第19話 希釈された鳩蛞蝓
せこいシバケンと共に階段を登りきった俺は、さっそく何やらおかしな存在と遭遇していた。
「アダム、あれがゲーイポトフだ」
「言ってるそばから普通に出てきたな」
「奴は、不解四天王の中でも最弱の雑魚だ。ここら辺に配置されていてもおかしくはない」
シバケンはウキウキと楽しそうに語る。
どう形容していいのかわからない、まさに異形の化け物ゲーイポトフ。
強いて言うなら溶けたハトような形状だ。
デカく、体長は二十メートル前後あるだろう。
地面をナメクジのように蠢くさまは不快感以外の何ものも、見るものに抱かせない。
さらにゲーイポトフはしきりに体を震わせては、蒸気のような気体を体から排出している。
これもまたえらくキモい。
「今日のゲーイポトフは調子良さそうだな。みろ触角がピンと立ってるだろう?」
「そんな飼育してるペットみたいに言われたってわからんぞ」
シバケンがゲーイポトフの上方を指差しているのはわかるのだが、肝心のピンと立った触角が見当たらない。
あのいっぱい生えてる毛みたいなやつの事か?
「まぁいい。俺はそれなりに付き合い長いからわかるってだけだ、気にしないでくれ」
「なら言うんじゃない」
不必要な発言にバードウォッチングでもしてるのかと、シバケンを叱りたい気分になるが、ここはグッと堪える。
「でだ、アダム。正直言ってアダムの攻撃力だけでゲーイポトフを倒すのは難しいと思う」
「む、聞き捨てならない言葉だな。このアダム・ハムスタに不可能はない。それに試してみないとわからないだろう?」
「まぁゆっくり挑戦してみるのも悪くはない。が、おそらくゆっくりと可能性を模索している時間はないはずだ」
シバケンのくもる表情に、この灰色の世界にくる直前を思い出す。
「多分、俺がソロモンと離れたせいで現実世界への影響が少なからず増していると考えられる」
「ああ、ミクルもコート着た連中もみんなおかしくなってたぜ」
「ぇ……まじかよ、それやべぇじゃん……」
シバケンの顔から血の気が引いていく。
どうやら彼が予想していたよりも事態は深刻な状況らしいな。
「それならさっさと不解たちを倒さなければいけまい」
「その、さっきから言ってる、不解って、一体なんの事言ってるんだ?」
「ん、あいつの事に決まってるだろ」
前方で動く溶けたハトを指差すシバケン。
なるほど、異形の名前は不解と言うらしい。
シバケンはまっすぐにある一点を指差して続けた。
「アダム、ゲーイポトフの胸がわかるか? ちょっと膨らんでるハト胸みたいな場所だ」
「見える。ふさふさした所らへんだろ?」
「違う、それは触角だ。もっと下の方だ」
姿を言い表しにくいために、簡単なやり取りでも時間が掛かって仕方ない。
何度も修正されたのち、ようやくゲーイポトフの胸の場所に確認した。
するとゲーイポトフの胸に、ホクロのような真っ黒い点がある事に俺は気がついた。
「あれは俺が打ち込んでおいた必殺ポイントだ」
「必殺ポイント?」
シバケンは自信満々の表情で誇らしげに笑う。
「あそこを十分な威力の攻撃で破壊してやれば、ゲーイポトフは『本質的に死ぬ』。
俺自身は、訳あって不解たちにトドメをさせないから、アダムにやってもらうしかない」
「普通に倒せないって言えばいいのにな」
「むっ、戦闘能力という意味では俺でも十分にやれるさ」
シバケンは眉根を寄せ、対抗心むき出しの子供のように拗ねてしまった。
まだまだ若いねぇ、シバケン君も。
変な言い訳しないで助けてくれって言えば、おっさん意地悪しないのに。
じっと睨み効かせてくるシバケンに肩をすくめて、俺はサッと物陰から溶けた広場へ移動する。
「アダム、あんたプライド高そうだから言っておくけどな、絶対に黒い点狙えよ?
