第146話 身辺調査
めぐる思考。
答えは見つからない。
昨晩は悪夢にうなされた。
今朝は頭痛のひどい目覚めを迎えた。
こんなに俺は苦しんでるのに、どうしてお前は平気顔してパンを食ってやがる。
「兄上、今度はいつ、冒険にでるのだろうか?」
静かな朝、陽の差しこむ食卓。
コートニーは抑揚のない声でたずねる。
「まだ決めてはない。それに、いくつかクエストを保留してるからギルドで確認しないとわからない……が、
しばらくは冒険にでる必要はないだろう。今回の依頼で、ずいぶんと羽振りのいい報酬をもらったからな」
ちゃんとエーデル語をしゃべってる。
ああ、目の前の奇妙な光景に、俺の経験からくるトラウマがほじくり返されるようだ。
なぜ、なんで、どうしてーー。
ただ、それだけを問いつづける。
あまりにもいきなりだ。
日常に溶けこんでくるように、俺の戦闘領域とそれ以外をわける柵をこわし、俺という個人が侵害されているような慢性的な不快感を覚える。
これはよくない。
ひどいストレスだ。
「……先に行きます。ごちそうさまでした。シヴァ」
「わふわふ」
席を立ち、シヴァを連れて玄関へむかう。
シヴァは俺とジョン・クラークを交互にみて迷っているようだったが、最後には俺のあとについてきてくれた。
ー
「コートニーさん、あれは何の冗談ですか?」
広い廊下の一角、金髪碧眼の凛とした少女をつかまえて、俺は問いただした。
コートニーを囲っていた女子たちが、緊迫した俺の声にまゆをひそめ、一歩、二歩とあとずさる。
「あれとはなんだ。冗談とはなんだ」
コートニーは感情を読み取らせない、澄ました顔で問いかえしてきた。
意地でもしらばっくれるつもりか。
ジョン・クラークは、かつてエレアラント森林で俺を襲った軍人で間違いないはすだ。
シヴァもなにか違和感を感じてるようだしな。
ゆえにあの金属の箱船にのって、奴が元の世界からやってきたのは間違いないのだ。
それがどうして、この世界の人間と兄妹だなんて血縁関係になる?
ありえない。
絶対に兄妹などではない。
顔はたしかに似ている、認めよう。
目も髪色もそっくりだ。
だが、違うんだ。
やつはコートニーの兄などではない。
「なに? 私と兄が兄妹ではないだと?」
「ええ、コートニーさんはきっと騙されてるんです。そういった類いの魔法をご存じないですか?
あるいは地球のどこかの国が保有する秘密の催眠術や、暗示の分野かもしれません。
とにかくあれはコートニーさんの兄なんかじゃないんですよ!」
「ま、待て、いきなり何を訳のわからないことを言っているんだ」
コートニーはこれまでに見たことないほどに、驚いた様子で、俺の肩を掴んできた。
まわりの生徒たちの目を気にし、こっそり耳元に口を近づけてくる。
「なんのことを言ってるのか、全く話が見えないが、とにかく落ち着け。
私は誰にも騙されてなどいないし、兄は兄だ。今日という日までそうやって生きてきたんだ」
「だってコートニーさん、つい最近まで素人に剣術教わってたんですよ? コートニーさんの『私は騙されない』なんて信用できません」
「ッ、貴様、私を疑うのか!?」
「はい、バリバリ疑います」
眉間にこんせいき最大のしわを寄せ、コートニーはゴミを見るように睨みを効かせてくる。
だが、ダメですよ。
俺はそんな恐い顔されたって見過しませんから。
何を企んでるかわからないが、あの現界の軍人ジョン・クラークは、現界のいち高校生だった俺以上に得体がしれない。
「コートニーさん、目を覚ましてくださいよ、あいつは、あいつは人を簡単に殺せるような危険なやつなんです!
きっとコートニーさんを騙してろくでもないことを企んでるんですよ。あの男はコートニーさんの兄なんかじゃない、ただの殺人鬼なんでーー」
ーーパチンッ
肌打つ、乾いた音。
はえ?
