第159話 今朝、思い出したG

 


 朝のクラーク邸、その食卓。


「コートニーさん、どうぞ新メニュー、エキゾチックスクランブルエッグです」

「ほう、後半は馴染みあるが、前半がわからぬな。えきぞちっく、とはなんだ、アーカム」

「コートニーさんが仕分けしたピヨコの卵ではなく、希少魔法生物コケコッコの卵をつかったスクランブルエッグということです」


 沼地の底に卵を産むとかいう、金のコケコッコではないが、ふつうのコケコッコも十分な希少種であるため、これはずいぶんと高級なスクランブルエッグということになるはずだ。


 この卵を手に入れるにいたったのは訳がある。


 先日のドラゴン事件でこの街でも有名なってしまったせいで、ポルタ冒険者として表のギルドにもたくさんの縁ができてしまった。

 そのため『ドッケピ凍極団とうきょくだん』や、『ドリフターズ』といった同じ最高ランク冒険者とならべて敬われしまっているのだ。


 さらに、ソロ冒険者というのがまた厄介な種を運んでくる。すなわちスカウトというやつだ。


 ドッケピもタビデも、またひとつランクしたの名のあるオーガ級冒険者パーティ、また駆け出しの猫級冒険者などからもよく話しかけられるようになった。


 狩人としてキッパリ断らないといけない。


 だが、俺は本当に馬鹿野郎なので、返答を曖昧にし、一番よくない、気を持たせているだけの状態を複数作りだしてしまっているのだ。


 本日の朝食のコケコッコの卵は、昨晩の狩人協会の帰りに立ち寄ったギルドで『ドッケピ凍極団』の、大杖の魔術師セレーナからプレゼントされたものだ。


 煌びやかな紫紺の髪に、濃緑のはっきりした瞳が魅力的な女子でおもにドッケピのところからスカウトにくるのは彼女の役目らしい。


 その効果は、俺の意思とは裏腹に俺に「ノウ!」と断らせないあたりで察してくれるとありがたい。


 ドッケピめ、小賢しいことを考える。


 一応、彼女の大杖でくだんの黄金のドラゴンを仕留めたことになってるので、なおさら断りにくいのも聞いている。


「はあ、俺にはカティヤさんというものがありながら……」

「ん、どうした、アーカム」

「ぁ、気にしないでください。どうぞどうぞ、ファンタスティックスクランブルエッグをお食べください」

「名前変わってないか……?」


 ふふ、竜学院きってのエルデストならば、その味の違いがわかるだろう。


「ふぅむ……これは、うん、なんというのだろうか、うまい、うまいぞ。具体的にどこらへんかと聞かれると難しいが、うまいぞ」


 流石はコートニーだ。

 違いが、わかってもらえて嬉しいかぎり。


「ところで、アーカム、学院で面白い噂話が話されているのを知っているか?」


 こほんと、可愛らしい咳払いをして話題が転換される。


「噂話? いろいろありすぎて、分からないんですけど。ルフレーヴェ副校長の若い頃絶対イケメンとかってやつですか? あるいはアーカム・アルドレアとかいう天才魔術師に、四天王の座が脅かされてるチューリの、穏やかじゃない心持ちについて取材した学内新聞の件ですか?」

「とっちも1ミリの興味も湧かん。まさか、聞いてないのか? 天空から落ちてきたという謎の巨人の噂だ」


 なるほど、それか。

 たしかに、そりゃ、すぐに話題になるよな。


 ドラゴンクラン内では、俺の知名度はそれなりにあるが、親しい友も無く、授業以外は図書館にいるせいでなかなか話題というものに疎くなっているな。


 コートニーが身振り手振りまじえて、一生懸命説明してくれる姿を微笑ましく見ながら、話を聞かせてもらう。


「なんだ、その顔は」

「いえ、非常に興味深い話だと思ってですね」

「うむ、そうであろう、そうであろう。いかようにして、空から機械戦士が落ちてくるのか。私も不思議でならないぞ。すごく興味をそそられるのだ」


 コートニーが腕を組み、唸りはじめると、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。


 案の定、厚顔無恥にクラーク邸に居すわり続けてるジョン・ハンセンだ。彼は恥ずかしげもなくコートニーと、俺へ軽く挨拶を済ませるとそのまま、屋敷を飛び出していった……ん。いやいや、待てよ。


