第21話 不解空の覇者

 

 散乱して襲いかかる光線の嵐をしりぞけ、俺たちは再び断崖絶壁だらけの岩肌に戻ってきた。


「戻っても仕方ないんじゃないか?」

「うむ、仕方ないっちゃ仕方ない。が、あそこにトリアトノースがいる限りは森道にポーラちゃんは来ない」

「どうしてそんなことがわかる?」

「パターンだ。この異空間を形成してる異形こと主要不解四体は絶対同じ場所には現れない」

「なんでだ?」

「……わからない、が、およそなんらかの法則に従ってかれらは活動してる。人間には観測できない制約がそこにあるんだろう」


 納得のいかない話だ。


 本能で生きる動物ならばルールや法則などに縛られはしないだろうに。


「理解しようとするな。不毛だ。りんごが木から落ちるように、そういうモノなんだと受け入れるしかない」

「ふむ、不思議な存在だな」

「まったくな」


 シバケンは脱力してその場に座り込んだ。

 近くの岩に向き合うようにしてあぐらをかいている。


「何をする気だ?」

「ポラレトノイドを呼び出す」

「呼び出すだと? そんなことができるなら何で始めからやらない?」


 岩壁に向かって杖を突き立てるシバケンに疑惑の念が募っていく。


「はぁ……見ればわかるだろ? 疲れてるんだ。呼び出すには残存する僅かな魔力を、触媒として魔法陣に練りこまなきゃいけない」


 イライラしてるのかシバケンはまくし立てるように早口で言った。


「それに確証はない。呼び出せるかもって、だけだ期待はするな」

「そうか……」


 シバケンはこちらを一瞥し、鼻を鳴らすとグリグリと杖先を岩に擦り付け始めた。


 金属のような質感を持つ杖は、岩に擦り付けられると潰れ始めた。


 まるで杖が黒いチョークになってしまったみたいだ。


 シバケンはそんな杖を使って模様を描く。

 その模様には規則正しく描かれた円形の内側に、たくさんの記号が割り振られていた。


 一定の規則性を感じるその黒い模様が完成すると、シバケンは肩を上下させて苦しそうに息を吐き出し始めた。


 キョロキョロと隅から隅まで模様をチェックして、ようやく満足したのか尻餅をついてやりきった顔になった。


「はぁ、はぁ、よし、これで良い……」


 模様に手を触れ膝立ちになる。

 俺はただ黙ってそれを傍観する。


「これは、待ってればいいのか?」

「あぁ……そうだ。少し待っていろ」


 シバケンは掠れた声で言う。

 眉間にシワが寄せて機嫌が悪そうだ。

 というかすごく体調も悪そうだ。

 本当に大丈夫だろうか?