そいつらには『本質』以外へのダメージをカットする法則が適用されてる。トドメはさせても、通常攻撃しか使えない奴はまず手も足も出ない」
「わかってるって、おっさんに全部任せときな」
シバケンの神経質なまでの忠告を背後から受けて、おざなりに手をひらひらさせる。
言ってることはよくわからないが、とりあえず黒い点はウィークポイントなのはわかった。
そんでもって通常攻撃?
攻撃に特殊も普通もないだろうに……魔法のこと言ってんのかな?
首を傾げてシバケンをかえり見るが、当の本人は「なんだよ、早くいけよ」と、顎を動かすだけだ。
要領を得ないシバケンのアドバイスは、役に立たない部類のモノだと割り切ることにしよう。
「そんじゃ、余計なことしないでそこに隠れてろよ」
「言われずともそのつもりだ。こっちは疲れてるんでな」
ひとこと言い残し、ゲーイポトフへ向き直る。
胸部のホクロのような点をしっかりと見据える。
時間がないので少し癪だが弱点を使うことにした。
「ふっ!」
足裏の地面が圧縮される感覚を持って、俺は予備動作すくなく中空に飛び上がった。
地の割れる音を遥か後方へ置き去りし、ゲーイポトフのハト胸ホクロに着地する。
「ヒュィィーーィィィイイーー」
途端、暴れだすハトナメクジ。
甲高い神性を帯びた空気の振動。
妙な胸騒ぎが生存本能を刺激してくる。
これは食らったらダメなやつがきそうだな。
ニュルッとした胸部に突き刺し固定した足首を、深く押し込み、さらに手でがっちりと、濡れた羽毛を握りこむ。
俺は回避ではなく攻撃の続行を選択した。
そして、それは結果的に正解なはずだ。
なせならゲーイポトフが不可思議な空気振動を発生させるよりも、俺の一連の挙動の方がずっとずっと早いのだから。
俺が出来るって判断したんだ、間違いは、ないッ‼︎
逆手に持ち替えた棒を思い切り、必殺ポイント黒点に打ちこむ。
「ィィィーーぎ、ャぁッぁ、アァあァァ、ァ、ァァッ⁉︎」
「いけぇえ!」
星の歌声でも響かせようとしていた清廉な声調は一瞬の後に、聞くに耐えない絶唱へ変わった。
棒をグリグリ動かし黒点の中を蹂躙する。
「じゃあな! ポルシチの妖怪。いい夢みろよ」
ハト胸を踏み切り台に、地面と水平に跳躍、金属棒を勢いに乗って引きぬいておく。
倒れ逝く巨体は最後のあがきとばかりに、無数の触手を、槍のように伸ばしてきた。
空中で姿勢制御を行い、身をひるがえして触手の猛威をいなしていく。
触った感じ硬度は金属並み。
全部筋肉でできているな、すごいパワーだ。
変幻自在で回避は困難か……ふっ、俺でなければね。
「とぅ‼︎ ほぉ‼︎ たぁ‼︎ 流石にそんなモノに貫かれたらひとたまりもないな‼︎」
自惚れてはみたものの触手攻撃の脅威度は高い。
十分に警戒して一発とて食らわないように、全ての攻撃を受け流し回避する。
そうして俺が地面へと帰還する頃、ゲーイポトフはついに力尽き崩れ出していた。
「ホロホロ崩れていくな」
「美味しそうな表現するな。アダム、そいつを取ってくれ」
「これか?」
「違う、そこら辺に何か硬いものが落ちてるだろう」
ヨタヨタと物陰から出てきたシバケンの指示で、ゲーイポトフの遺骸をまさぐるが、いっこうに何を取れと言っていているのかわからない。
「そうだ、多分それでいい」
「確信ないんか。ほら、落とすなよ」
ようやく見つけた黒い金属の板を投げわたす。
特有の鈍い光を見るかぎり、俺の持っている黒い棒と同じ材質のようだ。
「なんなんだ、その黒いのは。何に使うつもりだ?」
「はは、いいから見てろ。これで俺も少しはまともに動けるようになるはずだ」
シバケンは黒い板におでこを押し当てて、確信めいた表情をした。
「休眠の終わり、再び役目に従事せよ。俺に還れ、マウル」
「……大丈夫か、お前、ミクルより重症じゃねぇか」
成人してそうなシバケンが未だ、思春期特有の病気に侵されていることを心の底から心配する。
流石にその歳で病気引きずってるのはイタイな。
「放っとけ、もういい」
シバケンは不機嫌そうにつぶやくと、背筋を伸ばし手に持つ黒い板を素振りするように振った。
ーーギャリンッ
形状が変化して、一瞬で細長い歩行杖になった板。
「ふう、これで歩きやすくなった」
「ッ‼︎ なんだそれ‼︎ そんな機能あるのか⁉︎」
「ふっふっふっ、俺を馬鹿にしたアダムには教えてやらねぇけどな」
シバケンは手に握る黒いステッキを軽快に振り回し
俺も黒い棒を変形させようとブンブン振り回してみるが、変形する気配が
いったいどういう仕組みなんだ?
