第22話 拝虞の狼姫刀
「さて、というわけで次は先ほどのダンゴムシさんこと、トリアトノースを倒すわけだがーー」
シバケンは言いにくそうに言葉に詰まり、時に言い直してボソボソと喋りだした。
ここは灰色の木の葉舞う森道ではなく、廃墟の集落。
シバケンが誘導する方向へ進んだ結果、ダンゴムシからどんどん遠ざかる形で寂れた廃墟まで来てしまっていた。
「なに? 剣を探しにここまで来たのか?」
シバケンの言葉に耳を疑う。
「そうだ。ほら……俺、剣士なんだ」
得意げに言うシバケンは黒い杖をブンブンと振りーーそして、肩を上下させて荒い息をつきはじめた。
なかなかユーモアのあるやつだ、ってーー。
「そんなことは立ち振る舞いを見ればわかる。でも無理だろ? 流石に戦えるとは思えないぜ?」
改めてシバケンの頭のてっぺんから足先までを品定めしていく。
よくもまぁつけた粘性の蜘蛛液で固めた髪型。
やつれきった顔に充血した薄紅色の瞳。
若干崩れはじめている髪型とボロボロの擦り切れコートが、彼の現状体力をこれでもかと表している。
優れた戦士ーーそれもいくらか拳闘術の心得もありそうなのは認めよう。
本来のポテンシャルは騎士学校にいた上級生くらいはあるんだろう。だが、それだけだ。
「言っただろう? もし戦えても役には立たないし、今の状態じゃただの足手まといだ」
厳しいようだが、ここは彼のためにも参戦は遠慮してもらった方が良い。
俺は言葉を重ねる。
「剣なんて無駄だ。そんなものあったってお前は役に立たない」
「むぅ、たしかに全て正論、か」
シバケンは顎に手を当て思案顔になった。
やけに素直だが、こちらとしては早めに引いてもらえるのはありがたい。
「でも、そうか、そうだよな。もしかしたら持つことさえ……よし、決めた」
「わかったか。んじゃ早いとこダンゴムシ倒しにいくぞ」
「いや、待て、剣は探す」
歩きだした足を止めて、後ろを振り返る。
本当にこいつは話を聞いていたのだろうか?
「ただし、剣はお前が使え、アダム」
シバケンはニコリと笑い、廃墟集落へ入っていった。
「剣は専門外だが……まぁあって困りはしない、か」
なくても困らないが、あっても困らない。
剣を見つけてシバケンの気がおさまるなら、そっちの方が説得するより簡単だろう。
急ぎ、建物に入っていく貧弱な男の背を追った。
結局、シバケンの望む形に収まってしまったことが気がかりであり、違和感であり、なによりも
ー
廃墟となった建物群を引き返し、森道へと戻る。
「あそこは現実世界でも廃村だ。暇があったらいってみるといい。もっとも、心霊スポットくらいにしか使い道はないがな」
「だったら言うな。こっちは余計な荷物持たされてイライラしてるんだ」
肩に背負った長物を背負い直す。
「悪いな。でも、ほら、鈍器として使えば破壊力抜群じゃないか」
「鈍器だったらここに持ってる」
指を折り込み、握りこぶしを作ってみせる。
シバケンはそれを苦笑いして見てきた。
廃村の剣の捜索開始から数分後、シバケンは予想以上に早く目的を剣を見つけ俺を呼びにきた。
彼がいうにはカタナ、と呼ばれる遥か東方の剣らしいが、俺には馴染みがないので詳しい事はわからない。
ただ、ひとつだけわかっているのは重たくて、重たくて持ち運びが面倒ということくらいか。
「この剣って何でできているだ? 『剣圧』無しで持つのが不可能なほどの重さだ」
「……俺も知らん。きっと重たい金属なんだろ」
「そりゃそうだ」
なんの捻りもない予想についついため息が漏れる。
使いもしないのにこんな物を取りに山の反対側まで来たなんて。凄く損した気分になってしまった。
この気持ちの分も報酬に上乗せしておこう。
