第147話 このローブが血で染まらなければいいが。

 

 ジョン・クラークの身辺調査を開始して数日が経過した。


 俺は調べられる限りのあらゆる手段を使って、ジョン・クラークという存在を調べていた。


 狩人協会の協会員権限をつかい、ギルドに保管される彼の個人情報を閲覧。

 また狩人協会のデータベースでも、いくつか資料があったので、その人物像を調べることができた。


 おおまかにまとめるとこうだ。


 奴の名はジョン・クラーク。

 性別、男

 身長、182センチ。体重、不明。

 生年月日、新暦3039年12月2日。


 金髪碧眼。

 髪の毛は短くしていることが多い。

 数年前に髪の毛を伸ばしていた時期があったが、妹に似合わないと指摘されたことですぐに断髪をしている。


 1段層、区画35ー8に住む。クラーク家の長男。

 両親は他界、以降は妹のコートニー・クラークとふたりで暮らしている。

 主な収入源は冒険者ギルドの依頼達成報酬。


 ポルタ級冒険者パーティ「ドリフターズ」のリーダーを務める。

 大盾を使用した、極めてユニークな戦闘技能を修めている。

 戦う能力は冒険者になった直後から、十分な力を備えていた模様。

 どこで訓練したのかは不明。

 ギルド登録日、不明。


 資料を書き写した羊皮紙をながめながら、俺は大きくため息をついた。


 俺の調査はすべて、彼という人間が、かつてよりこのアーケストレスの地にいることを証明するものばかり。


 ずさんな管理体制のせいなのか、情報がいくつか紛失しており、わからない事もある。

 けれど、それでもジョン・クラークがこの地で生きてきた冒険者であり、厚い人望をもっていて、コートニー・クラークの兄であることは、くつがえりそうにない。


「″もういいよ、はやく≪激流葬げきりゅうそう≫で殺っちゃおうよ″」

「そう言うわけにはいかないだろ。コートニーの兄貴かもしれないんだ」


 居間のイスから腰をあげて、庭で剣を振るコートニーを見る。

 そのすぐ隣には巨大な大盾を振りまわす、ジョン・クラークがいる。


 あれ以来、コートニーとの関係は気まづくなっている。

 食事くらいしか一緒の時間はない。


 いちおう、話しかければ無視することなく答えてくれるし、むこうも平常を振る舞おうとしてはいるようだけど、

 そこにジョン・クラークが現れるともうダメだ。


 微妙な空気にとても耐えられず、俺はいつもどこかへ逃げるように場をはなれてしまう。


 もし仮に、やつが現界の軍人ならば、あいつは気まづさに耐えられるのか。


 いいや、こんなこと考えても仕方がない。

 個人差があるとしかいいようがないからな。


「同一人物なら剣気圧の気配でわかるんだけど……覚えてないんだよなぁ……」


 かつての俺が未熟だったのもあるかもしれない。

 ただ、おそろく当時の軍人は全身にまとう剣気圧の力が途方もなかったせいで、「殺意高すぎる」くらいしか、覚えていないのだけだ。


 あの時の俺にとって軍人は、「距離」が遠すぎた。


「お前も煮え切らない感じだよなぁ」

「わふわふ」


 シヴァの頭をわしわしとなでると、彼女は舌を出して喜びはじめた。


 ほんとうに能天気な柴犬だな、おまえは。


 のどをかいかいして制裁だ。


「わふわふぅ〜」


 やれやれ、やはりもうすこし踏みこんだ調査が必要なのかもしれないな。


 まわりから眺めてるだけじゃ、ダメだ。

 それにジョン・クラークが、軍人じゃない説が濃厚になってきた以上、ホームステイ先でいつまでもこんな気まづい空気作ってるべきじゃない。


 そうそうに見極めなければいけないか。

 俺の中の疑念のめを、自らで摘み取らないと。



 ー



 数日後。


「ジョンさん」

「ん、どうしたんだい、アーカムくん」


 玄関を出ようとする、ジョン・クラークを呼びとめた。

 竜の紋様がはいった巨大な盾、金属プレートを多めにあしらった鎧、リュックに、短剣に、その他もろもろ。


 この男、どうやらまた稼ぎにいくらしい。


 数日前はしばらくは冒険に出ないなどと言っていたのにな。


「ジョンさん、クエストを受けにいくんですか?」

「いや、そうじゃないよ。クエストをこなしにいくのさ。ずいぶん前に、討伐クエストをうけおっていたのを思いだしてね。週末を使って片付けておくんだよ」

「何を倒しにいくんですか」

「目撃情報から考えれば……たぶんポルタ、だろうね」

「なんで短剣なんかもっていくんですか」

「ん、あると便利だし、いざって時にも役に立つからね」

「なんで盾なんか使ってんですか。そんな腕力あるなら、剣を振りまわしたほうが英雄っぽいですよ」

「盾は……恐いんだよ、世の中が。絶対に自分は大丈夫だ、そう信じれる盾がないと私は……というか、それは個人の自由だろう?」


 意味のないことまで、なんでも聞く。

 もうこの男のすべてが怪しくおもえてきた。


 盾ってことは防御力。

 防御力重視ってことは、つまり軍人のあの無敵の魔力装甲……いや、これただの連想ゲームだ。


 連想ゲームのすえに、人の家の兄を人違いで消し飛ばすわけにはいかない。


 やはり、いくしかあるまい。