頬がヒリヒリ痛む。
気づく、自身が平手打ちされたことに。
「貴様……いい加減にしろ。見直したと思っていたのに……不快だ、私の目の前から消えうせろ」
コートニーはそれだけ告げ、取り巻きの女子たちを連れてさって行っていく。
「おかしなこと言うのね、あの留学生って」
「コートニーちゃんのお兄さんが、ポルタ級冒険者だなんて有名な話なのにね」
「コートニーちゃんに冷たくされて可哀想だねぇ……」
なんだよ、それ。
ふざけんなよ、なんで俺が。
あいつの危険性を知って忠告してやってるってのに!
「いいや、落ち着けよ、俺……クールに、クレバーに、いこう……」
額を抑え、髪をかきあげる。
ジョン・クラークは、軍人ではないのか?
客観的に見ても多くの人間がジョン・クラークという人間を認識している。
彼は冒険者、それも聞くところによるとポルタ級冒険者、ほかに3人のメンバーとパーティを組んでいるというじゃないか。
奴がこの街にいる、あるいは1年よりも前からいる軌跡がある以上、1年前のエレアラント森林に宇宙船でやってきたとは考えづらい。
「アーカム」
「″ほいさー″」
「わからなくなってきた。もしかしたらジョン・クラークは軍人じゃないかもしれないって、思えてきたんだ……」
俺の肩メロンから上半身を乗りだす少女に語りかける。
「″それはないよ。あれは絶対に軍人だって。昨日さんざん話して結論を出したでしょ?″」
「でも、みんながジョン・クラークのことを知ってる。ポルタ級冒険者、それは、つまり奴がこの街で長い時間をかけて実績を積み上げた証だ」
「″そうとは限らない。ポルタ級冒険者なんてぽんってなれるでしょ。アーカム、もしかして自分の経歴忘れたの?″」
「俺は狩人の修行をしてたからだ。ていうか、ここで話すのはまずいな。精神世界にはいろう」
銀髪アーカムの頭を肩におしこみ、俺は瞳をとじた。
一瞬ののち、俺の意識は転換する。
目を開ければそこはもう「和室」だ。
併設された「和風庭園」に設置された扉から、黒いステッキをくるくる回す悪魔が入ってくる。
「″緊急会議、というわけですねぇぇえ〜!″」
「茶を入れろ。それと菓子を持ってこい、クソ野郎」
「″相変わらずのあつかい、そんなんじゃ悪魔も泣き出しますよぉぉおっほほっほほ、ほーッ!″」
うざったらしい笑い声をあげながら、悪魔ソロモンは来た道をひきかえして扉を出ていった。
扉の先にある拡張空間のひとつ、「厨房」から食べれそうなものを持ってくるんだろう。
「″正直いって、ポルタ級冒険者の肩書きはこの街に長居してる証明にはならないと思うけど。
ほら、ここギルド本部あるし、等級の飛び級はありえる話だよ″」
アーカムは、縁側から足を投げだし、せんべいを頬張りながら言った。
「″うむ、まぁそれもそうだけど……いや、それもそうか″」
言われてみればそうだ。
ここはアーケストレス魔術王国の王都じゃないか。
ともすればレトレシアの第四本部と同じように、ギルド本部があり、本部であれば飛び級の検定試験を受けれるということだ。
「″それにアーカム、覚えてない? エレアラント森林で軍人を見つけたとき、
あいつの乗ってた船は経年劣化が進んでた。あいつってもしかしたら、私たちよりずっとずっと長く異世界にいるのかもよ?″」
「あいつが船に乗ってきた確証はないけどな」
饒舌になりだきたアーカムをおさえる。
彼女の言うことはもっともだ。
だが、結局のところ俺たちふたりで話し合っても答えは見えない。
やはり、本格的にやつの身辺調査をする必要がありそうだ。
「アーカム、学校終わったら冒険者ギルドにいくぞ」
「″うーむ、今すぐに殺しに行ったほうがいいと思うけどなぁ……″」
不満げに頬を膨らませるアーカムから視線をはなす。
「″お茶がはいりましたぁぁあ〜よぉお〜″」
扉、「厨房」からもどってくる悪魔ソロモン。
「もういく、ひとりで茶会してろ」
「″んぅう〜辛辣、辛辣ですねぇえ〜!″」
