第17話 待ち人来たり
「うぉー‼︎ はっははっー‼︎ フォーーッッ‼︎」
ーーパコォンッ
バットと硬球の要領で、金属の球をひたすら打ちだしつづける。
ーーパコォンッ
山のふもとにて集結していた巨大蜘蛛の集団が次々と爆散し、砕け散っていくさまは爽快だ。
打ちだされた金属の黒球は、しばらくすると戻ってくるので、俺はそれに合わせて淡々とヒットを繰り出すだけでいい。
コツを掴んだ今では百発百中の名シューターだ。
灰色の殺風景な街並みは、爆裂する蜘蛛たちの死骸によって鮮やかに彩られるのだ。
山の頂上へと続く、登り階段の入り口となっている門は、飛び散った蜘蛛の体液ですでにベトベトだ。
「あれは浸透しないのか」
帰ってくる黒球を打ち返し蜘蛛を蹴散らしながら観察を続ける。だが、彼らの半透明の体液が地面に溶け込むような雰囲気はない。
「この土地、めちゃくちゃ水はけが良い説は否定されたな」
飛びかかってくる蜘蛛。
黒球は遥かに前方に打ち出してしまっている。
俺は黒棒をひょいっと立てて、瞬き半分だけ待機を選択した。
ーーベチャアァッ‼︎
蜘蛛は戻ってくる鉄球の豪速に、背後から打ち抜かれ、ネバネバした中身を撒き散らして絶命した。
「……チッ」
鉄球が奥手から手前に貫通したため、蜘蛛のネバネバが俺の全身にぶっかかってしまったのだ。
「あーもう、最悪だ」
悪態をつきながら眼鏡に張り付いた体液を拭き落としていく。
「はぁ……ぁぁ、もう無理、無理だ、歩けない……」
「クソ、汚ねぇなぁ、もう、あぁ汚い……ん?」
ネバネバを黒棒で擦り落としたところへ、どこからか弱気な声音が聞こえてきた。
人の声だ。視線を向ければ、山へ続く階段から誰か降りてくるところだった。
薄よごれた眼鏡をかけ直し、焦点を合わせる。
ふらふらなんてもんじゃない、グワングワン体を揺らし木の棒を支えに、こちらへ向かってくるのは黒髪の男だった。
灰色に染まった世界とは裏腹に、その男の体はたしかに色付いており、殺風景に慣れてしまった瞳に新鮮な印象を与えてくれる。
「っ、ひ、ひと?」
俺に気がついた様子の男は硬直し、じっとこちらを見つめきた。
だが、すぐに木の枝を放り捨て、男は走り寄ってきた。
「た、助けてくぅれ……ぅ、汚な、クセェ⁉︎」
「いきなりすがりついてきて、失礼な野郎だな」
黒髪の男は、俺の体が蜘蛛の体液に染められていたことに気づいたらしく、嫌そうな顔してすごい速度で後ずさった。
なんて正直な奴なんだ。
「あぁ、ごめん……本当に臭くって」
「友達感覚じゃないか。なんなんだお前は」
黒髪の男はマジで近づきたくない、という不快感を隠さずに顔にだす。
しかし、その顔はやつれきっており、服もボロボロの擦り切れていることから、ゆかいな挙動ほどの元気は無いとすぐにわかった。
「あんた、名前は? ぶっ殺してきた化け物たちとは違うようだが?」
怯えているのか、それともただ汚いから近づきたく無いのか、しゃがんだまま動こうとしない黒髪の男へ手を差し伸べる。
ふと、その時、俺は男の顔に既視感を覚えた。
まじまじと男の薄紅色の瞳を見つめてみる。
「俺は……シバケンだ」
「シバケン、か。俺はアダム、アダム・ハムスタだ。よろしくな」
黒髪の男はそっと俺の手を取り立ちあがった。
この男の羽織っている服、擦り切れて随分短くなっているが元はロングコートだ。
それも上質な革を用いた黒色のコートだったはずだ。
ヨロヨロと立ち上がった男を観察し、身につけている品々が使い古されボロボロではあれど、一級品の装束である事を把握した。
それらは、ミクルに案内された地下遺跡にいた人物たちの服装ととてもよく似ている。
そして決定的にこの男の装備と、合致する物を身につけていた人物を俺は知っていた。
「シバケン、お前がミクルの言っていた『彼』だな?」
「……ぅぅ、ん? みくる? ミクルって、もしかしてミクル・アゴンバースか……?」
「ん、そうだ」
「あぁ、そうかよ、懐かしいなぁ……そうかぁ……」
シバケンは含みのある笑いをしてうつむいて目元に影を作った。今にも天国に登りそうなほど良い顔をしている。俺は確信してニヤリと微笑みがこぼした。
「俺はやりきったんだな、うぅぅ……ぅぅ、ぅ」
「ッ、おいおいどうしたシバケン? いきなり泣きだすなよ」
「ううぅ、悪いな。うぅ、ちょっと堪え切れなくて」
うんうん、と頷きながらシバケンは俺の手を払いのけ力強くひとりで立った。
その薄紅の瞳には、先ほどまでの弱気な男とは思えない意志が宿り始めてーーいや、戻って行っているようだった。
「アダム、ハムスタと言ったか。お前だけが頼りだ」
「あぁミクルに何度も言われたよ」
「そうか。それじゃアダムにやってもらいたいこと説明しようか!」
「やけに元気になったな……」
「終わりの見えないマラソンの先に、突然ゴールが現れたんだ。それが見えていれば人は、また走り出すことが出来るさ。少なくとも俺はそういう人間だ、アダム」
シバケンの言葉は、彼の過ごした時間の片鱗を俺に垣間見せてくれた。
気が遠くなるような時間。
彼は待ち続けたということ言うのだろうか。
そのゴールとやらが現れるのを。
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