しばらく歩き、余計な荷物に不満を漏らしながらも俺たちは目的地に到着した。
山の斜面を横断し、森道へとダンゴムシ退治にやってきたのだ。
舞い散る木の葉の遥か先に、不解トリアトノースの姿を視認する。
居ることがわかっていたゆえに慎重にやってきた。
多分、気づかれてはいないのだろう。
紅葉とした木の枝の中にいるのだ、目視で見つけることは難しいはず。
「あれ、そういえば何か最初と景色が違うような……」
「集中しろ、アダム。他のことに気を取られながら戦って、勝てるような相手ではない」
「そうか? 俺にはあまり強そうには見えないんだが」
シバケン指差す遥か向こうに見えるダンゴムシ。
目測なので正確な大きさはわからないが、ポラレトノイドとほぼ同サイズだと思われる。
つまり巨大ダンゴムシだ。
足がいっぱい生えている。
「まっ、恐ろしいことに違いはない、か」
「それではいくとしよう。俺の予想だとアダム次第で一瞬か、長期戦のどちらかになる」
「ほう、その心は?」
問いかけると、シバケンは無表情のまま、手のひらに手刀をトントン当てジェスチャーした。
「甲殻が硬い。尋常の技じゃ突破できない」
「ふむ、なるほど」
「という事は、わかってるな? 今まで通りだ」
普通の攻撃力ではガードを超えられないというのか。
正直シバケンの助言、というか不解攻略法はアテにならない。
ゲーイポトフもポラレトノイドも、シバケンが事前に言っていた程の脅威は感じなかった。
はっきり言って楽勝まであったのだ。
全盛期の俺ならそれこそワンパンで終わらせることも出来ただろう。
いや、どっちも一応一撃で倒しはしたかな?
まぁその事はいい。
シバケンの助言に従うにしろ、独断で戦うにしろ狙う場所は変わらない。
言っても弱点が目に見えてわかるのは便利だ。
活用しない手なんてあって無い様なもんだ。
「相変わらず黒点、だな」
「あぁ違いない。どんなに頑強な盾を持っていようと『本質』へのダメージを防げるわけでは無い。ホクロは奴のケツに設置してたはずだ」
「ほんじゃ、ぐるっと回り込むか」
「それが良いだろうな」
シバケンは顎に手を添え、うんうん、と頷くと木の枝に足をかけて、慎重に木を降り始めた。
シバケンを追い越して音を立てない様飛び降りる。
「それじゃちょっと待ってろよ? ダンゴムシのケツにこの黒くて硬くて長いブツをぶち込んでくるからよ」
「おい、その表現はよせ。俺の愛刀が汚れるじゃねぇか」
未だ幹に掴まって降りているシバケンに剣を抜いて構えてみせる。
「あ、そういえば豆知識を教えてやる。刀には特別な名前を与える場合があってだなーー」
「ふむ、持ってみたけど悪くない剣だな。なんて言うか、うん、綺麗だ」
黒色の波打つ波紋が美しい。
黒い金属と銀色の金属ーーこれは鋼だろうーーが織りなす模様は、剣に明るくない者でも十分に良い物であるとわからせてくれる。
ただ、俺の素人丸出しの品評にシバケンは眉間にしわを作り、なんとも言えない顔をしている。
そんな彼の顔を見て、いたたまれなくなり剣を鞘に戻し、俺は足早にその場を去った。
あんな嫌な顔しなくてもいいのにな。
そんなに豆知識を
「そいつの名は
背後から掛けられる厳格な声音。
まるで汚すことを許さないような、特別な意志、あるいは特別な気持ちを感じさせる声だった。
「おう、覚えとこう」
「あぁ……そうしろ。きっとお前には因果な刀になるからな」
「……?」
シバケンは最後に小さな声で呟いた。
だが、俺には彼が何を言っているのかはよくわからなかった。
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