「はは、まさか本当に……。悪夢の法則の一端を暴いてしまったわけか、はは」


 中空を見つめ独り言をつぶやくシバケン。


 その薄紅色の瞳はどこか焦点が合っていそうで、特に何も見ていないような気もする。


「ッ、何してる、アダム。ポラレトノイドが来る、さっさとぶっ倒してくれ」

「来るのかいッ、言わなきゃわからんぜ⁉︎」


 とっさに構えて周囲を警戒。


 近づいてくる様なおかしな気配は感じないがーー。


「アダム、ポラレトノイドは、ちょうちょチックな見た目してるんだ」

「ん、つまり?」

「奴は飛ぶ」


 シバケンの遅すぎる情報提供と彼の視線、五感の反応に従い、すぐさまシバケンを抱えて、その場を飛びのいた。


 視線を戻せば砂煙舞う崖道だ。


 先ほどまでいた地面は粉々になりなり、ポロポロ落ちて崖下へと消えていっていく。


 代わりに視界に入ってくるのは異形の姿。


「飛ぶことを早く言えって‼︎」

「悪いな。伝えるのも面倒で、億劫だったんだ、はぁ〜……あとは勝手に倒しておいてくれないか」

惰性だせいの極みッ⁉︎」


 人の腕の中で寝始めたシバケン。


 気づけば眼前か風の塊がぶつかってきていた。


 羽ばたく猛風に煽られるが、俺は体を吹き飛ばされないよう全剣圧をもって耐える。


 邪悪さと奇怪さをバケツいっぱい加えられた、不思議なちょうちょ、それがポラレトノイド。


 さらさられる風の爆弾は耐える俺の肉体と腕の中のシバケンを、崖の下へ落とさんとばかりに突き刺さってくる。


 落ちても俺は大丈夫だが、シバケンはまずい。


 衝撃をある程度コントロールすることは出来るが、自分と同時に他人のモノまで操った経験は流石にない。


 仙人から学んだ秘術の使用を頭の片隅で考えておく。


 今はとにかく飛ばされない事が最優先だ。


 足を上げたら飛ばされかねない。

 よって地面に足をつけながら押し込むようにして、足首まで埋めて体を固定した。


「気持ち良いそよ風なこった。ありがとなポーラちゃあん」

「むにゃむにゃ、おごるのは愚か者のすることだぞ、アダム」

「違うぜ、シバケン。強者がやれば貫禄かんろくってもんさ」


 目が開きにくくなっているシバケンは再びムスッとしてしまった。

 俺の戦闘スタイルがお気に召さなかったようだ。


 そんなこんな余裕の会話をしていると、ふと暴風のような風が止んだ。


 ポラレトノイドは自身の風起こしが、効果を成していないことに気づいたらしい。


 羽ばたきをやめ、巨大を活かして突進してくる。


「来るぞ」

「しっかり掴まってろ」


 数十メートルはありそうな巨体が、岩壁を崩しながら迫ってくる。


 圧巻の光景に只者なら怖気付いてしまうところだ。

 ただ俺はあいにくと只者じゃない。

 自称でも他称でも。


 そう思うだけの才能が現にあるし、自信を裏付ける研鑽を積み上げてきのだから。

 でなければ逆に、家族をないがろにしてまで積み上げた力が偽物ということになってしまう。


 それだけはありえない。

 あっては、ならないんだ。


 一瞬で迫り来る巨体。


 その背中スレスレを前転宙返りですれ違う。


「ッ、わぉ、やるじゃないか」

「そうだろう? 俺は興行者としても優秀なんだ」

「うっ‼︎ 前みろ前だ‼︎」


 ぐいっと押される頬。すぐさま飛来する銀線ーー。


 咄嗟とっさに一つ目のソレを掴みとり、感触的に硬いことを悟る。

 そしてソレを用いて続く三発飛来したソレを打ち落とし、小脇の抱えたシバケンを守護し切った。


