第163話 蒼花の芽生え

 

 厨二病患者が盛大に『星刻せいこく』に打ち倒されたとの、喜劇の一報を聞いた翌朝。

 朝食のエキゾチックサニーエッグに、満足いたたげたご様子のコートニーとともにドラゴンクランへ登校する。

 本日は魔球列車を使わない、徒歩での登校である。

 つまり段層を繋ぐ地獄のような階段を、足を使ってのぼる人気のない通学路を採用した。


 これも向上心の塊であるホームステイ主の提案なので、一介のファミリーに過ぎない俺には逆えなかった。ゆえに剣術の先生としても、体を鍛えるのはいい事だと告げながら、俺は了承した。


 ここのところ全然修行できてないし、怠けてるからちょうどいい運動ではある。が、やろうと思えば、何足なんそくかで飛躍踏破できる道であるため、地道なのは、なかなかに面倒くさいものだ。


 ただいま絶賛後悔しているところである。


「いい眺めだろう、アーカム」


 吹き抜ける風に短髪をわさわささせながら、コートニーは手をかざし一望のアーケストレスを指し示した。


 彼女の視線のさきには、段層都市の第一層がばわっと広がりを見せている。

 雲に霞むさらに先には天つく巨峰のふもと、第0層と広がる森林が見渡せる。


 ああ、確かに、ここは凄い眺めだ。

 もはや第一層の街並みから200メートルくらいは上昇したんじゃないだろうか。

 第二層の壁面にそって作られた天さらしの外階段は、高所なことと遮りる物がなにもないため風がビュービュー、遠慮なく吹き抜けていく。

 すぐ横を見れば、終わりの見えない沿った長城壁がつづくこと、つづくこと。


 うむ、ただ高く登っただけで、アーケストレスが違って見えるとはな。


 来てみるものだな。


 感嘆する俺が面白いのか、コートニーは頬をゆるめ楽しそうに横目に見つめてくる。


「さ、情動の揺れに泣きだすまえに先を急ぐぞ、アーカム、階段はまだ残っている。一気にゆこう」


 顎をクイっと動かすイケメンに先導され、階段をまた登りはじめる。


 そして、道中の会話は、突如消えた謎の居候に移っていく。


「ほうほう、そうか、やはり客人はもう帰られたのか。そうか、そうか。ふむ、黙っていかれてしまうとは、たまに傷だな。完全な礼節には今一歩届かなかったということだからな」

「ローレシア魔法王国での用事を思い出したみたいです。実力のある人なので、すぐ仕事を終わらせて、冬くらいには帰ってきますよ……たぶん。で、なんですか、その完全な礼節って」


 家主であるコートニーに何も言わずに、出ていく奴があるかと、怒りたいところである。俺が思うにクラーク邸に『ジョン・クラーク』として住んでいた頃の感覚のまま、ちょっと出かけてくるつもりでドレッディナに行ったのだろう。やつは自覚が足りない。


「いや、我が家の『礼節れいせつ彫像ちょうぞう』にあれほど適応できる逸材はなかなかおらなんだ。8ヶ月くらいは住まないと身につけられない、ゆるぎない礼節だった。まぁ、実際は変なところで欠けてたわけだが……うむ、あの男には、なかなか見所がある。我が家はいつでも歓迎すると伝えておいてくれ、アーカム」


「ゆるぎない礼節……ぁ、はい、コートニーさんが褒めてたって、今度ジョンに会ったら伝えておきますね」


 笑みをつくりコートニーへ言う。


 ところて、礼節ってなんだったけ。

 ちょっとわからないが、もう少しすれば俺にも見えてくるんだろうか。


「む、アーカム、頂上が見えてきたぞ。鍛えているとはいえ、私は疲れてしまった。景色もいい、だが、これはややストイック過ぎたな。今度からは別の方法を考えようか」

「コートニーさん、素直に魔球列車つかえばいいのでは?」


 なにかと恒常的に鍛えたがる人だ。

 んま、次回から階段は不採用になりそうだし、大人しく魔球列車での通学に戻るまで気長に待つとしよう。普段と違うことをするのは、なんであれ歓迎するべき変化の機会だろうからな。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 学校に到着した俺とコートニーは、教室が別れるところまで校内の道のりも共にする。ドラゴン事件以来できたコートニーとの約束だ。


「む、何事だ?」


 慣れた足取りで、いつもの教室に向かう途中、ドラゴンでも倒れそうな大廊下の壁際に生徒たちが集まっているのが見えた。


「普段より、相当にはやく来たというのに、こんなに早朝登校している者たちがいたのだな」

「それもそうですけど……何かあったんでしょうかね?」


 一見してストリートファイトでもしてるのかと思ったが、そもそもここはストリートでもなければ、人々がまくしたてたり、煽ったりしてる風でもない。


 それどころか、盛り上がりとは真逆、皆こそこそと声を大きくすることを拒み、出来るだけ興味の対象とは関わらないようにしている風に見える。


 ある種の矛盾した、この空気を言葉であらわすのは難しい。


 ただ言えるのはその場の生徒たちが、興味はひかれる、けれど関わりたくはない非日常に出会ってしまった事が、人混みの外側からでも俺にはわかったという事だ。


「ふむ」


 コートニーとお互いに顔を見合わせ、特に言葉をつむぐまでもなく歩を進める。人混みをかき分け、無意識が覆い隠す中心へ。


 幸い、四天王のコートニーが「失礼する」と一言声をあげれば、生徒たちから道を開けてくれた。


 開ける視界。


 生徒たちが囲んでいたもの。

 それをひと目見て、背筋に冷たいものが走る嫌な感覚を覚える。


 この場の生徒たちが、非日常に遭遇してしまった推論は正しかった。


 俺は眉をひそめて、人に囲まれる、を注意深く観察することにした。


 高さはほんの腰ほど、四方に広がるように何輪かの花と茎がいっついになった物が、たくさん集合した豊かな緑色の姿をしており、花弁は目が覚めるような蒼をたたえている。


 森林の中で見たのなら、興味と自然への感動でもって接することができただろう。


 だが、決定的に場所がおかしい。


 そして、もうひとつーー。


 廊下に咲くおおきな蒼花に、生徒たちが、俺が、コートニーが目を見張るのはなにも、美しく目を惹かれるからじゃない。


 蒼い花の生茂る根元と茎の部分、その精気を感じさせる力強さが、あまりにもからだ。


 力尽きたように膝を折り、望まぬ正座をした少女の面影がたしかにそこにはあるのだ。


 胴体、その他から立派に蒼い花をさかせる緑は、ドラゴンクランの竜校章が肩と胸にはいった、野次馬たちとおそろいの制服ローブを着ている。

 目を見開き激しい感情がうかがえる顔とあいまって、それを見る者はおぞましさを感じずにはいられない。


「これは、一体……」


 コートニーの静かな、されどよく通る呟きが、その場の皆の気持ちをよく代弁していた。

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