「無駄無駄」
「ケチってないで教えろよシバケン、この若造が」
「歳上ぶるな、俺の方が大人だ」
シバケンは杖の柄を手のひらにトントンし優越に浸った顔をしている。
ふと、何の前触れなく、彼の動きが止まった。
「ん? 待てよ、アダム。お前の持ってるその黒い棒って……どこで手に入れたんだ?」
「ん、これか? これはな巨人と猿……いや、今のは忘れてくれ。道端で拾ったんだ」
「馬鹿野郎か。巨人と猿だと? それって谷の下にいなかったか?」
「いや……鎖でなんか繋がれてはなかったな」
「墓穴掘ってんじゃねぇ、鎖なんて言ってないだろう」
目も当てられないとはこの事だ。
シバケンから視線を逸らして天を仰ぐ。
「ほら、よこせ。それは元は俺の物だ」
「うーん、でも武器あった方がなんとかダースの討伐早く終わるぞ?」
「エイメンダースだ」
シバケンはむっとした顔で真剣な眼差しを作った。
相当ご立腹だ。仕方ない。
俺は観念して黒い金属棒をシバケンへ渡すことにした。
「いいぞ。思ったより順調に事は運びそうだ」
「シバケン、その棒はなんなんだ。あと球も」
「……球?」
「先っちょについてるやつ、それ球だ。なんか引き付けあって離れなくなっちまったんだ」
「あ、これ一体型じゃないのか」
シバケンはそう言うと、棒の先端からメロンのようなデカめの球を力ずくで取り外そうとしはじめた。
「ぐっ‼︎ ダメだ完全にくっついてやがる、なるほど、離れないわけだ」
「んで、なんなんだ、それ」
汗を拭うシバケンに再度問いかけた。
「これは、というかこれらは、俺の武器たちだ」
「武器? 随分と変わった物を武器にしてんだな」
「ふぅん、俺に還れ、アウラ、タナポーラ」
「隙あらば、思春期病を楽しむな」
「違う、これは意味のあって行動だ。別に厨二を楽しんでるわけじゃない」
「ん、なんだそれ。ちゅうに……?」
聞きなれない言葉の返答。
シバケンは首を傾げ、なにか変なことを言ったのか、とでも聞き返してきそうな雰囲気を持っていた。
ちゅうに、びょう。
この世界特有の言葉だろうか。
「ところでアダム、元から俺のものとは言え、武器を奪ってしまった形になるが大丈夫か?」
シバケンは何気ない顔で黒い玉と棒を液状に形態変化させ、ステッキと合成させつつ聞いてきた。
さも当たり前のようにやっているのが驚きだが、何度もびっくりするのは芸がない。
動じていない静かな雰囲気を作る。
「大丈夫だ、問題ない」
「そうか、ならよかった」
黒液を吸収しても体積の変化していない、不思議なステッキを片手にシバケンは意気揚々と歩き出した。
球と棒の重さはどこ行ったの、と聞きたいくらい物理法則を無視しているのに平気な顔してやがる。
やっぱり、おっさんでも気になるよ、それ。
「では、次の目標は……ポラレトノイドでいこうか」
「何だっていいさ、どうせ相手じゃない」
「まぁ倒す順番がいろいろあるんだけど……そうだな。アダムは俺の言った奴をただぶち殺してくれればそれでいい。それがお前の仕事なのだから」
「ムカつく言い方だ」
俺たち2人は、山の頂上を目指して歩き始めた。
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