第8話 斬り納め大会・夏季

 

 ロドニエス騎士学校は1日のカリキュラムが終わり、夕方より始まる自由時間を迎えていた。


「で、何だよ、結局辞めないのかよ」

「なぁエヴァンス、あの小さい子は何て名前なんだ?」

「え、無視……?」


 廊下を歩きつつ、俺は窓の外に見えるグラウンドを指差した。

 柔術の授業で出会った、世界で一番可愛いヘレン……ではなく、娘に良く似た少女だ。


「あー、今朝の子か。確かミクル……アゴンバースとかじゃなかったか。先週転校してきたっていう」

「ミクルか。やはり似てるだけだな」

「ん、どういう意味だよ、それ?」

「いや、気にしないでくれて良い。おっさんの独り言だから」


 エヴァンスは片眉あげて、訳がわからない、と首をかしげる。

 一方で俺は窓越しに談笑する灰髪の少女ーーミクルの視線を追い、夕日に照らされたグラウンドを眺めていた。


 輪を作り話をしている少女たちの視線の先には、沢山の人が集まっているのが見えているのだ。

 何かしらの催し物があるのだと推測できる。


「そうか、今日は例の大会がある、あ、チェスカだ」

「ちぇすか……?」


 中身おっさんの俺はエヴァンスの、かすれたつぶやき聞き逃さなかった。

 それに対しエヴァンスは廊下の向こう側を顎で指し示した。


 ちょうど廊下の突き当たりのところに、可憐な金髪の少女が佇んでおり、こちらへ笑いかけて手を振っている。


「へぇ、案外俺ってモテるんだな」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。あれは俺の方に手を振ってるんだっての」


 俺は存外に自分が色男だと自惚れるが、エヴァンスのチョップによって我に返る。


「それじゃ、俺はちょっと行ってくるから、先に行っててくれ」

「おい、ちょっと待て。俺どこに行けばいい……って全然聞いてねぇな」


 エヴァンスは金髪の可愛い少女の下へ、だらしない笑みを浮かべて、走り寄っていってしまった。


 俺は唯一の友達に彼女がいた事を知り、内心少しだけ寂しい気持ちになる。が、それも一瞬のこと。

 すぐさまエヴァンスの評価を「意外とやり手」に書き換えて脳内の人物リストを更新した。


 足の向きを変え、グラウンドへと進む。

 例の催し物が何か見に行くのだ。


 俺がグラウンドへやってくる頃には、そこにできていた人だかりの規模がより大きくなっていた。


 現在進行形で生徒たちが集まってきているらしい。


 人混みをかき分け、ある程度のところまで来るとそこで何が行われているのかがわかった。


 端的に言えばおよそ決闘大会と言ったところだろう。

 大きな石造のリングがグラウンドに設けられ、その周囲を生徒たちが取り囲んでいる。

 そしてリングの中央では木剣ぼっけんを持った生徒たちが、激しく木の刃をぶつけ合っているのが見て取れた。


 面白いことやってる。

 是非とも俺も参加したい。


 場の盛り上がりにほだされて、次第にやる気が出てきてしまった。

 人混みの中を見渡し、受付らしきテントを発見する。

 俺はすぐさま人混みから出て、これから参加すると思われる選手たちが並ぶ受付の列に加わった。


 しばらくして自分の番がやってくる。


「この決闘参加したいんですけど」


 目の前の生徒がやっていた要領で受付に話しかける。

 時折、聞こえてくる生徒たちの話し声から察するに、この大会は「斬り納め大会・夏季」というらしい。

 夏休み前に行われる恒例イベントであり、腕に自信のある生徒たちが学年問わず参加する人気大会だとか。


 そんなの参加するしかないじゃないか?

 強いやつ出てくるんだろ?


「えぇと、すみません、事前登録表にお名前がないようですが」

「え、これ事前に何か必要なのか?」


 受付の女子生徒は申し訳なさそうに首を縦に振った。


 なんということだ。

 よもや申請が必要だったとは。不覚。


 ご馳走を出されて、いないうちに全部他人に食われたかのようなショックな気持ちになる。


「そこをなんとか、ほら、べつに一人くらい出たってばれやしない、とか」

「いやぁ〜、ルールですので」

「ですよねぇ……」


 五十過ぎたおっさんが、ティーンエイジャーに正論破される図が出来てしまった。


 苦笑いする女子生徒に俺のとびきりのスマイルを向けてみる……あまり効果はないようだ。


「おっと、ちょっと待ちなよ」


 諦め立ち去ろうとした俺へ掛けられた男の声。

 視線をずらせば、そこに背の高い上級生と思われる人物が立っていた。


「君、アダム君だろ?」

「えぇ、まぁ」

「そうか、はは、じゃあ特別に参加を許してあげよう」


 上級生はにこやかな笑みで言った。


「参加してもいいと?」


 思わぬ渡り船が見つかったことにテンションが上がる。


「え、ちょっと、いいんですか⁉︎ 先生は事前の申請が必要だって言ってましたけど」

「大丈夫だよ、今から書き込んじゃえばバレない。それに果敢にも一年生で参加しようって言うんだ。俺としては向上心のある後輩を抑えつけたくはないな」


 受付の女子生徒と上級生は俺の参加にあたって何やら揉め始めた。

 だが、しばらくの後、話がまとまったらしく俺は無事に斬り納め大会に参加できることになった。


 親切な先輩の登場に感謝し、木剣を手渡してもらい別テントの選手待機室へと足を向ける。


「あー、待って待ってアダム君、君は次だよ、次」

「え、次?」


 移動しようとしたところで、先ほどの上級生に声を掛けられる。


 急遽きゅうきょ参加なのに次の試合?

 そんなことあるのか?


