第12話 アダムの使命

 

 酒場での喧騒から一転。

 俺とミクルは夜の騎士学校の屋上へやってきていた。


 重傷のエヴァンスは、ポーションと呼ばれる魔法の薬をぶっかけて寝かしてある。

 この世界の魔法とやらはなんでも出来るらしい。


 元の世界だったら、変な文字を部屋中に書きまくって、明日の天気を占ったりするのが関の山だったというのに。


 世界は広い、ということだろうか。


「それで話ってなんだよ。俺も忙しいんだけどな」

「つまんない嘘つかないでよ。あんた何もやる事ないくせに」


 図星を突かれ口笛を吹きたくなる。

 されど出てくるのは掠れた吐息だけ。


「酒場での話の続きよ、あなたがどうしてこの世界に呼ばれたのかっていう」

「それか。そうだな知っておきたいところだ。教えてくれ」


 屋上の端で、足を宙に投げだすミクルのとなりに腰を下ろす。

 彼女はこちらを見ずに、姿を現しだした夜空の輝きに視線を固定している。


「あなたの敵、それはね、あそこにいるの」


 ミクルは天を指差して一言、そう言った。

 俺も暗い空を見上げる。


「随分と遠いいんだな」

「えぇ、きっと気が遠くなるくらいに遠い」


 はかない少女の声音が、本質的にそのものが遠いいのだと、しかと伝えてきた。


 物理でも、意味合いでもか。

 一体俺は何と戦わされるんだ?


 意味深な発言に未知への恐怖を禁じ得ない。


「ついてきて、あなたに会わせたい人が……ううん、あなたが会わなければいけない人がいる」


 ミクルはさっと立ち上がり、灰色の軍服ジャケットの内側から何か取り出した。


「羊皮紙? 何に使うんだ、それ」

「黙って見てて。そこいると危ないからこっち来た方がいいよ」


 ミクルは未だ宙に足を投げ出す俺の手を手を引いた。


「<<召喚しょうかん>>」

「ッ、ッ⁉︎」


 ミクルのごくごく小さな声が聞こえた途端、少女の正面にスパークを伴った球体が出現した。


 電熱で膨張した空気が破裂を繰り返し、静かだった屋上を一挙に騒がしく変えたーーかのように思われたが、なにやら全然うるさくはない。


 それにひかりも、見た目のエフェクト以上に大して眩しくは感じない。


 これも魔法だろうか。摩訶不思議だ。


 刹那の後に最大光量を迎えた閃光は、そのすぐ後には何事もなかったみたいに霧散してしまう。

 だが、その代わりにフラッシュの起こった場に現れた「馬」が、先ほどの光は幻などではなかったのだと教えてくれる。


 え、なんで馬が……。


 いろいろファンタジーな事が起こりすぎて思考が追いついていかない。

 おっさんは新しいことに弱いのだから、あまりびっくりさせないで欲しいものだ。


「さぁ、後ろに乗って。私の運転は荒いけど吐くなんてみっともない事は勘弁してね」

「いや、訳がわからんからちょっと思考する時間ーー」


 馬に飛び乗るミクル。

 馬から一歩後ずさる俺。


「ヒィィンッ‼︎」


 いななく良質な毛並みを携えた馬。


 気づいたら俺は突進されていた。


「ッ、どぅへぁっはッ⁉︎」


 敵意の感じない鼻先は俺の股をすくい上げ、宙空へと舞い上げる。

 ちょうどミクルの背後、馬の後部座席に乗馬して、ことなきを得る。


 おや、待てよ。

 これはもしや馬に乗馬させられたんじゃないか?


 俺が真相にたどり着いた時には、もうすべては手遅れだった。


「ちゃんと捕まっててね。走行中に落馬したら、きっと『虚無きょむ』に落ちてしまうから」

「え、きょむ? なにそれーー」

「ふあっ‼︎ ココアちゃん発進ッ‼︎」


 俺が聞き返すよりも早く発せられた勇ましい掛け声。

 それに応え、馬はひづめで屋上床を破壊しながら発進しだした。


 その場に魂が置き去りにされそうな程の、超高速走行へ、一瞬で突入したミクルの馬奴うまやつは、なおも足の回転数を上げていく。止まらない。


 そして、躊躇なく屋上を飛び降りたこのクソ馬野郎は、涙ぐむこっちの気も知らずに、「黒い光」の中へと突っ込んでいった。

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