第160話 ランチタイムのシェリー

 

「それじゃ気をつけろよ、ジョン」


 街道沿いではない深い森と、段層都市のふもとーー0階層の城壁のはざまでジャイアントローヂに大荷物を乗せたハンセンを見送る。


「楽しみに良い連絡を待っていろ。ミスター・ハーフフェイスとミズ・ワンハンドの無事も祈ってやってくれ」

「そうだな、お前たちもちゃんと帰ってくるんだぞ」


 先日はこの種の魔物を双剣で刻み殺してしまったが、よく見てみるとなかなか愛くるしい顔をしてるし、襲ってこないぶんにはペットとして仲良くやれそうな感じがある。


「そうだ素朴な疑問なんだが、ジョンはどうやって国境を越えるつもりなんだ? ローレシアとアーケストレスの間の大渓谷を」

「む、以前話さなかった? 空を飛ぶんだ。ふつうに、脚力にモノを合わせて跳びこえてもいいが」

「それだ。聞きそびれたけど、大渓谷には、大結界が張られていなかったか? あれぶち破ったらいろいろ問題になりそうだけど」

「ん、そんなものがあったのか。いや、まったく気付かなかったな」


 ふぅむ、不思議なものだ。

 空飛んできたのに、結界には気付かなかった、か。


 これはもしや、アレか。

 あの大結界の維持コストと、規模の大きさがちょっと不合理に見えたけど、あの予報は当たっていたのかもしれないな。


 上空を飛んできたハンセンには見えず、効果もなく、地上からは威圧感を放つほど、異様なほどとても目立っていた。


 つまり、あれ、ハリボテなんじゃないだろうか。

 そうすると、いろいろ納得がいくが。


「どうしたアーカム? その結界とやらが問題か?」

「あー、いや、可能性の話だ。もしかしたら上空はカバー範囲外かもしれないしな。念のためにアーケストレスの入国時の高度を飛んで、ローレシアへ出国しろよ。ゴキブリがいなければ、合法的に出国するべきだけど」

「ミスターとミズを置いていくわけにはいかない。助言にしたがおう。さぁ、2人とも高度6000メートルの空の旅へ出発だぞ」


 そんな高い場所、飛べるんかい。


 森のなかへのしのし歩いて消えていくジョンを乗せたジャイアントローヂたち。

 アーケストレスから離れて、夜中に飛ぶそうな。


 なんだろう。

 あいつに任せたことの安心感が凄い。

 シャクに触るくらい、だいたい何とかする感があるからか。超能力者って、ちょっとズルいな。


 味方でいるうちは心強い限りだけど。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 午前の授業が終わったアーケストレス、学院の数少ない友人と偶然行き当たった風情ある中庭に腰を下ろす。


 四方を解放感溢れる外廊下にめんする、レトレシア魔術大学『オオカミ庭園』にも匹敵する広大な芝生面積をほこる中庭だ。


 噴水と舗装された八方への綺麗な石畳み。

 ところとごろに設置される木のベンチが、ただ広いだけの『オオカミ庭園』との最大の違い。

 夏を迎えて小花が咲きはじめたこの頃は、竜紋のはいった制服ローブのしたに、涼しげなミニスカートを着用した女生徒たちが、この中庭でランチをとりにいらっしゃってくれるので、さらに華やかさが6割増し。


 いやはや、目が癒されるものだ。


「うーん、実にエチエチである、と言わざる終えない」


 かたわらで目を細める、重度の厨二病患者チューリ・グスタマキシマムが俺の心を代弁する。


「これは四天王の座を剥奪されても文句は言えないな」


 コートニーの持たしてくれたお弁当をつつきながら、パンを片手に杖を取りだすチューリへすっと目を細めた。


「その話題を出してくれるなよ、魔剣の英雄アーカム・アルドレア……うーん、実に素晴らしいと思わんかね。あの布地一枚下には深淵の虚にいたる神秘が隠されている。この俺は思う、魔術師としてそこに風属性式魔術でもって、神秘を暴かんとするのは間違いではないと」


「悪いことはいわないから、やめておけ。レトレシア魔術大学でも、その他の理屈をつけて神秘に手を伸ばした輩は数知れないが、みなが一様に悲惨な運命を迎えてるからな。具体的にいうと職員室で先生に囲い殺される」


