁止区域に潜ることで、有意な発見があるかもしれない、とのこと。


 含みある言い方だったので、十中八九何かあるんだろう。


 というわけで本日は、調査の一環として冒険者ギルド第三本部の地下、狩人協会へとやってきている。


 生きた個体を回収してから、早いもので3日。


 ちらほらと見覚えのある顔へかるく頭を下げながら、ペンデュラムの背を追って歩き、協会に運びこまれたという巨人のもとへとむかう。


 チューリの独自調査によって、巨人が「夜空の眷属」と呼ばれる個体なのは、おおむね確信してる。

 これは以前まで、狩人協会ですら知り得ていなかった事実。今はどうかわからないが。


 されど、巨人についてわかっている事はそれだけ。


 より詳しく知るには、組織レベルの調査と、生きた個体を手に入れている秘密結社にこそ答えを求めるべきだ。


「はい、乗ってぇん」


 生温かさを感じる声が、廊下つきあたりの柵に囲まれた箱のような物を指ししめす。


「うふふ、アーカムちゃんは初めて見るかしらぁん♡ 魔力原動機まりょくげんどうき式昇降機しきしょうこうきよぉーん♪」

「昇降機……エレベーターか」


 なんとなしに呟き、ペンデュラムに応じる。


「ぁ、あら? 昇降機なんてやたら滅多にあるもんじゃないのだけれど……。アーカムちゃん、どこかで乗った事あったかしらん?」

「え? ……ああ、いえ、これが初めてです。すごいですね、これ」


 そういえば、エレベーターなんて異世界に来てから見てなかったな。


 もし普及してたら、段層都市アーケストレスの各段をつなぐ、魔球列車がわざわざ長い坂道を、特殊機関路を熱々に火照らせてのぼる必要はないもんな。


 垂直に登ったり降りたりする機械仕掛けは、まだまだ貴重なものなのだろう。


 もっとも、エレベーターが必要とされるほどの高層建築がそうそうに無いことが、垂直移動を積極的に進化させようとする意思をうまない理由かもしれない。


 まっすぐ降下する箱の中で、どことなく懐かしい、適度に内臓が浮く感覚を楽しむこと、しばらく、俺たちを乗せた昇降機は目的の場所に到着した。


「ご覧なさい、これが先日暴れてくれちゃった子よん」

「ぉ、おぉ……」


 案内された地下の底で、数人の人影がある筒状の部屋の真ん中に、巨人が大の字に横たえられている。


 両腕両足とも、気持ちばかりの鎖が杭によって地面に打ち込まれてるばかりで、拘束としてはなんとも心もとない。ちょっとどころか、かなり不安な光景だ。


「大丈夫なんですか? あんな貧弱なチェーンじゃ意味なさそうですけど」

「あら、もう、やだ、心配してくれてるのねぇん♡ でぇも、平気よん。目に見えない拘束のほうが、増し増しのてんこ盛りだからぁ〜。つまりムッツリ、ドスケベってことよぉん♪」

