第13話 破滅の狂気
黒より暗い、ピカッと時折光っては消えていくスパークの中をどれくらい進んだだろか。
ただひたすらに娘くらいの年頃の少女にしがみついて叫び続けること数分、あるいは数十分ーー。
俺はついに足裏に地面を見つけた。
「その馬、絶対に馬刺しにして食ってやる、覚えとけよ」
「ココアちゃんは悪くないわ。大人気ないこと言ってないで早く付いてきて」
「ヒィィンッ‼︎」
すり寄ってくる馬刺し野郎。
「寄るな‼︎」
馴れ馴れしく頭を擦り付けてくるが、こちらは訳の分からない恐怖体験をさせられた手前、主犯の馬なんかと仲良くする気は起きそうにない。
荒ぶる馬野郎を抑えて、勝手に歩き出したミクルの後を追う。
「よかったわね、ココアちゃんはアダムの事気に入ったみたいよ」
「なにも気に入られることはしてない。俺は友達なんかになる気は無いからな」
「そう? お似合いだと思うけど」
「勘弁してくれ」
いたずらに笑うミクルは、後方でおすわりして見送りをしてくれる馬を眺めてそう言った。
ミクルの馬が連れて来た、謎の古小屋へ足を踏み入れる。
かなり年季を感じさせるボロい小屋だ。
しかし、掃除が行き届いているところを見れば、ここが今でも人に使用されていることはすぐにわかった。
俺が小屋に入り木製の扉を閉めるタイミングで、ミクルは奥の本棚をずらし始めた。
「さぁ入って。この下よ」
ミクルは棚の後ろにあった空間を躊躇なく手で指し示す。
マフィアのアジト、あるいは地下闘技場を連想させる隠し扉の先になにが待ち受けるのか。
俺は先導するミクルの背から離れないように、不思議な明かりで照らされる螺旋階段を下った。
何周したのか分からないくらい、グルグルと階段を下ったころ、ようやく終わりが見えてくる。
その頃になると、心なしか手前を歩くミクルの顔に緊張感というものを感じることができるようになっていた。
彼女にそうさせるだけの何かが、この先にあるのは間違いない。
「ここはかつてある組織が所有していた古代遺跡の発掘場、そして現地調査およびその実験と捕獲、収容するための基地だったわ」
階段から先の長い古びた石造廊下へ移行した時、ミクルはふと口を開いた。
「組織ってなにかな、ミクル」
「うーん、そこは秘密としか言いようがない。組織のことは形だけ知ってればいい。必要以上にのことは教えられないし、教える気もないから」
「……それじゃ研究って?」
「そっちも知らなくていい。言ったってわからないし、理解しようとしたって不可能だから……まだね」
含みのある言い方だ。
それになにか教えてくれたようで、結局何も教えてもらえていない。
まったくなんなんだ、この子は。
可愛い顔してるのに歪んだ性格に育ってしまっているのか。
「今、フェアリーズ好きな事こと馬鹿にした?」
「は?」
図星をつかれた気がしてビクッと体が震えた。
肩越しに振り返ってくるミクルから視線を外す。
けれど、よくよく考えたら何も図星なんて突かれていなかった。
「はぁ……馬鹿になんかしてない、というか何だよフェアリーズって」
「そんな事も知らないの? 国内で一番有名なアイドルグループのことよ」
「あー、そう言えばドルオタだって言われてたな」
「その呼び方やめて。あんたのこと嫌いになりそう」
ミクルには容赦というものがない。
そんなこと言われたら、俺、相当傷つくっていうのに。
余程自分の趣味に干渉して欲しくないのだろう。
聖域を土足で踏みにじられるのを阻止せんとする、ガーディアンの意思を感じる。
てか、今更だがこの世界アイドルいるんだな。
あんなのうちの世界だけかと思ったぜ。
「くだらないお喋りはおしまい。もうだいぶ近くまで来ちゃったから」
「ミクルから始めたくせに……」
理不尽な睨みにたじろぐ。
「ここからは気を抜いたらダメだからね。悪夢を内包する彼は狂気を撒き散らしてるから。脳みそ溶かしたくなかったらせいぜい気を抜かないことね」
「あのぉ、ミクルさん? そんな危なそうな場所なら、なおさらもう少し説明してほしいんだけど」
「今のは一応の警告ってだけ。彼の言ったとおり、どうやらあんた、アダム・ハムスタには狂気も何も効かないらしいから気にする必要はないわよ」
ミクルは肩をすくめて嘆息した。
先ほどから知らない単語が飛び交っている。
どうせ聞いても教えてもらえなそうだから、無駄なことはしないが、狂気とやらは何やら危ない香りがする。
そんな「らしい」程度の確信で、このまま進んでもいいものなのだろうか。
不安は募っていく。
それに俺は平気だとしてもミクルが心配だ。
「なぁ、ミクルは平気なのか? その狂気とかってやつの影響無効化できる手段はあるんだろ?」
「えぇ、狂気もまた概念系能力の類いだからね。私の剣気圧なら防ぐ事ができるわよ」
「けんき、ん……? ま、そうか、よかった。俺はお前に何かあったらって思うとな……」
再び知らない単語が飛び出してきて一瞬思考停止するが、すぐさまそれが狂気を防ぐ何かだと理解して納得した。
