第11話 テラスの一悶着

 

「なんで探してたんだ? 呼び出したならわかるもんじゃないのか?」


 率直な疑問をぶつける。


「こっちにもいろいろ事情があるってこと」


 事情ね。


 俺には世界とか、魔法とかそういうものには詳しくないのでいまいちわからない話だ。


「まぁいいだろう。それで何の目的があってこのネオボクシング20階級制覇、ネオ柔道ガラパゴス国際大会15連覇、

 MME総合格闘技28連覇を成し遂げ、さらに地元のネオポークしばき合い大会無差別級では126ーー」

「あーそういうのいいから。あとで履歴書にでも書いておいて。絶対読まないけど」

「冷たいッ……⁉︎」


 元の世界なら腰を抜かして驚かれる俺の経歴を、足蹴にするとは、信じられん。


 ん、もしやこの世界にはネオポークしばき合い大会が無い……?


 俺はそのことに気づいた時、真理に辿り着いたような気がして、全身の血の気が引いていくのを感じた。


「あんたは、夢の終わりを目指すために呼ばれたの」

「夢の終わり……? そりゃ、一体何だって言うんだ?」

「それはねーー」


 ミクルが核心に触れ、ニヤリと笑みを深めた。


 その時ーー、


「オラァッ‼︎」

「ぐはぁ‼︎ ぐぅ、ぅ、てめぇこの野郎……!」


 店内から胸ぐらをつかみ合い、言い合いながらもみくちゃになって出てくる男たち。

 男たちはテラスに設置された椅子やら机をなぎ倒しながら、殴り合いを始めた。


 呆れるように静観するミクルとは違い、俺は馬乗りされて殴られる人物に驚愕を表す。


 理由は単純、そいつが知り合いだったから。


「おい、エヴァンス大丈夫かよ」


 仰向けに倒れ伏していた方は、唯一の友人エヴァンスだったのだ。


「ぅ、あ、アダム……!」

「うぁ? アダムだぁ⁉︎」


 夢中になってエヴァンスを殴っていたマウントボーイがこちらへ振り返った。


 だが、その瞬間には、すでにぐったりして抵抗すらできていないエヴァンスを助けるべく、前蹴りをその人物へぶち込んでしまっていた。


 そして蹴ってから気づいた。

 あれ、こいつダリオットじゃね、と。


「うがぁぁぁ‼︎」


 ダリオットは地面と水平に飛び酒場の外壁に衝突、肘を抑えてうめきだす。


 一方で倒れているエヴァンスは、肘を強打した程度のダリオットとは比べ物にならない重症だ。


 顔は腫れ上がり、アザだらけの頬は裂けて血が出ている。

 イケメンではあった顔は見る影もなく、明るい茶髪は一部赤く染まっていた。


「あ、アダム……」

「おま、これはまずいだろ」


 手のひらに付着する粘性の血液を見て胸のうちがざわめき出した。


「がはッ‼︎ あ、アダム、まずいぜ、ダリオット、のやつ、俺たちの、こと……かなり恨んでーー」

「いいから、喋るな。ちょっと寝てろ」


 灰色のジャケットを引き裂いてエヴァンスの頭に巻くことで簡単な止血を施した。

 だが、根本的な解決はしていない。


「アダム・ハムスタ、彼、まだやる気があるみたいよ」

「みたいだな」


 背後から聞こえるミクルの呑気な声。

 起き上がるダリオットと続々と店内から出てくる、騎士学生たち。


「はぁはぁ、アダムぅう‼︎ てめぇ兄貴にまでセコイことしたらしいなぁあ‼︎」


 ダリオットは肘を抑えながら、息も絶え絶えにわめきき散らしてくる。


「うーん、どうだろうな。覚えてねぇ。ほら、いちいち道端に落ちてる小石の形覚えてるやつなんていないだろ? それと同じさ」


 憤るダリオットの事をニヒルに笑ってとぼけて通す。


「ッ‼︎ あいつはマジでクズ野郎だ‼︎」


 怒鳴るダリオットに続いて、まわりのダリオットパーティもが騒ぎ出した。

 いっそうテラスが騒がしくなったところでダリオットはいよいよ行動に出た。


「頼んだぜ‼︎ 殺さなければなんだっていい‼︎」

「おうよ‼︎」

「任せとき、ダリオット‼︎」


 ダリオットより一歩前に出てきた騎士学生たちは得意げに笑う。

 彼らは一様に腰から何やらえだのようなモノを引き抜いていった。


 するとどうだろう、彼らの顔に確信に近いような絶対的な自信が宿っていくではないか。


 なんだ……?

 あんな木の枝を手に持ったからって何を得意げにしてるってんだ、こいつら……。


 俺は彼らの自身の理由がわからず、つい慎重に身構えてしまった。

 その瞬間だったーー。


「死ねぇやッ、<<風刃ふうじん>>‼︎」


 謎の技名とともに騎士学生のひとりが手に持った枝を、手首を返しスナップを利かせてふったのだ。


 ーーヒィリンッ


 途端に枝の先っぽのほうに何やら「力」が収束していくのがわかった。


 いや、わかったーー理解したという時には、それは既に移動を始めていた。

 涼しげなーーそう、ちょうど薄いガラスを小突いたような清涼な音が聞こえたかと思うと、何かが急速に視界の中を横切っていったのだ。


 なんだ?


