第24話 絶望の大峰

 

 高度が高くなったせいか、気持ち空気が薄くなったように感じる。


 それでも常人にはわからない程度の差。

 ゆえに大した問題はない。


 ただ、希薄された空気よりも大きな変化はなかなか見過ごせるものではない。


「おい、なんかさっきから人の頭蓋みたいなのがゴロゴロしてるんだが?」

「それか。気にするな」

「無理言うんじゃない」


 足元に転がる白い頭蓋骨を持ち上げる。


 死後どれだけ経過すればここまで綺麗になるのか、あるいは誰かが骨を磨いたのかと疑うほどに白い頭蓋骨だ。


 そんなものが平気で転がるこの山頂付近が、普通じゃないのは馬鹿でもわかる。


「そいつらはゲオニエス帝国が大量動員した兵士たち、あるいはその後の徴兵された民兵や冒険者たちの亡骸だろうな。詳しくはわからん」

「亡骸って……これ全部か……?」

「そうだ。全部だ」


 視界いっぱいに広がる白骨の大地。


 赤黒い空の下、遥か山の頂上を埋め尽くそうにある白きが、すべて人の骨だと言うのだ。それも頭骨。


 月に照らされる山は、秋の紅葉を楽しみつつ雪の被ったさながら名峰のごときたたずまいだった。


 けれど、それは外側から見た景色だ。


 真にいただきに足を踏み入れたならば、月明かりに照らされるのは雪ではなく人の骨だったことに気づく、と。


 なんていう恐怖ホラーなんだ。


「数で押せばなんとかなるーー浅はかな現みかどの考えそうな事だ。愚かさはどれだけ離れようと健在か……」

「何だ、他人事みたいに」

「他人事だからな、実際に」


 シバケンは冷たく、はっきりと言い放った。


 俺は彼の口がたしかに、他人事、と発音したのを見た、聞いた。


 つまりそれはシバケンの言い間違えではないと言うこと。


 この数十万、あるいはもっとありそうな規模の、文字通り屍の山を見てよくもそんな事が言えたな。

 正直、失望だよ。


「む、どうした?」

「いや……何でもないさ」


 今ここでシバケンへの不満を漏らす事は出来る。

 言葉を撤回させるのも多分、簡単な事だ。


 だが、それはビジネスパートナーとして取るべき行動ではない。

 それに、家族を放っておいて自分のことばかり追求していた男に、人の道徳を語られたくはないだろう。


 誰もが羨望する強さを持ちながら、家族を守れず失った無能なぞにな。


 やっぱりやめて正解だった。


「もしかしたら何か勘違いしているかもしれないな。俺が言ってるのはこの世界のゲオニエス帝国が行ったことについてだ。現実世界の話じゃない」

「む、この灰色世界にも帝国は存在すると?」

「存在してるじゃないか、すぐそこに」


 シバケンは呆れた顔で山のふもとを指し示した。


「渓谷に建設されたゲオニエスはゲオニエス帝国の首都だ。アダム、お前も気づいてるだろう? この灰色世界はゲオニエス近郊を何らかの力で写し取って作られている」

「そんなことわかってるさ。俺は街中を通ってきたんだ」


 無意識下で頭の隅に追いやっていた前提を引っ張り出して、負けじと言葉をつむぐ。


 俺が目覚めた場所が谷底で、その上がゲオニエスだ。


 そして今、谷を形成する巨大な峰を登ってきたところーーそんなことはわかっている。


 なんとなくゲオニエスに似ているだけ、では説明がつかないほど灰色の世界は、

 騎士学校のあったあのゲオニエスと酷似している事実ーーそんなこと知ってるさ。


「奴らは地形や空間のモデルケースが欲しかっただけだと思うが、それを写しとる際に余計な物が大量に紛れ込んだ」


 シバケンはオールバックを撫で付け静かに呟いた。

 その顔は、もう答えはわかっているんだろう、と問いかけてくるようであった。


 俺は思い至った答えをシバケンの代わりに声にする。


「……人間か」

「断言はできん。が、およそそういう事だと思われる」


 シバケンは止めていた足を再び動かしつつ、杖をついて白骨の広がる山を登り始めた。


「俺の仲間たちがこの灰色世界の侵食に気づいた時には、すでにこちらのゲオニエス帝国は滅んでいた」

「あの不解たちはそんなに強力だったのか……」


 これまでに倒した不解たちの異形的姿を回想する。


「たしかに奴らは強力だ……が、多分だが超大国たるゲオニエス帝国が滅んだ問題はそこにはない」

「……? というと?」


 シバケンの背を追いながら俺は問いかける。


「叡智の影響、そして奴らは同世界の存在では、殺しきれないことが大きな原因……と思われる」

「やけにふわふわした言い方だ」

「仕方がないだろう。万全の調査なんか行う余裕はなかったんだ。根拠がなければ断言はできない」


 当たり前で正論なこと。

 わかってはいるが、これまで秘密されてきた事を一気に聞けるチャンスが、やって来たせいで追及が止まらない。


「もっと他の国とか助けてくれなかったのかよ。相手が化け物だったんならみんなで頑張ればよかったのに」

「他の国なんかありはしないさ。この灰色世界は当時のゲオニエス近郊を写し取ったモノだ。他国なんてマップ外だろう」


 予想外の答え、されど納得できる理由。


 増援もなく、孤立させられたなら世界最高の国家といえど、ひとたまりもないということだろうか。


「どちらにせよ、不解は現実的に一度ゲオニエスを滅ぼしている。その事実が現実世界の帝国で繰り返されるような事はあってはならない」

「……そうだな、そんな事にはならない、させない」


 この世界にくる直前、倒れふし苦しむ少女を置いて来た。


 先ほど家族の事を思い出したせいか、俺は無性にあの少女の事が気がかりで仕方がなかった。


 それに騎士学校だってゲオニエスにあるんだ。

 エヴァンスはいい友人だし、守ってやりたい。

 チェスカちゃんも可愛いから守護りたい。


 詳しいことはわからない。

 けれど、俺がここで不解を全滅することが結果的にミクルを、エヴァンスを守る事につながるのなら、俺は命を賭けても良い。


 そう思えるくらいには俺にも情がある。


 いや、ようやくこの歳になって人の情というモノに気づいてきたのだ。


 俺は新しい俺を殺したくはない。

 この気持ちはその為の抑止力なのかもしれない。

 それとも、己がための偽善なのかもしれない。


「ふむ。だからこそ今世で見つかる答えもあるというものかねぇ……」

「? まぁ、なんににしろお前にはエイメンダースを倒してもらわなければいけない。奴を倒しさえすれば、お前の心配する事は何も残らないだろう」


 シバケンは振り返らずただ頂を目指し、そう言った。


「そうだな、あと一匹、倒しさえすればいいんだ」

「そうさ、それでお前の仕事は終わる……」


 深くうなずくシバケンは何か思うところがあるのだろうか。


 その背中に暗い感情が宿っているように感じる。

 あるいは長い間見続けた悪夢が終わることに、個人的に思うものがあるのか。


 話を結んだ今、その真相はもう知りえない。

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