俺は手をひらひらふって、現実世界へ帰還した。
ー
冒険者ギルド第三本部
ローレシア魔法王国の冒険者ギルドとほぼ同時期につくられたこのギルドは、本部なだけあって相変わらずの活気に満ちあふれていた。
竜の巨大彫刻が立ちならぶ、ドラゴン大好きアピールの過ぎる門をぬけ、冒険から帰還したパーティがうたげをするギルド内の酒場へ入っていく。
「あの、すこしお話を聞かせてもらってもいいですか?」
酒盛りをしている連中の中でも、比較的めんどうくさくなさそうな奴をパーティを選び、声をかける。
「んあ? なんだドラゴンクランの学生さんじゃねぇかい。俺たち『ドッケピ凍極団』に何かようかい? 魔術師は足りてるから、悪いが仲間に入れてくれってのはーー」
頼んでもないのに、俺、振られそうになってるんですけど。
亜人と間違えそうになるほどの毛むくじゃらのおっさんをさえぎり、俺はジョン・クラークという冒険者についてたずねた。
「ジョン・クラーク! 向かうところ敵なしの『
「彼を知っているんですか?」
「あったりまえだろう! この世界に誇る大魔術王国の首都で、彼ほどに有名な盾使いは早々にいない!
等級だってうえから数えるほど! 顔も二枚目でたくましく、やつに抱かれたい女はあとを絶たない! まさしくトップ冒険者にふさわしい凄い男だ!」
べらぼうの評価。
悪いところが何1つないとでも言いたげな大絶賛だ。
「彼はいったいいつから冒険者を?」
「うーむ、どうだかな。おい、ドッケピ、ジョン・クラークっていつから冒険者してんだ?」
毛むくじゃらは奥の席で、若い女性冒険者と談笑する男に声をかけた。
すると男ーードッケピと呼ばれた線の細いイケメンは、顎に手をあて、すこし考えるそぶり見せてから口を開いた。
「ジョン・クラークは……それなりに古参だと思うけどな。すくなくとも俺がドラゴンクランを卒業して、冒険者をはじめた時には、
名の知れた男だった。浅く見積もっても、もう6年か、7年はこの道でやってるじゃないか?」
「7年……結構、ベテラン、なんですね。1年くらい前に、しばらく姿が見えなくなったとか、聞きませんでした?」
「ん、そんな話は聞かなかったな。あのパーティは毎日のように、クエストに出てるんだ。
ああ、そういえば、近々ドラゴン級に昇進するかもって騒がれてる噂を、ここのところはよく聞くな。
そうなりゃ、ゲオニエス帝国やヨルプウィスト人間国の柴犬級にも張りあえる真のトップの仲間入りさ。
ぼうずも『
ドッケピは口角をあげて爽やかに笑うと、ふたたびすぐ隣の女性冒険者と話はじめた。
俺は毛むくじゃらの気のいいおっさんに礼を言い席を離れた。
最低でも7年前から冒険者稼業を続けている。
そして彼は活動を長く休止したことはない。
「……むぅ」
わからない。
「″まだだよ、アーカム。私たちはこの程度で諦めるんけにはいかないよ。
あの軍人が生きていたとわかった今、必ず殺さないと。そうしなくちゃ師匠にだって失望されちゃうよ″」
「だけど冤罪でぶっ殺すのは、どう考えてもまずいだろ……それにコートニーさんだって……」
昼間の彼女の顔を思いだす。
すさまじい形相だった。
いいや、当然か。
俺はコートニーが慕っている立派な兄を、かたくなに否定したんだ。
彼女からすれば、自らの家族が家族でないと、知り合って数週間の他人から言われたんだ。
そんなの怒るに決まってるだろうに。
いけないな。
どうも俺は思いこんだらすぐ行動に移してしまう。
まずは冷静に、一旦立ち止まって考えてみよう。
そうすれば見えてくるものもあるはずだ。
「″さぁ、ここのギルド
少女のさらさらの銀髪をなでて、背中をポンポンたたくく。
中立的な、客観的クールな視点が必要だ。
俺は深呼吸をして、気を取り直して、各所への聞きこみ調査を続行した。
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