安全が確立し、ホッとして胸を撫で下ろした俺は、安心からミクルの肩に添えるように手を置いた。
「ん? ミクル……?」
少女の肩は小刻みに震えていた。
そしてその瞬間、俺は気がついたーー。
少女の真っ赤に充血した緑色の瞳に。
「なッ⁉︎ ミクル‼︎ おい、それ平気なのか⁉︎」
「……ちょっと良くないかも……前より随分と強くなってる……みたい、時間が無いってことかな……?」
独白気味につぶやくミクルはなおも歩き続ける。
明らかに異常をきたしている少女の肩を支えながら、俺はただついていく事しか出来なかった。
「ヒヒ……あぁ、着いたわ」
ミクルは掠れた笑い声をあげながら、石造の扉で止まった。
ーーバァゴンッ‼︎
躊躇なく扉を蹴り破るミクル。
「ッ⁉︎」
「あはっ」
粉々に砕け散り、遺跡を揺らすほどの衝撃波に身構える。俺はミクルと共にミクルによって、入室可能になった部屋の中へと足を踏み入れた。
騎士学校の教室程度の広さ、中は無数の青白いランタンに照らされている。
おそらく魔力灯の類だろう。
気配を感じないながらも人影がある。
その黒のコートを着た人物は木製の簡素な椅子に腰掛け、かたわらの小机でパンを食べていた。
一見呑気な光景だが、ボソボソと何かをつぶやきながらちぎったパンを壁に投げつけているあたり正気とは思えない。
すぐそばに奇怪なハンマーらしき武器が置いてあるので、警戒しておいた方が良さそうだ。
「アダム、ハムスタ……ひひ、あは、付いてきてね? ちゃんと、離れたらダメなんだから……」
「ミクル……」
彼女は黒コートの男を無視して部屋の奥へと進んだ。
ーーバゴォンッ
またしても扉と思われる石造の扉が蹴り破られる。
そうしてやってきたのは、先ほどの部屋とは比べものにならない程大きな大きな部屋であった。
このサイズとなると、もはやホールというのだろうか。
およそ大規模な試合が行われてそうな、かつて俺が試合したネオコロッセオに良く似ている。
ただ、地下に建設されているため暗く、光源はやはり地面に直置きされる、無数の青白いランタンだけだ。
「あれは……人か?」
俺は青白い光源に照らされるホールの中央付近を見てつぶやいた。
ミクルは俺の声に反応して、口を横に裂いてニヤリと凶悪な笑みを深めた。
ホールの中央、そこには一脚の丈夫そうな椅子が設置されており、金属の拘束具をかけられたひとりの人間が座っていた。
さらにその人間を中心とした足元の地面半径数メートルに渡って複雑怪奇な模様が彫られている。
それらの模様は淡く青白い光を放っており、部屋の雰囲気と相まって、不気味な光景作りに大いに貢献している。
「はぁ、はぁ、ひひ、アダム、周りの人を刺激しないように付いて、きて、ひひ……」
「周りの人、か。なるほど」
ミクルは頭を両手で抑えながら、苦しそうに近くの観客席をチラ見した。
俺も辺りを見渡してその言葉の意味を悟った。
青白く照らされたホール、そこの観客席にはちらほらと人影があるのだ。
それぞれが一律に暗めのロングコートに身を包んでおり、気配が感じられない代わりに洗練された戦士特有のオーラが感じ取れる。
ミクルはそんな彼らの事を言っているのだろう。
つかつかと観客席の間を縫うようにしてホールの中央付近、椅子に拘束された、これまた黒のコートを着た人間に近寄っていく。
近くで見るとそれが年若い黒髪の男である事に気がついた。
コートは革製だろうか、味のある良い品だ。
「ひひ、へへ、アダム、あなたにお願いすることはただ一つよ、ひひ……」
「ミクル、一体何が起こっているんだ? これが普通の状況じゃないことくらい俺にだってわかる。頼む、教えてくれ」
ミクルは椅子の男の前にひざまづき、自身の体を抱きだした。玉の汗をかきひどく苦しそうだ。
「うっ、くっ……アダム、ごめん、思ったより時間がない、から、説明してあげられないッ、ぁあッ‼︎ いひひっ‼︎ アダム、アダム、お願い、ひひ、彼の頭に触ってくれない……?」
ミクルは必死の形相て、痛みに呻くように片目をつむって懇願してくる。
今すぐにでもミクルを苦しみから解放してやりたいが、彼女の頑固な性格を知っていることと、苦しみながらも「ここ」へやって来た事実が俺に引き返すという手段を取らせない。
なくなく俺は椅子に座る薄い紅瞳をした不気味な男へ手を伸ばす事にした。
何が起こる、何が待っている?
この男に触ることが俺の呼ばれた目的?
敵ってなんだ?
この男をぶっ倒せばいいのか?
こいつが狂気とやらを発しているなら殺しちまえばいいんじゃないのか?
それじゃ、ダメなのか?
なんでダメなんだ?
頭の中で思考の渦がグルグルと蠢いていく。
「アダム……、向こう側に行ったら彼に会って……彼と共に
「彼、彼って誰ーー」
男の頭に触れる直前ーー、ミクルの最後の言葉に振り返ろうとする。
だが、その時には俺の指先は椅子に座る男の額に触れてしまっていた。
気のせいだろうか?
彼のうつろな薄紅瞳がこちらを向いた気がした。
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