 目の前で起こる極小時間内の出来事にめいいっぱいかつもくするが、それは速すぎるがゆえに呑気に見ていることは出来ない。


 俺は反射的に行動した。


 なぜか。

その謎のエネルギーの塊は俺の視界を横切って、俺へは向いていなかったから。


「ミクルッ‼︎」

「あ、私かぁ〜」


 飛来する半透明の波動が灰髪をズタボロにするビジョンが脳裏に浮かぶ。

 その嫌な予想を打ち消すため、俺は謎の飛来物と少女の間に体を挟み、ミクルの体を腕の中に包み込むように守った。


 ーーギリィリィッ


 背中に走る鋭い感触。


 あ、これ皮膚切れたな。


 自覚を伴う確かなダメージが蓄積する。


「うっへへへへ‼︎ ざまぁねぇぜ‼︎ うひひひっ‼︎ やっぱ転校生狙って正解だった‼︎」

「はは、お前そのオタク女が好きなのかよ‼︎ お似合いだな‼︎」


 背中越しに聞こえてくる汚い声に、本当の意味で苛立ち覚え始めた時、数秒遅れの熱い痛みが走り出した。

 勢いでテラスに落ちた眼鏡を拾い上げる。


「ふぅぅ、大丈夫かミクル?」

「大丈夫に決まってるでしょ。別に守ってもらわなくたって平気だったのに」


 少女に怪我がないことを確かめ、精神的の余裕を得る。


 もしこの子に何かあったら大変だ。


 ミクルを抱きしめる力を緩める。

 腕の中で小さく収まっていたミクルは、慌てた様子でもぞもぞと抜け出し服についた埃を払い始めた。


「あんた、大丈夫? ずいぶんと血が出てるみたいだけど……」


 ミクルは腰の後ろで手を組み、もごもごはっきりしない口調で聞いてくる、


「大丈夫だろ、見た目ほど重傷じゃない」

「軽く言うのね」


 感覚的には左肩上から右腰下あたりまで皮一枚切られたくらいだ。

 大した事はない。

 自身のダメージを客観視するのは得意なのだ。

 いろいろ経験してるからな。


「おい、イチャついてんじゃねぇよドルオタと陰キャ」

「え、ミクルってドルオタなの?」

「同性だから別に問題ないでしょ。ていうかあんたには関係がないことよ」


 俺の視線に対し、氷のように冷たい緑の瞳が返ってきた。

 どうやら趣味にあれこれ言われたくはないらしい。


「無視してんじゃねぇよ、アダムぅッ‼︎」


 騎士学生たちは怒声をあげ、手に持った枝を勢いよく振り抜いてくる。

 俺はその所作から、おおよその謎の攻撃の発動までに必要なプロセスを悟った。


 かたわらでムッとして佇むミクルを、ひょいっとお姫様だっこで抱え上げる。


「え、ちょ、ちょっと何を⁉︎」

「掴まってろ。話は全部片付けてからだ」


「死ねぇや‼︎ <<風刃ふうじん>>」

「<<風打ふうだ>>ぁぁあ‼︎」

「<<風刃ふうじん>>‼︎」


 何故か、顔を真っ赤に染めて大人しくなったミクル。


 同時に降り注ぐのは不可視の高速エネルギー弾。

 身を左右に振って、ミクルに飛来物が当たらないよう注意して避けていく。


「がぁはッ⁉︎ 魔法を避けているだと‼︎」

「ありえねぇ‼︎ どんな反射神経だ‼︎」

「おとぎ話の世界じゃねぇか‼︎」


 取り囲む騎士学生たちは後ずさり、我先にと距離を取ろうとし出す。


 だが、彼らのその動きはあまりにも無様で、俺に間合いを詰めさせないための行動ーー仮にも騎士を目指す者の動きとしては三流すらやれないレベルだ。


 結果、謎の攻撃ーー彼らが言うには「魔法」ーーを避けた俺は、たやすく間合いを詰め騎士学生全員の顔面やら溝に蹴りを見舞うことが出来た。


「ぁ、あ、アダム待ってくれ、俺だけはッ‼︎」


 テラスの端っこで震えていたダリオットの顔面を蹴り飛ばし意識を刈り取る。

 幼い頃から性根の腐った奴はずっと腐り続けたままだ。

ダリオットは典型的にそのタイプなんだと、俺の本能が判断した。


「よし、もう平気だぞ」


 腕の中ですっかり大人しくなっていたミクルをテラスに下ろしてやる。


「うん……ありがとう、ございます」


 ミクルはジャケットの裾を握りしめ、うつむきながらもお礼を言ってくれた。


 素っ気なかった少女が、ちゃんとお礼を言えるようになったことに、感動的嬉しさが込み上げてくる。


 手に持った眼鏡をかけ直し、俺たちは傷だらけのエヴァンスへ駆け寄っていった。

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