第18話 契約詐欺

 

 元気になったシバケンの案内で先の見えない階段を登る。

 彼いわく俺には絶対に倒して貰いたい異形がいるらしい。


「異形ってのは一体何なんだ?」

「異形は、そうだな、なんというか……なぁアダム」


 シバケンは蜘蛛の粘液を使って、無造作に伸びた髪の毛をオールバックに仕込みながら口を開く。

 とりあえず、何をしてるのかは聞かずに、この若造の頭がイかれてることを疑った方がいいだろう。


「アダム、お前は宇宙うちゅうを知ってるか?」

「う、ちゅう? 聞いたことがないな」

「そうか……お前の世界はまだ観測できてないんだな」


 シバケンは首を振り脱力したように微笑み、艶々したオールバックを撫で付けてた。


「はぁ〜……そうだな、異形の話だったな。異形ってのは簡単に言うと、というかそのまんまなんだが、その姿形を形容しがたい存在のことだ」

「本当にそのまんまだな」

「いや、意味合い的にはそうなんだが、どちらかっていうと見た目や姿はさして重要ではない」


 シバケンは木の枝を突きながら、階段の遥か先、山の頂上付近を見上げている。


「彼らは、地上からずっとずっと遠い場所、宇宙そらの向こうからやってきた」

「空の向こう側、か。天使か何かなのか?」

「天使か。あながち間違いではない、かな。彼らは俺たち人間よりずっと『まことの神々』に近い存在だからな」


 シバケンは疲れた顔で肩をすくめる。

 どうやら彼らが相手しているのは随分と「ヤベェ奴」らしい。もしかしたらネオボクシング20階級制覇よりやばいかも。


「ミクルや、あのロングコートの集団は天使を倒すための組織なのか?」


 シバケンが俺にやって欲しいことはわかった。

 話の方向をずらし、彼らが何をしているのか、という興味を満たすための質問をする。


「いや、普段はガチもんの異形なんか相手にはしないさ。もっと常識的な奴を狩ってる。とは言っても世にも恐ろしい怪物ばかりだがな」

「怪物狩りのハンター集団か。イカすじゃないか」


 俺は冗談めかして肘でシバケンの肩をつつく。


「……あぁ、そうだな。少し喋りすぎたか」


 しかし、シバケンの反応は冷たいというか、落ち着いたものであった。

 口元を抑えて思案顔になっているシバケンからは、これ以上は何も話してくれなそうだ。


 仕方ない、それでは本題に入ろう。


 肩を鳴らして、兼ねてより実行しようとしていたフェーズに移る。

 娘似の子供にやるには気が引けたが、この兄ちゃんなら別に気がとがめることもないだろうから。


「そんで、シバケンさんよ。なぜ俺がその異形とやらを、倒さなくちゃいけないのか理由が欲しいんだが」

「ふぅん、世界を救うため、じゃダメか?」

「悪くはない、だがもっと現実的に報酬が欲しいな。神様と一戦交えるんだろ? 相応のファイトマネーが欲しいところだ」


 親指と人差し指を擦り合わせて、いやらしさを演出する。

 正直なところ報酬なんて別にいらないのだが、ただ働きさせられるのはこちらのプライド的にちょっとしゃくだ。


「わかった。どちらにせよ異形を倒すまではこの悪夢を抜けられない。異形を倒し、無事お前が生きていたならば、我々はアダム・ハムスタに一生遊んで暮らせるだけの報酬を約束しよう」

「口約束か? 信用できないな」


 意地悪にハッパをかける。


「はぁ……脳筋を呼び出したはずだが思ったより周到な奴だな……」

「なんか言ったか? シバケン」

「いや、何も。ほら手を出せ、なけなしの魔力を使ってやる」


 シバケンの差し出してきた手に俺の手を重ねる。


 彼はぎゅっと俺の手を握り、懐から木のえだを取り出すと、その先を手の甲に押し当てた。


 騎士学校の魔術師コースの生徒が使ってた物とよく似ている。


 つまりつえということになるのだろうか。

 シバケンは魔法を使える人らしい。


「今ここになんじらの運命うんめいを重ね合わせん、源泉げんせんの悪魔が誓約せいやくするーー<<トールナ・ロビン・ベルモット>>、ーー続く契約のいしずえとなれーー<<ドット・パージ>>」


 シバケンは額に汗を浮かべながらはっきりとした声で言った。

 一方で俺は息を呑み、シバケンと俺の周りに脈動する力の波動を肌でピリピリと感じていた。


「ふぅ〜……いいぞ、アダム。約束を取りつけろ。出来るだけ簡潔に頼む」


 シバケンは瞑目めいもくしたまま、わなわなと唇を震わせてゆっくりと言った。


 かなり辛そうだ。

 これは言われた通り簡潔、かつ素早くやってしまった方が良いな。


「んっん。俺、じゃなくてアダム・ハムスタは異形を倒す事をここに約束しよう。

 そしてシバケンはアダム・ハムスタが一生遊んで暮らせるだけの報酬を用意する事を誓う、誓え、誓いますか? ん? あれ?」

「無駄な箇所が多いが、まぁいい。んっんぅ。……我々はアダム・ハムスタが一生遊んで暮らせるだけの物を、ゲーイポトフ、ポラレトノイド、トリアトノース、エイメンダースの討伐報酬として用意することを、誓おう」

「ん……?」


 シバケンの誓約が終わったタイミングで、周囲を取り囲んでいた空気が弛緩しかんしていくのがわかった。


「魔法を使って俺とお前の間に破れない誓いを立てた」

「……お、おう、なるほど」


 いくつか気になることがあるが、おおむね魔法を使って約束を破れないようにした、とかで解釈としてはいいのだろう。

 ただ、それよりも、俺には気になる事があった。


「さて、それでは行くかーー」

「ちょっと待て。最後のなんだよ」

「ん、なんだよってなんだ?」

「いや、とぼけるんじゃない。ポルシチ、ダース、ポルノグラフィティ、トリケラトプスみたいなこと言ってただろう」

「あぁ……そう言えば、言ってなかったか?」


 シバケンはさも忘れていたかのようにぽりぽりと頭を掻き、面倒くさそうに顔を向けてきた。


「アダム、あんたに倒して欲しい異形は四体いる」

「これは……契約詐欺だな」


 シバケンは存外にせこい奴だった。

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