第25話 老骨の主人

 

 頭骨の山を登り始め数刻、最後の異形と対峙した。

 白骨の山頂、そのさらに頂上にある鳥居をくぐるとソイツは現れた。


「こいつもトリアトノースみたいに殺せばよかったんじゃないか?」

「難しいだろう。ここらへんの空間はこの鳥居からしか入れない様に調整が施されてる」

「そうなのか、まぁいいか。あんま呆気なく死なれても同情しちまうからな」

「気をつけろよ。エイメンダースは格闘個体だ。人間との戦闘をこれでもかと言うほど学んでる」

「ほう、誰から?」

「……俺からだ」

「そうか。はは、それは楽しみだ」


 四足をついた異形のバケモノはこちらに気づくとゆっくりと立ち上がった。

 お昼寝中だったようだ。


 五、六メートルの巨大な老人がいたとして、その老人がガリガリで尚且つ長髪だったら、こんな感じになるのではないだろうかーーついでにあと後ろ足を4本追加だ。


 そこに邪悪さを一握り叩きつけたら完成。


 そんなつたない感想しか出てこないほど、該当する既存の生物が思い至らない真の異形。


 四番目の不解エイメンダースとの戦いが始まる。


「シバケン、コイツにも愛称があるんだろう?」

「あぁ、ある。クソジジィって呼んでやってくれ」

「直球のセンス、感服しちまうな」


「グルドォォオッ‼︎」


 呑気な会話がどぎつい咆哮にぶった切られた。

 生きとし生きる全ての生物が尻尾巻いて逃げ出すほどおっかない叫び声だ。

 クソジジィのくせに良い声量してやがる。


「アダムッ、黒点は奴の頭だ‼︎ 頭を狙え‼︎」

「了解だ」


 シバケンが一歩下がると同時に、俺は縮地でエイメンダースへの距離を詰めた。


「グルドォッ‼︎」


 すかさず六足歩行から二足歩行へ切り替わったクソジジィ。

 曲がりきった巨体を器用に動かし、隙のない柔術系統の構えを取っている。

 その姿はさながら故郷で仙術を教わった仙人の知り合いに似ており、老齢の達人を思わせるものがあった。


 いっぱいしに名人ぶってるな。

 バケモノめ。


「面白くなってきたじゃないか‼︎」


 嬉々として飛びんでいく。


 ジジィの眼前に縮地を用いて移動。

 勢いのまま左足を滑るようにエイメンダースの足にぶち当てにいく。


 体幹へダメージを与えたいなら足元を狙うべし。


「グルドォォ‼︎」

「むっ、コイツ⁉︎」


 驚愕ーー。


 エイメンダースは左足払いが当たる直前になって、自身の足をひょいっと持ち上げてしまっていた。


 何もない空間に滑り込んだ俺の足。


 足はすぐさま、エイメンダースによって上から踏みつけられ抑えられてしまう。


 大きく姿勢の崩れた状態で、すぐ引く予定だった足を封じられ致命的な隙が生まれる。


「グルゥゥゥオオォッ‼︎」

「ッ‼︎」


 猫背120パーセントの見下ろすエイメンダースの顔が発光。


 いや、正確にはその空虚な眼の下、口の中が溢れる光でいっぱいになっているのだ。


 この感じーー。

 不味い、光線だ。


 完全に不覚をとった。


 こんな至近距離、さらには姿勢を崩され固定された状態では避けるものも避けられない。


 耐えられるか?

 俺の集中「鎧圧」で防げるには防げそう、だがそれにしても近すぎないか?


 拡散する光線のすべて、全身を覆える程の「鎧圧」を展開するのは流石に厳しい。


 一瞬の思考で回避と防御、両方の選択肢はないことを結論づけた。


 ともすれば、残った道は攻勢に転じ、活路を開くのみだ。


 突き出し、抑えられている左足脚部の「鎧圧」を全面カット、「剣圧」を高めた右足を旋風のように巻いてエイメンダースの首を打つ。


 ーーボギィイッ


 強力な蹴りの生み出す回転力に、防御力を失った左足は耐えられずスネの骨が砕ける音がした。


 激痛ーーだが、これでいい。


 左足が固定されて邪魔ならば、そこに左足がないと仮定して動きを組み立てるしかないのだから。


「グルドォォぉお⁉︎」

「おめでとう、このアダム・ハムスタの四肢を奪ったのはお前が初めてだ‼︎」


 エイメンダースは奇怪な雄叫びをあげ、狂った軌道で光線を吐き出す。

 そんな光線が俺に当たるわけもなく、致死と思われた危機は、鳥居と山間をサッパリ切り裂いて、明後日の方向へ去っていった。


 エイメンダースは自身でも予想だにしない光線を放った反作用を制御出来ず、体幹を失って崩れる。


 隙ありだ。


 片手片膝を地ついたエイメンダースの灰色の長髪を俺はがっつり両手で掴む。


 生きている右足、地面を破壊する踏み切りで打ち出した、強力な膝蹴りをクソジジィの顔面に打ち込んだ。


「オラァァッ‼︎」


 ーーガラガラァアッ‼︎


 山頂に放射状のひびを走らせ、一部崩壊させた膝蹴りはいとも容易くエイメンダースの顔をうち砕く。


 同時にその体を空へとまわせた。


「アダム、足は平気か?」

「問題ない。四肢を失った際の戦い方は知っている」


 使い物にならなくなった左足を再度「鎧圧」で覆い固定、骨の剥き出しになった出血箇所へ荒技ながらの応急処置を施す。


「奴には本当にいろいろ教えちまってるからマジで気をつッ、け、光線だッ‼︎」


 後方でシバケンが叫んだ。


 咄嗟とっさに身構えるが、生きているはずの右足が動かないことに俺は気づいた。


 何かに固定されているかのような違和感がある。


 視線を落とせば地面から無数の手が生えてきており、右足をガッチリと掌握しているではないか。


 死にかけの老骨がごとき、皮と骨だけの細腕にも関わらず凄い力を発揮する腕たち。


 これではとても飛び退いて回避できそうにない。


 クソ、腕を一本くれてやるか?

 だが、これ以上のダメージは不味いんじゃないか?

 出来れば避けたかったがーー。


 エイメンダースは上空から落下しつつ光漏れ出す大口を開けた。


 仕方ない、腹をくくろう。


 腕がなくなってもやりようはあるはずだ。


「アダム、伏せろッ‼︎ <<魔撃まげき>>‼︎」

「ッ! シバケンッ⁉︎」


 光線の直撃を受け入れた瞬間。


 視界に飛びび込んできたシバケン。

 なにかを叫び、流れるような動作で手首のスナップを効かせて彼は魔法の杖を振るった。

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