「はね?」

「よくわかったな。凄いぞ、アダム。そりゃ羽だ」


 俺がとっさに手に握ったのは銀色に光るデカ羽だった。

 小脇からイライラする返事が返ってきたので間違いなさそうだ。


「そいつに『剣気圧』を流してみろ」

「ん、なんだ、けんきあつ?」

「……何をとぼけてーー、む、来るぞッ‼︎」


 シバケンに言われるまでもなく気づいている。

 飛来する微妙に揺れる変則軌道の銀の光たち。


 月明かりたちを反射し、なおかつ高速でぶれる羽たちの飛翔は、尋常の手段で凌ぎきるのは困難を極めるだろう。


 そう、アダム・ハムスタじゃなければね。


「うらぁあぁあァァアッ‼︎」


 視界を覆い尽くさんばかりの羽のスコールを動体視力の限界に挑みながら見切る、見切る、見切るーー。


 小脇のシバケンが顔を真っ青にして口元抑えてるが、それも気にせずに、上体の高速振動もかくやという速さで振りまくる。


 羽たちをしりぞけるため手に持つは即席武器「『鎧圧』を流した羽」こと「羽根剣はねけん」だ。


 ーーギャンギャンッ


 ぶつかり合っているのは羽同士のはずなのに、とてもそうは思えない重たい金属音が響き続けた。


 手に伝わる重厚感、振動もまさしく金属のそれだ。

 一体どうなってるのか気になりながらも、気づいた時には俺はすべての羽を打ち落とすことに成功してた。


 無我夢中で羽根剣を振り回していたが、これで窮地は脱したとみてよさそうだ。


「うげぇ……頼む、降ろしてくれぇ……」

「弱音を吐くなよ。ほら、まだまだくるぞ、シバケン」

「弱音どころが、ブツだって吐けるレベルだ。頼むから、マジで無理無理むにむにむにーー」


 本気で嫌そうな顔するシバケンに構わず続く羽射撃第二波をはじく。


 吐きそうなシバケンを小脇に挟んだままだが仕方ない。これも軟弱なコイツを守るためだ。


「ん、攻撃が止んだな」


 何事かと上方で羽ばたいていた、ちょうちょを見上げる。


「なんかあの鳥野郎、痩せてないか?」

「うげぇ……羽が抜けきったんだろ。あいつ馬鹿だから頻繁に全羽撃ち切ることがあんだ。うげぇ……」


 えづきながらも小脇から回答解説が返ってくる。


 そんな俺たちの会話を見て油断と判断してのか、ポラレトノイドは急速に降下を始め勢いつけはじめた。


 地面スレスレで軌道を水平に変更し、かなりの速度で突貫をしかけてくる。


「芸のない奴。撃つか、体当たりか。そんな引き出しじゃプロになって通用しないぜ?」


 迫り来る巨体を真っ向勝負で迎え撃つ。

 狙うは羽の抜けた翼の切断ーーとその時。


「あ、ホクロみっけ」


 上下させる翼の陰に空虚な先の見えない黒を見つけた。

 何度か見ているので間違いない、あれはシバケンの用意したという必殺ポイントだ。


 突撃に対して、始めジャンプして避けようとしていたプランを変更ーーすぐさまポラレトノイドの突進に合わせしゃがんで回避する。


 これでホクロを穿うがてばおしまいさ。


「ッ、おぉッ⁉︎」


 感嘆の声がとっさに漏れ出す。


 シバケンを後方へ放りなげて、しゃがみ回避のプランを変更ーー腰を落とした受け構えへ修正する。


 巨体が目の前で止まったのだ。


 ポラレトノイドの突進からのありえない急停止。


 生物的にも物理的にも不可思議な動き。

 あたかもそこに見えない壁があるかのようだ。

 目の前で見えない枝木にとまった、ポラレトノイドがデカイ足を突き出してくる。


 これは避けられないーーッ!