「……あ、そうすか」


 この人と喋ってると、目眩がする。


 くじけるなよ、アーカム・アルドレア。

 さあ、頬をはたいて、気を取り直していこう。


「ちなみに報告にもあげましたけど、熱線は平気ですか? こう、ピカッ感じで撃ってくるんですけど」

「うふふ、んっ!」


 ペンデュラムが胸のあたりで、両手をつかってハートマークをつくっている。


 よくわからないが、大丈夫ということか、よくわからないが、うん。


「うふふ、可愛い♡ ……それじゃ、そろそろちゃあんと、この空の珍客ちゃんについて説明してあげるわねん」


 ペンデュラムはスタスタと歩きながら、寝そべる巨人頭部にちかづいた。


 頭はしっかり再生済みか。

 金属光沢をもつヘルムも再生している。


 以前、珍客第一号の遺骸について報告を受けたおりに、この巨人の有機的体組織と、金属鎧が緻密に結合して、俗に事ができないと聞いていた。


 ヘルムが外れてないという事は、今回も脱がすことができなかったのだろう。


「驚異的な超再生機能、射程計測不能の熱線。属性はないわね、純魔力にちかいエネルギーを放てるみたいねん」


 ペンデュラムはヘルムの隙間、およそ巨人の目を指差して言う。


「それと、実験の結果、どうやら外部から魔力を吸収して超再生の糧としてるみたいだわん。吸収の早さは信じられないくらい。攻撃力として放たれた高威力の魔術でも、『現象』が意味をなすまえに、ただのエネルギー源として扱われてしまう……現代魔術師にとっては、やりにくい相手だわねぇん」


「そうですか。そんな物が魔術の京都みやこにおちてきたなんて、ゾッとしませんね」


「本当、もう困っちゃうわん。運良くあたしたちが急行できる近場にいたとは言え、よりはやく、一瞬で現場に行ってくれたアーカムちゃんがいなかったら、きっと被害は恐ろしいことになっていたはずよん。改めてお礼を言うわねぇん、アーカムちゃん、ありがとぉう♡」


「い、いえ、礼には及びませんとも。俺のまわりはよく事件とか事故が起こるんです。それより、この巨人の正体が何かは掴めましたか?」

「えぇん、進展あったわよん。第一の落下物ちゃんの鎧では損傷のせいで読み取れなかった紋様も、第二の落下物ちゃんの再生機能を活かして、鎧をピカピカに再生させることで、狩人協会のデータベースと照合できるようになったわん。それによると、どうにもこの巨人、そうとう古いらしいのよねぇん。まず、まっとうな魔物じゃないわねん。ついでに言うと、完全に再生させて、本調子取り戻させたときの暴走事故のこと考えると、もう怪物に登録するのは必須ねん。危険危険、デンジャラスってこと♪」


「え? 暴走事故?」


 そんな物騒なことになってたのか。


「うふふ、気にしなくていいわよん。アンバサちゃんに立ち会ってもらってたから、大した事故にはならなかったからねぇん」

「アンバサ……って、あの気難しい魔術師の人ですか?」

「そうよん。素性についてはほとんど謎。あたしが知ってる数少ない情報も、本人から口止めされてるし、なにより守秘義務があるから言えないけど……まあ、本当に凄い魔術師、とだけ言っておくわ、それこそ、魔術世界の財産とされるくらいのねん」


 ふむ、確かに魔法の腕前は、俺が魔術師を名乗るのが恥ずかしいくらいだった。にしても、あの人、アンバサさんってそんな凄い人だったのか。


「で、彼のことは置いておいて、と。この巨人ちゃんの正体だけど、すばり神代しんだいに鋳造された神造兵器しんぞうへいき……ってところねん」

「神造兵器……?」


 それは、あれですかね、オウムの群れを焼き払うタイプの巨神兵と考えてよいということですかね。


 なんか凄いのはわかるのだが、いかんせん凄さの度合いがイマイチイメージつかない。


「まあ、そうよねん。そうそう見れる物じゃないし……いいえ、むしろこの子が神造兵器なことより、これが空から落ちてき理由のことのほうが大事ねん」

「はあ、落ちてきた理由ですか。判明してるんですか? もしかして、かつてこの地で起こった世界の終末のつづきとかですか?」

「うっふふ、面白いけど、違うわよん。いや、そっちのほうが楽しそうでよかったかもねぇ……」


 声のトーンを落としたペンデュラムは、やや表情を曇らせ、言葉をつづける。


「この神造兵器、なにやら召喚魔術しょうかんまじゅつの痕跡があるのよんねぇ……」

「? つまり……」

「そうよん、この迷惑な落とし物、らしいのよん」


 ほう、それはそれは。

 なんとも奇妙で、テロリズムの香りがすることで。

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