第164話 初めてじゃない
コソコソと生徒たちが憶測を飛ばし合うなか、異様な空気をまとう人混みの耳に、大廊下の奥から急く足音が聞こえてくる。
生徒たちが次々に足音の主人へと顔をむける。
皆が待ちわびたと目で訴えかけて、その者たちのために自動的に道をあけていく。そこへ小走りにやってきたのは、ドラゴンクランの教諭たちだ。
先生たちは、蒼花の姿を視界におさめるやいなや、眉間にしわを寄せ、おのおのが難しい顔にかわっていった。
若き女性教師のミズーリ先生はと短く息を呑むと、口元に手を押さえ、驚愕を隠せないでいるようだった。
この蒼い花は彼らにとっても、非日常との邂逅となったようだ。
魔術の発祥地においても、かなり特殊な状況に俺たちはあるらしい。
「おどきなさい、失礼しますよ、君たち」
かつもくする教師陣のなかからスッと一歩踏みだす男。怪訝に顔をゆがめるのは、モンラッツェ・ルフレーヴェ副校長だ。
彼は手をひろげ「もっと下がりなさい」と見たことがないけわしい形相で、静かに、厳かに声をあげ、興味半分でやじうまする生徒たちを一言で御した。
短杖をごく自然に手に備えながら、ルフレーヴェ副校長は蒼花のかたわらで腰をおり、観察、口元をおさえ、なにやら納得したようすで立ちあがった。
「これは……ふむ。さぁさぁ、皆さん、見せ物ではありませんよ。あなた方は野次馬するために、高い学費をはらってドラゴンクランに来てるわけではないでしょう」
手を打ち合わせ、ルフレーヴェは生徒たちを解散させにかかる。
おや、もう検分はおしまいなのか。
「あ、あの、先生、一体なんなのですか……? これは、生徒の誰かが、呪いか何か悪い魔法で、こんな姿に変えられてしまったんじゃないのですか……ッ!」
生徒のひとりが辛抱たまらず、副校長へ問いかける。
皆が心のどこかに抱いている疑問。
ルフレーヴェは肩をすくめ、柔和表情をうかべて、質問してきた傍観達の代弁者へ向きなおった。
「心配しないように、これはただの悪戯です。わたしはこの学院にいる全在校生の顔と名前を覚えていますが、こんな生徒は見たことがありませんから、皆さんが思っているような事件性はありません。さぁさぁ、皆さん、早く学校へ来たのですから、何かやる事があったのでは? 愉快犯につき合えば、それは相手の思う壺です、時間を大切に使いなさい」
ルフレーヴェの言葉に「あ、やべ、課題写さないといけないんだった!」と、数人の男子生徒が慌てたようすで大廊下を駆けだす。
釣られてほかの生徒たちも、何か片付けるべき用事を思いだしたらしくどんどん散っていき、やがてその場はお開きの流れとなっていった。
ほう、こんなにも綺麗に散るものか……。いささか、不思議だが、皆、そんなに忙しいのだろうか。いいや、それとも聞き分けがよいと言うべきだろうか。
「おや、これは交換留学生のアーカム・アルドレアくんではないですか。聞いていますよ、森の凶悪なドラゴンを退治したとか、それも魔法で。いやはや、聞いたときは身を乗り出しましたよ、はっは。コートニーとは上手くやれているらしいですね、先生方からも聞いています。それに、かのゲートヘヴェン卿からもね」
ウィンクに揺れるフサフサの白髪を上目にとらえつつ、にこやかに笑顔をつくる。
「たまたまです。ドラゴンは、本当に偶然やっつけれただけなので。ゲートヘヴェン様とも、本当たまたまご縁を持たせてもらって、いろいろと学ばせてもらっています。竜の魔法はとても難解で、この学院にいる間に修められるか、どうか疑わしいですけどね、あはは……」
無難に返事。
実際のところ、竜の魔法は現代魔術で理解するには、その理論が難しすぎる。
実践となればもっと難しい。
さらに必須教養の古代魔術言語の勉強もしないといけないので、とっても忙しい。
