第14話 無様な敗走

 

 疲労困憊なんて言葉じゃ生温い。

 とうとう死の一歩手前まで来てしまった。

 文字通りのたくさんの魂の抜けた俺の体は、もたれかかった骨の壁から離れようとしてくれない。


 いよいよ終わり、か。

 自身の死期をさとる。


「ぐはぁ……俺もここまでかな、はぁ、はぁ、もう十分頑張ったよな……?」


 手のひらに吐血した鮮血を眺め、自身の限界を悟る。


 いいや、嘘だなこれは。


 本当は限界なんてとっくに迎えていたんだ。

 そんなものこの数ヶ月で何度も越えてしまってんだ。


「グルドォォオッ‼︎」

「はぁ、はぁ、もう終わり、か」


 背後の骨壁一枚向こう側から聞こえる明確な終焉の咆哮。

 体は動かない。逃げる気力すらもなくなってしまった。

 終わらない悪夢の中で一体どれだけ戦い続けたと思っているんだ。


「へへ、結局誰も助けにきてくれなかったなぁ……」


 一握の望みにすべてを賭けて戦った。

 いつか必ず誰かが来ると。

 仲間が救世主を引き連れて、「待たせたな!」って言ってきてくれると信じてた。


 だが、誰も来なかった。


『おやぁ〜? 随分とよわきですねぇぇえ〜、まだ諦めるのは早いのではぁあ? 最期の弾丸が残ってるじゃぁあ〜あーりませんか〜』


 手に持つ歩行補助として持っていた杖が喋り出す。


 黒い金属で出来ており、たえず揺らめく波のような模様を、その身に映しだす禍々しいステッキだ。


「ソロモン……お前がなんとかしてくれるのかよ」

『と言うよりかは、やるしかないでしょぉおねぇえ〜、誠に不本意ながら貴方に死なれては本当にお終いですからねぇぇえ〜あーははははッはははッ‼︎』


 杖は高らかに笑うと、たちまち意思を持ってうごめき出した。


 水のように自在に形をかえて人型に変形する杖。

 いいや、違うか。元に戻ったと言った方が正しい。


『さぁ這いつくばって、足を引きずって血反吐吐きながら無様に逃げ去ってくださいぃ。我輩が全能力をもって化け物を抑えているうちにぃぃい〜』

「言われなくても行くさ。少しは持ちこたえろよ」


 杖だった男は三日月ように口を広げて笑い、白く光る歯を見せて来た。


『それでは後でちゃんと回収してくださいよ? 放ったらかしは許しませんからねぇぇえ〜』


 杖の男は最期にそれだけ言い残すと、地を蹴って優雅に空へと舞いがっていった。


「……頼んだ」


 俺は壁に手をつ鈍重な動作で歩き出す。

 向かうは、奴とは逆方向だ。


「彼らと戦うのは間違いだったのか……人はまだ至らないとでも言うのか」


 自分の行ってきた行為に意味があったのかわからない。


 ただ、そこ意味があるにしろ無いにしろどのみち選択肢はもう残されていないのだ。

 考えたって仕方がない。俺に出来ることはただ逃げて逃げて逃げ続けるーーもうそれだけなのだから。

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