第20話 大事なのは順番だ

 

 杖つくシバケンに案内され進むことしばらく。


 険しい山道をそれなりの速度で走破してきた俺たちは、切り立った崖にさしかかっていた。


 わずかに道らしきものが残っているが、道の続きは奈落を越えた向かい側の崖に続いている。


 崩落があったのは間違いなさそうだ。


「手、貸しやろうか?」


 シバケンの杖をそれとなく視界に収め、優しさアピール。

 薄紅色の瞳がこちらを見つめ返して来る。


「いや、平気だ。俺のことは気にせず、先にいけ」

「ふん、そうかい。わかったよ」


 善意で言ってやったのに素気無いやつだ。


 言われた通りシバケンのことは気にかけず、ヒョイっと、地面を蹴って向こう側の崖に飛びうつった。


「マウル、頼む」


 シバケンは一言そう呟くと杖を高くかかげた。

 すると、みるみるうちに杖は黒い流動体へ移り変わり、多量の触手生命体に、その形状を変化させていく。


 シバケンは触手の根元がある黒い球体に、手首まで突っ込んだままだ。


「マジでその黒いの何なの……」


 いい加減気に気になりすぎてイライラして来た。


 そんな当たり前にやるんじゃねぇよ!

 俺にも説明してクレヨォンッ!


 魂の叫びはシバケンには届かない。


「ん、やはりソロモンの補助なしじゃ難しいか……仕方ない、アダム」


 シバケンは脱力して首を振ると俺の名前を呼んだ。


「なんだよ」

「その……やっぱり助けてくれ」

「んだよ‼︎ 強がらずに最初から言えって‼︎」


 一旦戻り、シバケンを抱っこして崖を渡ることになった。



 ー



 森道を進む。


 灰色の木々からひらひらと葉っぱが落ちている。

 こんな死んだ世界ではなく、紅葉とした風景だったならば、さも美しい景観となったことであろう。


 この世界に色がないのが残念だ。


「この道は山の頂上ふきんにある由緒正しき寺、光徳寺に繋がっている」

「それじゃ、ふもとからずっと参道が繋がっていると? 随分と大事なお寺なことだ」

「現実世界のゲオニエスにももちろんあるぞ。むこうに戻ったら行ってみるといいんじゃないか」

「俺はいい。神仏への信仰心なんて持ち合わせてないからな」

「奇遇だな、俺もだ」


 薄く笑うシバケン。


 ふむ、彼ともそれなりに打ち解けてきたかな。


「むむ、気をつけろよアダム。おそらく不解が近づいてきている」 

「なんだ、そんなことがわかるのか?」


 腰を低くし、木々の間を探るように目を凝らしてみる。

 すると視界の隅で何かが光ったような気がした。


「ッ‼︎ 避けろアダム‼︎」

「何かーー」


 かたわらで怒鳴り声が聞こえた瞬間ーー視界を埋め尽くさんばかりの、太い星光せいこうが向かってきていることに気がついた。


 一も二もなく横っ跳びにローリング回避。

 転がるついでに、もたもたしていたシバケンをキャッチして一緒に光を回避する。


「あ、あぶねぇ……‼︎」

「なんだありゃ?」


 シバケンは肩を息をしつつ手足のあることを確認し、ホット一息ついている。


「あの光線……まずいな、あれはトリアトノースだ」

「光でわかるのか?」

「あぁ。エイメンダースのはもうちょっと太い」

「もう一匹は?」

「ポーラちゃんはそもそも光線を撃たない。なにを当たり前のことを言ってるんだ」

「……おう。なんかごめん」


 ムッとして、常識だろ、と言外に伝えてくる歪んだ固定観念の持ち主シバケン。

 化け物どもと一緒に良すぎて、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


「ッ、くるぞ‼︎」

「掴まれ」


 のろまなシバケンの手を引いて、続く光線の乱射を身をひねって回避していく。

 シバケンに当たらないようにするのに少々神経を使うが、直線起動ゆえ、回避すること自体は困難ではない。


「アダム、撤退だ」

「なんだよ、尻尾巻いて逃げるのか? 多分、アイツも楽勝だぜ?」


 弱気なシバケンはそれでも、ダメだ、とかたくなに戦闘の継続を許可してはくれなかった。


「あの奥にいるミスターダンゴムシこと、トリアトノースはポラレトノイドの後に殺さなければ意味がないんだよ。いいから撤退だ、黙って俺に従え。追っては来ない」

「ちぇ、わかったよ」


 人の背中に乗ってるくせに、偉そうなシバケンに従うのはしゃくだ。

 けれど、こういう場合は状況をよりわかってる人間に判断を委ねるのは、間違いじゃないことを年長者の俺は知っている。


 経験からすれば、シバケンはそこのところがちゃんとわかってるタイプの人間だ。


 指示通り動くのはやむおえないだろう。

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