第16話 色なき世界の豪猿

 

 谷底で巨人を倒した後、俺は山を目指して歩を進めていた。


 谷の下にいてもわかるほどに濃密、かつ禍々しい気配を山の頂きに感じたからだ。


 この世界すべてを抱擁するような膨大な力の波動は、すべて灰色のあのみねから流れ込むようにして広がっている。


 遠くを眺め天を突く、白き峰を静観する。


 雪が降り積もっているようで綺麗な景観だが、気配はこれまでに感じたことがない程にネットリして、気持ちが悪い。

 あそこにミクルの言っていた「敵」とやらがいるに違いないだろう。


 巨大な渓谷を、底から這い上がってどうにかたどり着いたのは市街地。上に登ってもやっぱりゲオニエスであった事以外に特筆すべき出来事はない。


 ただ、強いて言うなら少しばかり化け物の数が増えていたと言えるか。


「はっはっ‼︎ ふぅーほぉはははは、フォー‼︎」


 黒い棍棒を振り回して、灰色の街中を蹂躙跋扈じゅうりんばっこする、干からびたおっさんたちをぶちのめしていく。

 体がデカイだけで、致命傷となり得る部分は人間と変わらないらしいとわかった。


 ゆえに別段心臓ばかり狙わなくても殺せる事が判明したのだ。

 よって俺はストレスなく、この化け物どもを殺しまくることができていた。


「はっは! 格下狩りは最高だぜ! さて、お次はどちら様かな?」


 戦闘の余波によってボロボロになった街中を行く。

 背後で倒れゆく巨大な時計塔に構わず、気配をさぐり、どうやらこの近辺に敵が残っていないことを知った。


 なんだ、もうパーティは終わりなのか。


「思ったより楽勝な仕事だ。これならすぐにミクルを助けてやれるかもしれないな」


 今も苦しんでいるであろう少女の顔を思い出し、棍棒を握る手に力が入る。


 よくわからないままこの世界に来てしまったが、やるべきことはわかってる。それに誰かがいるみたいだし、事情ならそいつに聞けばいいだろう。


 唯一目的だけが定まっているだけでも、俺が行動を起こすには十分な理由となりえる。


 目的を定め実行する、その繰り返しによって何十年も研鑽を積み上げ来たことで出来上がった、俺の性格とも言えるかもな。


「そんでもって次のボスは君でいいのかな?」


 たどりついた灰色の公園。


 ーーバガァッ


 森林の向こうから飛び出してくる影を確認し、僅かに後退することで、衝撃のダメージゾーンから離脱する。


 巨体が鼻先3寸に落下した。

 瞬きせずにかつもくする。


「ふしゅるぅう‼︎」

「なんだ猿かよ」


 草木から飛び出してきたのは体躯のデカイ猿であった。

 身長は巨人の半分。

 それこそ五、六メートル程度だろうか。


「ん、お前も穴空いてる。なんだ、この世界じゃ体に風穴開けるのが流行ってるのかい?」

「ふしゅるるッ‼︎ ウギャギャーッ‼︎」


 胸部に穿たれた深淵の穴は巨人のそれとそっくりである。

 どこかに繋がっていそうなその穴を棒で突っついてやりたいが、そうは問屋とんやおろさない。


 突き出した黒い棒を猿にはたくように弾かれてしまった。


「ウギャギャアッ‼︎ ふしゅる、ふしゅるるぅうッ‼︎」

「おぉ、ブチギレたか?」


 大猿は胸に穴が空いていることを馬鹿にされて怒ったのか、地面を破壊する踏切でまっすぐ突っ込んでくる。


 別にそんな怒ることでもなかろうに。

 嫌な思い出でもあったのかな?


「よっと」

「ふしゅるぁ‼︎」


 サイドステップひとつ、ニアミスの回避をもって大猿の突貫をかわす。


 されど諦めずに、大猿は軌道を変え追いかけてくる。


 眼前に迫る大猿の腕。

 上体を大きく反らして回避。


 後方へ倒れこむ勢いを使い、一瞬だけイナバウアーの体勢で大猿を自身の腹に乗っける。


 刹那せつなーーすかさず同姿勢から打ち込むのは「剣圧」で膂力を強化し、「鎧圧」で重さと硬さ、ともに致命傷となり得るだけの層を重ねた膝蹴りだ。


 ーーボギィイッ‼︎


「ブジュ、ル、るッ、あぁ、あッ⁉︎」

「素人め、教育してやる」


 大猿は俺の重打に吹っ飛んでいき、木々の中へきりもみしながら落ちていった。


 落下地点を予測。

 森へ突っ走る。

 大猿が地面に帰還する瞬間を逃さず追撃をかけるためだ。


 森の中、俺から大猿までは数十メートル。

 十分に射程距離内だ。


 地を蹴る足に「剣圧」を集中させ、灰色の地面を爆散させながら、縮地で落下する猿に追い迫った。


「ふしゅーー」

「オラァッ‼︎」


 大猿が地面に落ちる前ーーかろうじてこちらの接近に気づいたようだ。


 俺は己の戦闘本能にしたがう。

 狙うは急所と思われる胸部。


 そして、ポッカリ空いた黒い穴に棍棒を下方から突き出した。

 上方から落下する重力加速度の働きが棒との挟み撃ちに補正をかける。


 それゆえに、ダブルの方向から勢いつけられた接触の力は、刃でもない黒い棍棒に大猿の空虚な穴を穿つだけの現象を作り出した。


「そこに手を突っ込むのはちょっと怖いからな。棒で失礼しますよー、はい」

「フ、しゅるゥシゅる、ル、る……ッ!」


 棍棒を突き刺した大猿を頭の上で振り回し、灰色の土の上に斬りはらうように打ち捨てた。


 それがトドメとなったのか、あえぐ大猿はそれ以降ピクリとも動かなくなってしまった。


「意外に耐久力ないなぁ。穴に突き刺したのが、そんなに効いたのか? それとも何か別の要因が?」


 白目をむく大猿のかたわらに近寄る。

 するとまたしても黒い液体が死体から流れ出し、灰色の地面に浸透していっているのがわかった。


 巨人と同じだな。

 血……じゃなさそうだが……。


 消えていった黒い液体の正体に想像を膨らませているところへ、ふと視界に光るものが映った。


「これは」


 大猿の胸部にて鈍く、そして黒く光るそれを手に取ってみる。


「球、か」


 黒く綺麗な球形をした水晶のようだ。雰囲気からして棒の材質ととても似ている気がする。


 棒の時と同じように投げたり転がしたり、蹴ったりしてみるが特にこれといった特徴はない。

 程よく重たい黒光りする鉄球なだけーーかと思われた。


「うーん、これもただの球……お?」


 棒とは違って使い道が思い浮かばない球であったが、俺はふとそんな球に不思議な性質を見つけてしまった。


「おぉ‼︎ これは、引き付け合うのか?」  


 地面に落ちた球に棒を近づけると、なんと鉄球は棍棒にくっついたのだ。


 それもかなりの勢いで。


 俺はその性質を知ってから、段々と鉄球と棍棒の引き合う力が強くなっている事にも気がついた。


 使い方次第では武器として使用する事も出来そうである。

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