第6話 食堂

 

 早朝の基礎体力訓練を終え、昨日と同じように青年たちの人の流れに乗っかって適当に移動する。


 人波に身を任せてたどり着いた先は、これまた昨日と同じ大きな空間だった。


 食堂だ。


 前を歩くエヴァンスに続いて、若者たちの作る列に並び、お盆に朝食を受け取っていく。


 みんな同じメニューだ。

 そして再びエヴァンスに付いて行って、彼の選んだ適当な席に腰を下ろした。


「むむ、昨日の方が美味しかったな。なにこれ」


 朝食に出された魚的な料理を食べるや否や、すぐに文句を漏らしてしまった。


 俺は自分に正直である。

 そして肉至上主義の偏食家なのさ。


「あれ、それお前の好物じゃなかったっけ?」

「そうなのか?」

「なんで俺に聞くんじゃい」


 エヴァンスは半眼になりながらスプーンで俺にチョップを入れてくる。


 年長者に対する敬意が足りない。

 けしからん男である。


「ふーん、まぁ中身が違うんだから好みも変わるかな」

「なんか言ったか?」

「いや、別に」


 不思議そうにするエヴァンスへ肩をすくめて応えた。

 そして魚料理の乗っかった皿をエヴァンスのお盆へ流して、パンをもぐもぐする。旨い。


「なぁ、エヴァンス」

「ん? なんだよ」

「俺ちょっと頭おかしくなっちまったらしくてさ、少し記憶の確認してもいいか?」

「お前の頭がおかしいことと、まともじゃないのは随分前から気づいてたけどな」


 エヴァンスは減らず口を叩きながらスープをすする。

 それを了解の意と受け取り、俺は自身の身近なことから順に質問をしていった。


 まず俺の名前は本当に「アダム・ハムスタ」なのか?


 その答えは、イェス、だった。


 生まれ変わりなのか何かはわからないが、どうやら今世も彼はアダム・ハムスタという名前で通せるようだ。


 次になぜ俺は52歳にもなって毎朝あのラッパのような音で叩き起こされなくてはいけないのか。


 その答えは、お前が騎士学校の生徒だからに決まってんだろ‼︎ であった。


 どうやら俺は知らないうちに騎士とやらを目指して日々訓練と勉学に励んでいたらしい。


 次にその騎士学校とは何をする場所なのか?


「お前、どんだけ強く頭打ったんだよ? 全部忘れちまってんのか⁉︎」

「いや、まぁ、そうだな。結構忘れてる、かも」

「はぁ〜、昨日は見直したのに……やっぱりお前はアダムだよ」

「だろうな。結局、アダムだったよ」


 エヴァンスは呆れながらも俺の質問に答えてくれた。


 そもそもまず騎士とは何か。


 俺の記憶にない単語だったので、そこから教えてもらう。

 エヴァンスいわく、騎士とは国に仕える兵士より偉い身分の人、らしい。


 結構ふわっとした説明だったがイメージはつかめた。


 そして次に、騎士学校とはその名の通り、騎士を育成するための機関であるという。


 所在はゲオニエス帝国と呼ばれる大国の首都らしく、まさにアダムたちが今食事をしているこの場所こそがその騎士学校なのだと。


 全寮制の男女共学、兵士学部、騎士学部の二つがあって、さらに騎士学部には剣士と魔術師のコースがあるらしい。

 俺とエヴァンスが在籍しているのは、学校内で最も在籍生徒数の多い騎士学部剣士コースであるとのこと。


「騎士学校に来てまで兵士になるのは親不孝者だ。魔術師を志すなら魔法学校に行けばいい」

「なるほどな。だから騎士が多いと」

「あぁ。だって騎士学校だからな」


 猿でもわかるエヴァンスの騎士学校講座を受けて、俺は自分がどういう場所にいるのかを理解した。


 学生か、若さに飢えるおっさんワクワクしちゃう……けど、まぁ楽しそうな身分だが、求道するには邪魔な肩書きである。


 俺は少しだけ思案して、ひとつの決定を下した。


「よし、エヴァンス世話になった。俺、学校辞めるわ」

「ぼふぇーッ⁉︎」


 エヴァンスは俺の発言に口内の魚ちゃんを吹き出し咳き込みはじめた。


 俺の発言は隣の若者たちーー学生たちにも聞こえていたらしく、皆が目を点にしてこちらを見つめていた。

 それらはまるで絶対にしない選択肢を、平気で選ぶ愚か者を見つめるような眼差しであった。

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