 すべてを明らかにするためには、本人の心に聞くのが、一番手っ取りばやく、確実なんだからな。


「ジョンさん、僕を、このクエストに同行させてはくれませんか?」

「……君が? いや、悪いがこんな急なクエストメンバーの増員は、セオリーじゃない。私は安全に倒したいんだ。隊率の乱れはみなの命にかかわる」


 手をつきだして、断固として拒否するジョン・クラーク。

 なにか怪しい……いや、言ってることはもっともなんだけどね。むしろ俺の方が怪しいか。


 けれども、ここまでは予想どおりだ。

 断られるような気はしていた。


 だからこそ、この数日、ちょっと手間をかけて準備をしたんだからなーー。


 ーーゴンゴンっ


「ん、こんな時間から誰が……」


 玄関の外から響いてきたノック音に、ジョン・クラークは、盾をいったん下ろしてから、玄関扉をうちがわからおし開けた。


 ドアの隙間から毛むくじゃらの男が、顔を覗かせる。


「さぁ行くぞ! 『無敵要塞むてきようさい』のジョン・クラーク! 我ら『ドッケピ凍極団』と、『ドリフターズ』が率いる大討伐隊が竜を討つのだァ!」


 毛むくじゃらの男はそう言い、手に持つ大杖おおつえを天にかかげた。


「というわけで、行きましょうか、ジョンさん」

「……話が見えないのだが、私にどうしろと?」

「決まってるじゃないですか、ドラゴン倒しに行くんですよ!」


 俺は満面の笑みをたたえながら、玄関脇に隠してあったな灰色の厚手のローブを羽織った。


 今回、大規模クエスト・・・・・・・に向かうにあたって新調した、アーカム・アルドレアの冒険者装飾だ。


 ジョン・クラーク、このローブがお前の血で赤く染まらないことを祈るぜ。


「ドラゴン、いや、違う、私はポルタを倒しにいーー」

「わからん男だな! 緊急クエストだ、緊急クエストがギルドより出されたんだぞ、ジョン・クラークが行かずして誰が行くっていうのだ!」


 毛むくじゃらのナイスなフォローだ。

 この男には根回しはしてないけども、なんかいい感じの方向に流れてるので、ここは彼に任せよう。


 失敗したらたまったもんじゃないからな。

 なんたって、この日のために、俺は粛々と準備をしてきたんだからーー。



 ーー3日前



 怪しすぎる男が、白なのか黒なのか、はっきり見極めるために俺はある計画をたてた。


 その名も「パーティ全滅ドッキリ作戦」だ。


 ジョン・クラークが魔物すまう森へ、クエストに出かけようとする時こそ、本作戦がはじまる瞬間だ。


 やることは簡単。


 ジョン・クラークのパーティメンバーを全滅させて、奴だけが生き残ったところで、さらなる危機、絶体絶命のピンチに追いこむ。

 あるいはやつひとりを森の奥地で孤立させて、そこにド級の機器をしむける。


 するもどうだ。

 あの男は、必ずあのスーパーアーマーと、森林を焼き尽くす破壊光線をつかうはずだ。


 いや、そこまでは使わないまでも、空中くらい歩いて逃げようとするかもしれない。


 とにかく、いまは大盾なんか持っていっかいの冒険者を気取ってるあの男が、なんらかの力を解放すればそれでいい。


 俺の師匠、狩人テニール・レザージャックを手こずらせた男だ。


 順当に考えればポルタ級冒険者のうつわじゃない。


 奴は「怪物」だ。


 そんな怪物かもしれないジョン・クラークを罠にはめるために、俺はまず古代竜ゲートヘヴェンに会いに行った。


 ドラゴンクランの中庭で、かわいい小動物たちをはべらせていた彼に、俺は尋ねてみた。


「人間を孤立させる魔法、かね?」

「そうです、とある人物を訳あってひとりにしたくって。魔術に精通するゲートヘヴェンさんなら、何かいい魔法を知ってると思って」


 ゲートヘヴェンは黒い艶やかな髪の毛が、リスにかじられていることも気にせず、彼は「うーむ、うーむ」と困った顔でうなりつづける。


「やっぱり、難しいですかね……」


 俺が希望をなくそうとした、その時。


「いいや、我の思いつく限りでも200は他者を孤立させるのに適した魔法がある」

「っ、本当ですか!? さすがはゲートヘヴェンさんです!」


 ゲートヘヴェンのお尻あたりから伸びる、黒い尻尾を持ち上げて喜びの舞をおどる。


 頼りになるな、俺の支援者パドロンは。


「しかし、いったい誰に、誰を孤立させようと言うのかね? 予言の救世主といえど、何をしても容認するなどと我も言うわけにはいかぬ。アーカムも男の子。年頃の娘にいたずらするなどいいだしても、我は力を貸してはやれぬぞ」


 ゲートヘヴェンは言外に、俺がなにをしようとしてるのか疑っているらしかった。


 当然、予測していた。


 だからこそ、俺はあらかじめ用意していた答えを使った。


「ゲートヘヴェンさん、もしかしたら侵略者のひとりを、見つけたかもしれないんです。その者はこの街に潜んでいて、もしかしたら何か仕掛けを、すでにほどしているかもしれない」


 俺の言葉にゲートヘヴェンは目を見開いた。

 小動物たちはそれを機に、散るようにさっていく。


「その話、詳しく聞かせるのだ、アーカム」


 こうして、俺は古代竜の協力を取りつけた。

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