第15話 谷底の巨人

 

 男の頭に触れた瞬間、俺という存在が何か大きな雲に包まれいくかのような感覚を覚えた。


 それはまるで逆らい難い強大な力に隔離されていくかのような不思議な感覚であった。


「ここは一体……?」


 視界に広がる景色に動揺を禁じ得ない。


 先ほどまでは地下遺跡っぽい陰湿な場所にいたのに、現在目の前に広がるのは殺風景な荒廃の灰色だ。


 空は赤黒く染まり、異質な雰囲気を内包する。


 首を傾げて視線を泳がせれば、すぐ隣に灰色の都市のようなものが見えており、

 騎士学校のあったゲオニエスを彷彿とさせるゴシック様式の建築物が立ちならんでいるのが見て取れる。


「というか、ん、あれ、ここゲオニエスじゃね?」


 謎の既視感ーーというか、つい最近見たばかりの建物の数々が、脳内の記憶から引っ張り出される。


 ふむふむ、やはり見ている角度が違うだけだな。

 ここゲオニエス、だ……なぜか全体的に灰色だけど。


 酒場でみた光景から計算して、自身が谷底にいる事までは判明した。

 問題はどうして俺はゲオニエスに戻ってきてしまったのかというところだろう。


「あの男の頭に触ったからか。ふむ、そういやなんだかこの世界に来た時と状況が似てるな」


 ミクル曰く俺は元の世界から「敵」とやらを倒すために連れてこられた存在らしい。


 その為に地下闘技場で勝利の余韻に浸っていた俺は、やかましい茶髪との相部屋に強制召喚されたのだ。


 となるとミクルの全てを託すかのような顔からして、ここにその「敵」とやらがいるのか。


 そんでもって「彼」に会えとか言っていたがーー、


「グルルゥ……」

「そういや、さっきから気配がチラホラとあるな」


 およそこの灰色の世界で自分のやるべき事がわかった手前、岩陰から干からびた男が現れた。


 かなり痩せており、骨と皮だけの身体。

 亡者のごとき生気の感じられない風態で、もしその身長が三メートルもなければ脅威にも感じなかったことだろう。


「ウガァァアッ‼︎」

「見た目は人でも中身は畜生というわけだな」


 飛びかかってきた干し男の手首を素早く取り、軌道を変えて岩壁に顔面から衝突させる。


 ーーボギギィッ


「オガァアッ、ッ!」


 頭骨と眼底の砕ける音を谷底に響かせながら、巨大ジジィは顔を押さえ苦しみだした。


 終わりだ。


「フルァ!」


 貫手を用いて心臓を貫か、絶命させる。


 ぼたぼたと音を立て流れ出す内容物。


 貫手には「鎧圧」を纏っているので、さながら本物の槍と何も変わらない。

 いや、むしろ俺の貫手の方がよっぽど貫通力に優れるだろう。


「心臓で死んでくれるか。簡単で助かる」


 対象が人間の範囲内にいる事を確認し、俺は手の真っ赤な血糊ちのりを壁に擦り付け、目的を持って歩き出した。


 何やら異様な気配が谷の奥の方からするのだ。

 標高は同じ。

 つまり谷底を進んだところに、ソレはいるというわけだ。


 ー


 はじめに出会ったのと同じ、カピカピの長身ジジイたちの心臓を破壊すること十体ほど。


 多少の時間を要した後、俺は異様な気配を放っていた存在の元へたどり着いた。


「なるほど、巨人がこの世界には存在していると。実に興味深い事だな」


 体中に杭を打ち込まれ、デカイ鎖で岩壁に固定されている巨大な人型生物を発見。


 いかにも、自分封印されているんで、といった光景に無意識うちに近づきたくない気持ちになる。

 触らぬ神にたたりりなし、と、かつて仙人に格言を教えてもらった事がある。


 全くその通りだと今では思う。


 死んでるのか生きてるのかわからない、その固定された巨人はひざまずき、

 うな垂れるようにして、ゴツゴツとした乾いた表皮と体の一部を谷に埋めている。


 この巨人は谷底に封印されて久しいようだ。


 ーーズズゥゥ……


「おや、お前さんまだ動くかね。久しぶりの来客にテンション上がっちまったのかな?」

「ゴ、ゥゥ、ゴゥ……」


 巨人は地面と同化していた膝を引っこ抜き、動き始めた。