険しい道ではあるが、せっかく直々にドラゴンから指導受けているので、金属武器を魔力の宿った物にかえたりできるように是非なりたいものだ。
「ふふ、そうですね、とても難しいとは思いますが、頑張ってくださいね、アルドレアくん。あなたには神秘魔法の作用がありますから、きっと覚えられますよ」
肩にそっと手をおいてくるルフレーヴェ副校長。
彼の瞳を見つめかえし、続いて目のまえの蒼い花へ視線をむける。
「ところで、ルフレーヴェ副校長、この青い植物からは微妙に魔力を感じませんか……?」
俺の凡百の魔感覚をなでる地味な触感で、疑問をぶつけてみる。
「この学院の生徒は優秀です。ええ、そもそもアーケストレスの教育生徒からして、勤勉な生徒しか集まらないようになってるのです。優れた素養と、高水準の魔術の知識があれば、だいたいのことは叶う。これが優れた魔術師の魔法によるものだと言っているのです。わたしが学院の教師になって以来、この手のいたずらは良くありました。だから、気にせず、いまはひたすらに勉学に励んでください、アルドレアくん」
ルフレーヴェが厚い手のひらがポンポンっと肩を叩いた。
俺は一白置いて、「わかりました」と一言返事かえす。
「コートニー、アーカムくんをよろしくお願いしますよ」
「はい、お任せください」
胸に手をあて、コートニーはスッと綺麗なお辞儀を副校長へ、そして、俺の背中を押して歩きはじめた。
「コートニーさん、あの話本当ですかね?」
副校長からすこし離れるなり、俺は背後で話しあぃしている先生たちをチラチラ振り返りながら、コートニーへ聞いてみた。
「本当とは?」
「イタズラで済ませちゃっていいのか、って話ですよ。コートニーさん4年生ですよね? 今までにあんなことあったんですか?」
「いや、なかったな。少なくとも私は、こんな不気味なイタズラをみたことがない。これほど注目を集めたんだ。犯人がバレた日には酷い間に合うだろうな。謹慎、あるいは退学もありえるかもしれん」
「そこまで、リスクを負ってイタズラする馬鹿が学院にいるのか、ってことですか。なるほど、それは確かになかなかの勇者ですね」
「勇者、か。……いいや、それでも、わからんぞ。風魔法をつかって女生徒にみだらなイタズラを仕掛ける馬鹿はいる。ついでに言うと、そのイタズラを止めない、どスケベ大馬鹿ハレンチ男もな」
ぇ、待って、いつのまにか凄い悪口と、黙認できないあだ名つけられてない?
「まあ、そういうわけだ。この世はなんでも起こる。いきなり2週間後から、ホストファミリーとして留学生の男子を受け入れてくれなどと戯言を吐かれるし、10年間失踪してた竜が、ある日前触れなく帰ってくる。かと思えば、近隣の森で今度は別の竜だって現れるし、それをたった1人で討伐する学生も現れる。……だから、まぁ、あんなイタズラだって、起こりえる」
コートニーの妙に納得できる言い回しに、俺はあれがただおかしい、とか異常だとか、そんな言葉での返答をすることが出来なかった。
そうだよな、この世界はなんだって起きる。
ある日、城を家出した吸血鬼の姫をすくって、その日のうちに吸血鬼の王に眠らされたり。
朝起きたら、時計塔に人が磔にされてたり、悪魔にいきなり杖でぶん殴られたり、ついでに殺されたり。
気がつけば、人狼の里で暴れて……とか、うん、まぁそんな事がおこったり。
この世界はなんだって起きてしまうんだよな。
「それではな、アーカム。今日も勉強がんばるのだぞ。あぁ、あと私はいつでもお前のことを見張っている。この意味がわからない愚か者ではあるまい」
「うぅ……肝に銘じておきます」
コートニーと分かれて、それぞれの教室へ。
さて、午前のうちに勉強をがんばっておこうか。
午後には、仕方のない友人の英雄ごっこに付き合わせばいけないからな。
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