 とっさに判断し、全身の「鎧圧」を右手のひらに瞬間で動員する。


 迫るは不解の足爪。


 手のひらで重たい死の気配を受け止める。


 こいつ、蝶のくせにたかみたいな足をしていやがるな。


 ーーバギィンッ


「ぐぅッ‼︎」


 体重に物を言わせた鳥足キックに大きく体幹を削られ後退した。

 前方の火花を散らした鳥足は、纏う死気を薄れさせていく。


 初見にしては上手く凌げた。

 よく反応したよ、俺、ちょっと危なかったぜ。


 夜月に照らされる薄い「鎧圧」の層は表面にヒビひとつ入ってはいない。

 真に良いアダム・ハムスタ自慢の盾だから当然か。


「アダム、気をつけろよ。お前が強いのはなんとなくわかるが、相手は不解だ。通常の戦闘勘は役に立たない場合がある」

「そうみたいだな。尋常の手段では攻撃を当てることすら叶わない気がしてきたぜ」


 よたよたと後退して、不解から距離を取るシバケンは苦い顔で言った。


「おい、何してる? 逃げないのか?」


 距離はとるものの、シバケンは戦闘区域から決して離脱しようしない。


 俺としては邪魔だから早くどこかへいって隠れててほしいのだが。


「いや……最後の仕事の為に、俺も戦闘勘を取り戻しておこうと思ってな。長らく逃げてばかりだったから」

「最後の仕事? お前も戦うのか? ハッキリ言って足手まといにしかならないと思うが」


 遠くで睨みを効かせてくるポラレトノイドから目を離さず、肩越しにシバケンと会話する。


「大丈夫だ、その時には少しは動けるようになってるはずだからな。相手の動きを知ってるのと知らないのとじゃ戦闘の運びは大きく変わってくる」

「そうかい。ま、好きにしろ」

「あぁ……それじゃ俺はここで観させてもらおうか」

「グロォォォォォオオーッ‼︎」


 ポラレトノイドの怒りの咆哮によって会話は締められた。


 岩場の各所に亀裂を走らせる音の振動は、痺れを切れした怪物の感情だ。


 案の定、ポラレトノイドは再び突っ込んできた。


 相手を観察する思考力はあるようだが、我慢弱いらしい。ポーラちゃんの弱点ひとつ発見だな。


 突進の威力から繰り出される鳥足キックーー予備動作から、続く一連の動き。見切った。


「尋常の術では敵わない、ならばーー」


 軽く腰を落とし、脱力した両手を胸前で構えるーー。


 羽根剣は手放しているが、極度の集中力の働く知覚世界では、それすら地面に落ちるのをノロマに感じる。


 攻撃に殺気が含まれていない。

 これはさっきのフェイントか。


 眼前に迫る巨大質量に怖気ずかず、柔らかく構え続ける。


 鼻先で止まる鳥足。

 読み通りの展開だ。


「ーーポラレトノイド、見切ったり」

「グロォォォオオオッッ‼︎」


 突進の威力が眼前にて、完全に消失した直後。


 濁流だくりゅうのような殺気が肉薄した。

 当たれば即死は免れない、濃密な死の気配がプンプンする風。


 ポラレトノイドは翼を豪快にぶん回していた。

 どこから湧いてきたのかわからない加速力を持って、空中静止から最高速度を容易に叩き出す珍妙な攻撃ーー。


 なるほど。

 なんらかの方法で速力を他の部位に移しているな。

 理屈はわからんが、仕組みはわかった。


 そんなことを頭の中で考える次の瞬間には、大質量の翼は凄まじい速さで俺の体を打っていた。


 足が地面より離れ、体が肉片に変えられるよりも先の、ごくごく短い時間。


 身体中に走る衝撃の大きさに舌を巻く。


 これは単純ガード不可だった。

 もし判断を誤れば明確な死が待っていたと思うとゾクゾクしてしまう。


「グロぉぉお⁉︎」


 ただ、まぁ、結局は判断を誤れば、の話だ。


 俺はミスをしない。

 だから気にすることではない。


 動揺して、ひっくり返る不解。


 それは勢いづいた翼打ちの衝撃力を、そのままポラレトノイド自身に送り返したからだ。


 ありえないカウンター。


 それによってポラレトノイドは大きく仰け反ってしまったのだ。


 数十メートルと、たかだか一メートルと七十センチ。両者のこの体格差を埋めたモノはなにか?


 それは技術ぎじゅつだ。

 獣には扱えぬ人のわざだ。


 攻撃を受けた際、真っ先に衝撃が走るのは生身ではない……「圧」の会得者にとってそれは「鎧圧」だ。


 かつて達人・宮本が伝えたという「秘技・仙道せんどう返し」の理論はこうだ。


 攻撃を受けた箇所から全身の「鎧圧がいあつ」へ衝撃を流す。


 流れた衝撃は巡り巡って、極小時間の後、最初に攻撃を受けた箇所へ戻ってくる。


 この衝撃へ気を合わせ、発散させることで対象にそっくりそのままの衝撃の威力をお返しする。


 文字で見れば何のことはない。

 だが、これが難しい。


 俺のような天才でなければ一生かかっても収めることは出来ない。自惚れじゃなく本気で言っている。


「見事だ、アダム・ハムスタ」


 背後から聞こえる賞賛の声。


 攻撃を返されひっくり返るポラレトノイド。

 翼の裏にある黒い空虚な穴が狙い目だ。


 隙を見逃さず、俺は手に作った即席の槍を黒穴に突きとおした。


「グロ、ぉおっ、オッ、ぉぉ、ぉおおーぉぉーッ‼︎」

「じゃあな、不解ポラレトノイド。今度会ったら空中で止まる技、教えてくれよな?」


 突いた手を黒点の中で開き、何かを掴んで引っこ抜く。

 勢いよく、命の灯火をかき消すように。


 鳥の羽を生やした蝶の翼を持ち、力強き鷹足であらゆる外敵を蹴り飛ばしたであろう不解空ふかいくう覇者はしゃ


 ポラレトノイドは俺を見つめながら崖下へ落ちていった。


「さて、それで今回は、と」


 黒い液体を吸収する地面を背景に、手に握った硬い物に視線をおとす。


「腕……だな」


 今回出てきた恒例の黒金属は腕。

 金属でできているので、もちろん動くわけもなく、銅像の腕が取れたみたいな品物だ。


「はて、奇妙な物ばかり出てくるな」

「本当にな、不思議な物ばかりだ」


 近づいてきたシバケンはすっと手を差し伸べてきた。

 渡せ、とでも言いたげな顔である。


「そんなにこれが欲しいのか? 何の役に立つ?」

「いいから寄越せ。単純に持ち主が俺ってだけだ」

「今は俺が持ってる」

「あぁ、そうだな。じゃあもういい、お前が持ってろ」


 シバケンはむすっとして歩き去っていく。


 別に怒ることないだろうに。

 短気なやつだぜ、まったく。


「おい、悪かったって。やるから」


 シバケンの背中に金属の腕をほうり投げる。

 下手したら怪我しかねないが、シバケンは機敏に振り返ると金属の腕を受け止めた。


「ふん、ありがとな」

「なんだよアイツ」


 シバケンは腕を杖と合体させ嬉しそうに言った。

 機嫌が良いのか悪いのかわからない野郎だ。

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