 盛大に谷底に地割れを発生させ、鎖を耳障りに揺らしながらうごめき出すさまは凄い迫力だ。


「顔が無いだと? どこに落としてきたんだよ、ビッグボーイ」


 うつむいていて気づかなかったが、巨人の顔には穴が空いていた。


 奥の景色は見えない。

 空虚にポッカリと空いた黒い穴。


 それはまた奥行きを感じさせない底知れぬ闇を感じさせるモノだった。

 このゲオニエスの渓谷をテラスから見下ろした時のような気分だ。


「ゴコゥウウ……ッ‼︎」


 こちらを認識するや否や、躊躇なく腕を振りかぶってくる巨人。


 巨大なその腕を動かすだけで、谷底空気が荒れること、荒れること。

 小石に小岩があたりを舞い踊り、この世の終わりのような気分にさせてくれる。

 さながらこれは自然災害レベルだ。


「はっは、なるほど。まずは第一ラウンド、ボスファイトか」


 振り下ろされる大質量のハンマー。


 腕を固定していたはずの谷壁の鎖は冗談みたいにはち切れて、拘束する、という役目を一ミリも果たさずに弾け飛んでいく。


 当たったら、まず死ぬ、と思うーーが。


 遅いね、この子。


「相手じゃない」


 舞い上がる砂埃を片手間に払いのけ、俺は地面を蹴り巨人の顔面へ跳躍した。

 踏切場所から放射状にヒビ割れの広がる。


 地面を砕く一足飛びだ。


 そして巨人の顔を正面からーーいや、側頭部、こめかみあたりへ伝家の宝刀ーー鎧圧貫手をぶっ刺した。


 ひび割れ砕ける巨人の硬い表皮。


「ゴゴゥゥううッ‼︎」


 深く、深く突き刺さる俺の腕に巨人は苦しそうだ。


「ふるぅアッ‼︎」


 巨人の頭にくっついたまま、全身の「鎧圧」を全開にし爆発的に体重量を増加させる。


 巨人は突如頭部に発生した極大の鉛的重量に、なすすすべもなく、再び穴の空いた顔面を地面の高さまで下ろしてきた。


 十メートル以上急降下した体を支えるべく、巨人は余った手で体を支える。


 だが、もはやそんなモノは無意味である。


「おしまい……ダァッ‼︎」


 深く腰を落とし、巨人のこめかみに打ち込んだ手を勢いよく引っこ抜いた。


 確実に致命傷、どころか即死したであろう巨人は頭部にから黒い液体を盛大に噴出させ、谷底に倒れふした。


 粘性のある黒色の液体は乾いた大地に浸透していき、消えてなくなっていく。


「ふむ。まぁこんな感じで良いかな? 思ったより戦えるもんだ、こんな体でも」


 戦士にしては細い自身の腕を眺める。


 以前よりだいぶ馬力は落ちているが、この程度の相手なら問題はなさそうだ。


 足元に転がる屍と化した巨人を見る。


「ん、なにか光ってるな」


 ふと、巨人の欠損頭部分に何やら黒い棒が突き刺さっている事に気がついた。

 それは禍々しくも鈍くひかり、おのが存在を主張してきている。


 拾え、ってか?


 黒き棒の主張に従って引っこ抜いてみる。


「ふむ、金属棒だな」


 丈夫そうな棒。

 使えるかもしれない。

 試してみよう、このアダム・ハムスタの武器と足り得るのか、否か。


「オラァッ‼︎」


 思っ切り振りかぶり谷壁をぶっ叩く。


 ーーガガァアッ‼︎


「ッ、思ったより崩れるな」


 岩は想像を遥かに上回る崩壊っぷりを見せ、谷壁がゴォゴォと音を立てて崩れ初めた。


 上方から無数の岩がなだれ落ちてくる様はただの地獄であり、軽率な行動を後悔せざる負えない。


 けれど、俺は仮にも達人、降り注ぐ岩石を黒い棍棒を巧み振り回すことで、次々と撃ち落としていく。


「ふむ、これは……ただの棒、だな」


 自業自得極まる危機をしのぎ、一息ついた。


 何のことはない。

 本当にただの棒だった。


 武器の種類としてはこんというのだろうか、俺の身長と同じくらいの長さの、丈夫そうな棒ってだけだ。


 持って見た感じ、鈍く光る以外にこれといった特徴もない。

 別に力がみなぎってくるわけでも、重いわけでも、軽いわけでも、踊りだすわけでもない。


 本当にどこまでもただの黒い棒だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る