第145話 数奇なら巡り合わせ
朝のクラーク邸。
剣術稽古でさわやかな汗をかいてる途中、コートニーの質疑応答はかれつを極めた。
「それでドラゴンとともに森で一夜を過ごしたと」
「なにも変なことはしてませんよ?」
「聞いてもいないことを答えるな。余計に怪しくみえてくる」
コートニーのおもいきった上段切りを木剣で受けとめながら苦笑い。
なんだろう。
今日はやけに振りおろしが強い気がするな。
「ドラゴンに特別視されるなど……ッ、留学生の身に……ッ、余る、待遇、だッ!」
「強い強い、強いです! 折れちゃいます!」
ミシミシと悲鳴をあげる木剣。
ーーペキッ
忠告かなわず。
コートニーの剣はへし折れて、先端が庭のすみにとんでいってしまう。
言わんこっちゃない。
「木剣も安くないんです。大事に扱ってくださいよ」
「今日は兄の帰還する日、収入はある。それにアーカムなら手製で作れるであろう。さしたる出費ではあるまい」
「僕の手間を考えてください。それと稽古中なんで先生って呼んでください」
「……すまない、先生」
コートニーは俺の目をまっすぐ見つめて言った。
くっそ、ダメだ、こっちが恥ずかしくなってきた。
この人はよくまじまじと異性の目を見られるな。
「先生はうぶだ。私のような者を女子として意識しているんだろう?」
「し、してないですよ、コートニーさんは凛々しすぎますからね。僕の守備範囲の外の人ですね」
「……チッ」
なんで舌打ちしたんだよ、この人。
最近、何言っても怒られる気がするな。
なんでたろうか。
もっと素直に褒めたほうがうまくいくのか……?
「まぁいい。それよりアーカム、そろそろ時間だ。シヴァ公を起こしてこい。私の部屋ではらをさらして寝ているはずだ」
「っ、あいつコートニーさんの寝室に侵入してるなんて!?」
我が愛犬シヴァよ。
おまえの礼節たりない行動のシワ寄せは、飼い主に来るんだよ。お願いだからやめてくれよん。
ー
学院での昼休み。
人気のない広い廊下で、俺は背の高い、黒髪黒目、とにかく黒ずくめの男にからまれていた。
「してアーカムよ、登校してよかったのか。調子は平気なのか。我の魔法をあれだけ受けたのだ。
いかに世界を救うことを約束された英雄だとしても、傷を負っているやもしれぬ。
そうだ、これを飲むといい。竜の秘薬だ。あらゆる傷を癒し、三日三晩寝ずとも戦い続けられるようになる」
さらりと危ない薬を渡される。
高級そうな瓶に一口分だけ入っており、見た目は透明で美味しそうだ。
「果実のごとし味わいだ」
だそうです。
なんだか、ふつうに飲みたくなってきた。
だけど、流石にもったいないので、いつか使うべき時が来たら、ぜひとも使わせてもらおう。
「あの、ゲートヘヴェンさん、期待してくれるのは嬉しいんですけど、僕はたぶん予言の子とかじゃないと思います」
小瓶をふところにしまいながら、訂正しておく。
これはとても大事なことだからな。
もちろん、めちゃ期待してくれるのは嬉しい。
けど、すこし冷静になって考えてほしいのだ。
予言内容が「人間の子」って時点でも、ちょっと半分アウトみたいなところあるし、それに中身が27歳なあたりで子どもちゃうし、絶対に俺じゃないんだ。
俺、予言の子、違います、ゲートヘヴェンさん。
気づいてくれないかな、この竜。
「そうだ、勇者とか当たってみたらどうですか? 僕の友人に、ちょうど同い年くらいのミヤモトの勇者がいますけど、彼なんて条件にぴったりでしょう」
「もちろん勇者の直系は最有力候補である。10年前からずっと目をつけているくらいだ。だが、救世の子どもはひとり、三勇者は3人。
ルーツ、アレス、ミヤモト、この中の一家系だけが、突出して世界を変える力を持ってるとは考えにくい」
ゲートヘヴェンが言うには、勇者たちは、どの家系も代替わりをむかえたばかりだという。
それゆえ、もし予言が勇者を指していても、誰が救世主なのかわからないのだそうだ。