 妙な胸騒ぎがする。

 俺は眼前で優しい微笑みを称える先輩の顔を凝視した。


「さぁ、行っておいで、頑張れよ、正々堂々とね」

「……正々堂々と、だな」


 先輩に背を押され、俺は前試合の引き上げの終わった舞台へと躍り出た。


 周りの生徒たちが俺の登場に騒めいているのがわかる。

 人波がもぞもぞと動き、今現在の舞台について話し合っているようだ。



「あいつ……噂のインチキ野郎じゃないか?」

「間違いない、あの彫りの深いほうれい線と根暗メガネ……ッ‼︎ あいつアダム・ハムスタだぞ‼︎」


「ん?」


 感傷にひたる俺へ突如暴言が浴びせられる。


 最初は何を言われているのかわからなかったが、罵倒の波が広がっていくにつれて、否が応でも俺は状況を理解させられた。


「ダリオットにインチキして勝ったて言うアイツか」

「噂じゃ、昨日の晩飯に毒を盛っていたらしいぜ」

「いや、アダムが強かったって俺は聞い……」

「馬鹿野郎だな、あの根暗メガネが強いわけないだろ」

「この騎士学校の面汚しが‼︎ そこに立ってて恥ずかしくないのか‼︎」

「実力も無いくせに出場するなんておこがましいぞ‼︎」

「そうだ、そうだ‼︎」


 浴びせられる言葉にびっくりしてキョロキョロ周りを見回すことしか出来なかった。

 その間も加速していく罵倒の嵐。


「どうせお前なんて彼女いない陰キャだろ‼︎」

「童貞、下がれ下がれ‼︎」

「騎士学校やめちまえ‼︎」

「ダリオットに謝れ‼︎」

「ペインタ家に刃向かうとか。立場をわきまえろよな」

「死ねー‼︎」

「雑魚ー‼︎」

「人間のクズー‼︎」


 気づけば会場全体からただの悪口と侮蔑、嘲笑と軽蔑が全俺に対して投げかけられている始末。


 いくつか聞き捨てならない煽りもあり、ちょっと殴ってやろうかと思ったくらいだ。


 ただ、それよりも俺を不思議な気持ちにさせたのは、これだけの人間が一貫して俺に対して、悪意をぶつけてくる事実だった。


 内容から察するに、昨日のあの大きな青年をぶっ飛ばしたのがいけないみたいだな。


 あいつ思ったより人望あるタイプだったのか。


 俺は凄まじい暴言の中、冷静に思考し、敵に回したのが面倒なやつだったとようやく気がついた。


「よーし、それじゃこの俺様が弟に代わってインチキ野郎を成敗してやるぜー‼︎」


 肘を抱えて思案していると、正面の舞台から一際大きな声が聞こえてきた。


「あれ、あんたさっきの……」

「また会ったな、アダム君」


 目の前に現れたのは先ほどの親切にしてくれた上級生だった。

 彼は白い歯を光らせて、たくましい腕を組み近づいてくる。

 手には当然のように木剣を持っていた。


「はは、なるほどなるほど。面白いな」


 俺は得意げにニヤつく上級生を見て、ついに不可解な状況に納得することができた。

 どうやら俺ははめられたらしい。


 なんだよ、青年。

 親切の裏側には正義のヒーローを貼り付けてたってか。役者だねぇ〜。


「なぁ、先輩。ネタバレがちと早いんじゃないか? はは、まぁいいや。そんで俺はヒーローに制裁されちゃうのかなぁ?」

「ふっはは、悪いな後輩。これも弟の頼みだ。大人しくボコボコにボコされてくれて、消えてくれ」

「うぉ〜恐いねぇ‼︎」


 スマートな顔してなかなか酷い事を言う。

 悪を成敗したいヒーロー君に肩をすくめておどけて見せる。


 いいぜ、ネオプロレスごっこか。

 少し付き合ってやってもいいな。


 理解できない状況から段々と余裕が生まれてくる。

 そんな俺の心境の変化を察知したのか、ヒーロー志望の上級生の顔に少し影が差し始めた。


「おい、余裕ぶるなよ、このインチキ野郎が。お前のような非才で道端の雑草のような男に、ダリオットが負ける訳がないんだ」

「おやおや、口が悪くなってるぞ? 正義のヒーローが私怨で力を振りかざすとは美しくない。台本守りなって」


 木剣をクイッと動かして上級生を挑発する。


「それではこれより第五試合を開始します、竜門、トリオット・ペインタ‼︎」

『ワァァァァァァッ‼︎』


 待ってました、と言わんばかりの大歓声。


「柴門、アダム・ハムスタ‼︎」

『ブゥゥウー‼︎ ブゥー‼︎』


 さっさと退場しろ、なんなら退学しろ、と言いたげな手厳しいブーイング。


 完全なるアウェイ戦じゃないか、全く。

 ここに俺のファンはいないのか。


 俺は苦笑いして、剣をくるくると回す。


 若手じゃないってのに、ファンがいないのは辛いことだ。


 トリオットの顔はもはや一連の挑発行為に痺れを切らしており、今すぐに俺の頭をかち割らないと気が済まない、と如実にょじつに彼の感情を表していた。


「よーし、両者、正々堂々と、正々堂々とッ‼︎ やるようにな‼︎」

「そんな俺の顔みるなよ、わかってるって」

「正々堂々とォォ‼︎」


 審判は公平なジャッジが期待できないほどに、その顔に憎しみを感情を貼り付けてこちらを見てきていた。


 これは賄賂わいろ握らされた審判だな。

 とんだ八百長試合だぜ。


「ファイィィイッ‼︎」


 悪くない「ファイ」によってトリオットの体に込められていた、りきみが解放される。

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