第161話 イメージ通り

 

 ドラゴンクランの大図書館3階。

 普段、コートニーといっしょに勉強する読書机で、視線の通らない細々とした本棚からとってきた大きな古書に視線をおとす。


「何の本だ?」

「それは言えん、流石のアーカムでも危険すぎるからな」


 特に理由もなく秘密にしたがる時期が俺にもありました、と。


 チューリとふたり、年季の入った分厚い紙のページをめくっていき、挿絵だけゆっくりじっくり見て、文章は斜め読みで読み飛ばしていく。……というか、本に記載されている文書の、言い回しが今では使われてないようなものばかりで、読みづらいので、フィーリングで読むしかないのだ。英語の長文を読まされてる気分だ。


「空から落ちてきた、謎の物体Xの正体、そのミステリーはいまやドラゴンクランの、全生徒の興味を引くところにあるのだ。魔剣の英雄の噂が学院トレンドになるまえに、話題が移り変わったのはそのせいだ。……すまんな、あれほもの偉業を成したお前の名声を高められなかった」


「いや、俺は別に構わないんだけど。そもそも、魔剣なんて持ってないのに、そんな名前負け英雄になりそうな二つ名いらないしな」


 魔法剣士で、魔剣はちょっと詐欺だ。

 カッコいいから調子乗って自分でも名乗ってたけど、やっぱり嘘はいけないよな、嘘は。


 チューリは本から目を離し、片眉あげた透かし顔を向けてくる。やけにイラつく顔だ。


「人気者になる志向はないとでも? クク……さすがは俺の認めた英雄だ。……まぁいい、世界が知らずとも、俺がお前を英雄だと記憶しつづけよう。魔剣の英雄アーカム・アルドレア」


「……うん、ありがとう。ところで空から落ちてきた者の正体ってなんなんだ?」


 ページをめくり話をせかす。


「焦るな。これからその正体にせまる為にここにやって来たのだ」


 チューリは肩掛けカバンから薄い紙束を取りだし、渡してきた。


 どうやら、これがその正体にいたるための道筋であるらしく、さきに読んでおけとの事だった。


 まさか調査ファイルまだ作成済みとは、こいつは生徒会の書記とか会計を兼任しても、ちゃんとこなすタイプに違いない。


 チューリが古書をペラペラめくる。

 俺も紙束をめくる。


 紙の新旧めくれる音、まわりでペンを走らせる音、こちらを見さしてお喋りをする女生徒たちのひそひそ声音。


 みんな合わさって図書館のメロディをつくりながら、勤勉さを振る舞わせてくれる空間をなしていく。


 やがて俺はページをめくりおえ、意味不明な部分を何度か読み直して、そっと紙束をおいた。


 チューリの考察と、その思考の源泉は基本的に飛躍されたものがおおく、要約するとちょっと現実味が薄い。


 紙束に書かれていたことを殊更にまとめると、あの謎の巨人はかつて神々が創りだした超古代兵器で、ゲイシャ神話になぞらえた考察の結果、きっと空に浮かぶ星から落ちてきた遺物、とのことだ。


 この地に落ちてきたのは偶然ではなく、その昔にあったと言われている『夜空よぞら眷属けんぞく』と人間のたたかい、その終焉の地のひとつにこのアーケストレスの都がなったことが原因だとか。


 苛烈を極めたかつての存続争いは、最後は人間の勝利でおわったらしい。しかし、いつの日か『夜空よぞら眷属けんぞく』たちはまた集結して、人間を滅ぼすための戦いの続きをはじめる事になってるらしい。


 つまり結論をのべると、チューリは落下してきた巨人ら、終わりの続きをするために、はるばる星の世界よりやってきた謎の古代兵器なのだと言いたいらしい。


「はぁ」


 頬杖ついてため息をつく。


 人の理解の及ばぬことに、神やら信仰やら、おとぎの話を絡めて、強引に自分たちの理解できる範囲に落としこもうとする行為は、太古の時代より行われてきた。


 地球では、近代にはいり、人間は学問に真実だけをもとめて、おおくの神秘を暴き、理解して、その原理を科学でもって証明してきた。


 この世界には、まだそれがない。


 雨を降らすのは、海洋から蒸発して生みだされた水蒸気の巡りのせいだとは考えない。


 現実問題、神と誤認するような人智を超えた怪物たちがいるのは事実。それが悪いのかもしれない。

 地球でははついぞ現れなかったから、人は自分たちが勝手に目をつぶり、合理的理解を拒んでいたことに気づき、誰かがはじめた機械的連帯の社会が人間を動物ではない、もっとクールな生き物にかえた。


「……いや、神秘がいたかどうかなんて、結果論じゃ語れない、か」

「魔剣の英雄、これを見ろ、ついに見つけたぞ。俺が人伝えに聞いた巨人の姿とそっくりだ!」


 チューリが目をキラキラさせて、手をぺちぺち叩いてくる。俺は言われるままに古書をのぞき込んだ。


「むむ、これは」


 古い紙に描かれた精巧な挿絵をみて、奇想にも思わなんだ驚愕をおぼえる。

 あまたの特徴が、先日の空からの落下物の荒れた通りに横たわる姿を思い出させる。


 俺は、挿絵につづられ存在と、落下物には無視できない共通項があることを認めた。


「どうだ、アーカム。貴様の聞いた話の巨人のイメージと合うか?」

「……ぁ、あぁ、すごく、そっくりだ。いや、イメージとぴったりだ」


 俺は動揺を隠しながら、そう答えた。


 この男、なかなかにやるじゃないか。

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