「クック……運命論など、実にくだらないと言わざるおえないーー」


 きらきら反射するチューリの銀髪の隙間、のぞく蒼瞳が、魔法詠唱を決心。


 ーーハグルッ


 すると、機を狙ったように遠方から飛んできた風の球に、チューリの手の杖がはじき落とされた。


 パンを放り投げて、手首をおさえ、チューリは「痛ぇぇぇえ!?」と盛大に叫びながら芝生のうえを転げまわる。


「やれやれ、ほんとうに仕方のない子なのです」


 魔法の詠唱者と思われる女生徒が、杖を懐に収めながら近づいてくる。

 背後には少女の友達たちが、クスクス笑いながらこちらを楽しそうに見つめている。


「よかったねぇ、チューリ。シェリーが止めてなかったら、あっちの怖〜いエルデスト様に腕を吹き飛ばされたに違いないのですよー、えっへん♪」


 爽やかな桃色の瞳、瞳から遠ざかるほどに青いグラデーション宿す不思議な髪色の少女は、腰に手をあて、空いた指で中庭からうかがえる校舎上階を指さした。


 彼女の指線のさきには、目元に影を落としたコートニーの姿があり、およそチューリの命がいましがた本当に分岐点に立っていたことを疑わせなかった、


 それにしても、コートニーさんはどうして、恐い目で俺の方を睨んでいるのだろうか。


 俺、悪くないですよね……ねぇ。


「クッ……、シェリー・ホル・クリストマスか……。余計なマネをしてくれたな」


 手首をおさえて、桃色の少女をチラリといちべつ、チューリは杖を拾って、邪悪なこころを懐におさめる。


「というわけで、今しがたチューリが紹介してくれたシェリーなのですよ、レトレシアの魔皇、アーカム・アルドレアくん。シェリーは、ドラゴンクラン四天王と呼ばれてるので、堂々とアルドレアくんに名乗りを上げられるくらいにはネームバリューをもった美少女魔術師なのですよ〜♪」

「俺はそういうの全然気にしてないから、あんまり魔皇とか言わないでくれると助かります、クリストマス先輩。『星刻せいこく』のシェリー、って有名ですよね。話には聞いてますよ」


 古い魔術の家系だとか、竜の魔術をあつかえる優秀な魔術師を代々世にだましてるとか、ね。


「くっふふ、そうでしょうそうでしょう、シェリーは有名なのですよー! ところで、チューリを、二の撃ちで仕留めた速攻のアルドレアくん、彼はよく道徳をわすれるので、友達なら止めてあげないといけないのですよ、ちゃんとちゃーんと、ね」


 シェリーはスカートを摘んで淑やかな挨拶をするや、頬を膨らませて、怖くないお説教をはじめてくる。


 なんやかやで、ちょっと布地の下の神秘に興味あって、止めなかったのは事実。

 甘んじてチューリと一緒に怒られようか。


「まったく、スケベな友達もふくめ、本当に仕方のないのはチューリなのです」

「クック……『星刻(せいこく)』シェリー・ホル・クリストマス、なかなか言ってくれる。……ちょうどいい、4限の決闘を楽しみにしておけ。貴様の心臓を俺の『竜殺しの魔界大筒カオス・ドラゴン・闇』が撃つのは、いまこの時をもって確定した」

「いいのですよ、シェリーはチューリとの決闘にはめっぽう強いので、たぶん連勝記録更新するのです、えっへん♪ 構わないのですね? 癇癪起こさないで欲しいのですよ」

「チッ……戯言を」


 チューリの返答にシェリーは嬉しそうにうなづき、後方で待機する女子たちのもとへ戻っていった。


「ふむ、午後の予定ができてしまったな。魔剣の英雄、貴様との楽しいひと時もこれにて仕舞いである。決闘後はきっと俺は夜まで寝込むだろうから、いまのうちに調べ物を済ませておかなくてはいけなくなった。すまんな、これにて失礼」


「負ける気満々じゃねぇか。調べ物ってなんだよ」


「ふっふ、噂は聞いているだろう? 天空から落ちてきた謎の巨人。俺はその正体をここ追っていてな。正体に目処がついたから、3限の授業をサボってこの蒼穹の神秘を暴いてやろうと思っているのさ」

「っ」


 今朝、狩人協会におもむいてもまだわからなかったのに、この厨二、じゃなくてチューリはたった1日で正体にたどり着こうとしているのか。


「その話、もうすこし詳しく聞かせてもらおう、チューリ」


 俺はポケットから裸銭はだかぜにの金貨を数枚とりだし、探求者の手に握らせた。


「クッ、小銭だが、弁えているらしい……ついてこい、魔剣の英雄」


 チューリは硬貨を一枚だけ受け取ると、残りを返してくる。お代は十分……いや、いらないけど形式だけ受け取っておいたっておころか。


 ああ、そっか。

 そういえば、こいつの家、金持ちだったな。

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