「あとは勘ゆえだ」
あと勘らしい。
そんなんで救世主決めないでほしいけどね。
「アーカム、そう言うわけで私は汝を存分に甘やかそうと思っておる」
「つまり、何かいいことしてくれるわけですか」
「うむ。聞くに、アーカムはレトレシア魔術大学からの留学生。勤勉な学徒には竜の魔法を教えよう」
ゲートヘヴェンは黒瞳をウィンクさせてニカッと笑うと、自身の折れた牙を指差してきた。
「我の牙もやろう。それで杖を新調するといい」
ずいぶんと気前のいいドラゴンだ。
傲慢でいばってばかりかと思ったが、俺の杖が紛失したことに責任を感じてくれてるんだな。
鼻頭をナテナデしてあげたいな。
「侵略者との戦い。やつらはそこまで来ておるのだ。近いうちに古代竜たちも皆、戻ってくる。
アーカムよ、世界を守るたたかいだ。今のうちに蓄えられる力は蓄えておくのだぞ」
ゲートヘヴェンは俺の両肩に手をおき、たくすとばかりに力をこめてきた。
剣圧がなければ膝を折ってるだろう圧力は、俺を試すためだろうか。
立ちつづける俺に、彼はなおさら嬉しそうに全体重をかけてきた。
ー
コートニーとともに学院から帰還。
シヴァから降犬してクラーク邸へはいる。
「む、鍵が開いているな」
コートニーはうろんげな声をもらし、玄関扉を引きあけて中を覗きこんだ。
「空き巣ですかね?」
「……いや、たぶん私の兄だろう」
コートニーは顎に手を当てながら、うんうん、とうなづいて警戒する様子なくなかへ入っていった。
俺は剣知覚で屋敷の2階に気配を察知して、それが兄なのだろうと納得してなかに入った。
やがて、俺とコートニーさんが居間で勉強をしていると、2階から降りてくる足音がした。
俺はなんとなく服のみだれを正しておいた。
コートニーの兄との邂逅はすぐにかなった。
だが、それが望むべき出会いだったのかは、1秒の後にわからなくなっていた。
なぜならーー。
「兄に会うのは初めてだったな」
「……それがコートニーさんのお兄さん、ですか」
注視。ひたすらの注視。
階段先に降りてきたひとりの男。
相手の驚愕にみちあふれた顔を見つめる。
きっと俺もいま同じような顔してるんだろうな。
「紹介しよう、彼が冒険者をしている私の兄、ジョン・クラークだ」
コートニーは、目を見張る俺を気にせず、薄く微笑み、誇るようにかたわらの兄を手で指し示した。
されどコートニーの兄は喋らず。
俺の顔をただ見つめてくるばかりで、一言も言葉を発しない。
それどころか目を見開き、俺のつま先から頭まで舐めまわすように見つめてくる。
「こんなことって……」
俺は、自分がなにか見間違えをしているのかと、自分の目を疑っていた。
ありえない。
なぜここにいる。
人違いなのか。
思考はなんどもリセットされ、視覚情報を獲得したあとに、ふたたび同じ結論にたどりつく。
似ているのだ。
あまりにもかつての
「……こんばんは、私はジョン・クラーク。コートニーの兄です、どうぞよろしく」
刈り込まれた短い金髪、透きとおる碧眼。
コートニーとよくにた容姿の彼は、ようやく口を開き、筋骨隆々な前腕を差しだしてくる。
その時になって、俺は確信を持ちはじめていた。
こいつは軍人なのだ、とーー。
俺が最大の攻撃をもって蒸発させたはずなのに、この男は地獄から帰ってきたとでも言うのか。
俺はひたいに冷や汗をかきながら、手をとり、ゆっくりと差しだされた手を握りしめる。
緊張にかわくのど。
張りつく舌を動かして、8対2の疑いを立証しにかかる。
「以前、どこかでお会いしましたか……?」
自分がなんと答えて欲しいのかわからない。
ただ、漠然と自分の疑念をコートーの兄ーージョン・クラークへぶつけた。
「いいや、会うのはこれが初めてだよ」
はっきりとつむがれた返答。
そう言いきり、ジョン・クラークは、ニコリとさわやかに笑ってみせた。
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