 なんだ、あの慌て様は。

 ちょっと放っておけない。

 あいつ、なんか怪しいぞ。


「ごちそうさまでした、ちょっと今しがた、学校でやること急に思い出したので、先に行きますね」

「うむ、片付けは任せておけ。空から何が落ちてくるかわからん時代だ。頭上に気をつけろよ、アーカム」



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 気配を絶ち、ジョンの後をおって森へと入る。


 いったい何を企んでるのか、奴の企みを暴くために黙ってついていってるが……うむ、森の奥に入りすぎだ。なにか企んでるに違いない。


 なぜ朝からこんな森にくるんだ。

 それも、かなりのダッシュじゃないか。

 これは相当に焦っている。

 明らかに普通じゃない。


 ジョンのあとを追い続けていると、彼はしばらく森を走り、ゆっくりと速度を落としていき、適当な位置で立ちとまった。


 木の影から様子を伺っていると、すぐに彼のもとへ大きな影が近づいていくのが見えた。


「よしよし、まだ生きていたな。私のために無残な死を迎えられては夢見が悪いところだった」


 親しげに会話するハンセン。

 彼が話しかけているのは、巨大な魔物。

 深き草の影から現れるのは、この森に住まう特有の個体ジャイアントローヂだ。


 それも二体もいる。


 見たところ、どちらも負傷しており、片方は前脚がひとつなく、片方は愛らしいゴキブリフェイスに大きな傷をおっていた。


 あの魔物たち、もしや以前のドラゴン退治の際に撃退したジャイアントローヂだろうか。


「ジョン、そのゴキブリたちは?」


 思い切って話しかけてみる。


「む、やはりついて来ていたのか、アーカム」

「気づいてたと?」

「いや、1ミリも気づかなかった事に、私が私自身に失望している」


 そりゃ、こっちは訓練された狩人だからな。

 隠密専門じゃなくとも、必須技能として狩人には足跡を消したり、息を殺したりを要求される。


 それにしても、ジャイアントローヂがそんなすぐ近くにいて平気なのだろうか。

 強さだけとっても、ポルタすら食べちゃうっていう触れ込みの凶悪な魔物なのだが。


「安心しろ、アーカム。このジャイアントローヂ達は完全に私になついている。虫を操れる超能力のことは言っていなかったか?」


 ごくごく当たり前のように、指先に小さなゴキブリを乗せてダンスをさせるジョン。

 あまりにも奇妙な光景に、そのゴキブリ今ポケットから出さなかった? とか、なんで平気で持ってんすかね? とか、いろいろツッコムのを忘れてしまう。


「いや、それ初耳。もしかして、ドラゴン退治の時に、クモの魔物やこいつらジャイアントローヂの群れをけしかけたのは、お前なのか?」

「ああ。そのとおりだ。いまでは、ほんとうに悪かったと思ってる」

「マッチポンプかよ……」

「それはお互い様だろう、アーカム。私が虫で、君が竜だっただけの違いだ。む、言葉にしてみると、なかなか悔しいものがあるな」


 謝罪に気持ちがこもっていない。だけど、ちょっと勝った気分なので許してやらないこともない。


 しかし、


「事後報告になってるぞ。超能力に関しては早く言えって言ってたよな? これから同盟者としてやってくうえで、誠実さは大事だからな」


 俺が言えたことじゃない事を、責めたてる。

 やれ、いつから俺はこんな嫌な奴になってしまったののか。


「以後、気をつけよう」

「……で、なんで怪我したジャイアントローヂを? まさか、そいつら使って悪巧みをしてるんじゃ……」

「待て待て、私への信頼が同盟前に戻ってる。安心しろ、何もやましいことはない。ただ、責任をとりに来たんだ。昨晩、負傷したこいつらが別のジャイアントローヂに縄張りをおわれる≪予知夢よちむ≫を見てな。私が無理やり『ドリフターズ』や『ドッケピ凍極団とうきょくだん』と戦わせたことに原因がある以上、彼らをこのままにするのは何とも不誠実だろう? 私は慈悲深いわけじゃないが、そこまで残酷というわけでもない。いい奴なのさ」


「自分で言うな、胡散臭すぎて誤って≪激流葬げきりゅうそう≫を放っちまいそうだ」


「やめろ、その魔法は私に効く」


 酒飲みの席で紹介した、自身にトラウマを植え付けた技へ、ハンセンはわなわなと肩を震わせた。


「このゴキブリたちは私の相棒にする。広大な森をひとりで探索するんだ。いちいち宿に帰っていては、時間のロスだし、現地に調査拠点を築くにしても、初めに持ちこめる資材は多い方がいい。そのためにこのミスター・ハーフフェイスと、ミズ・ワンハンドは大いに役にたつ」


「アーパンテムの森に住む固有の魔物を、他の生態系に移植しないでほしいんだけど」


 うーん、これは止めるべきだろうか。

 人類に明確な危険があるかと聞かれれば、よくわからないし、狩人が構うものなのかどうか。


 いや、でもジャイアントローヂってポルタ食べるくらい強いだから、ドレッディナの生態変わりそうだなぁ。


「まぁ、いいか。俺が構うことじゃないし」

「そうさ、心配しなくていい。彼らは強い。ドレッディナでもきっと活躍してるさ」


 うん、活躍されるのが困るんだけどね……。

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