第3話 夢のはじまり
暗い淀みの中から引き上げられる。
急速に覚醒しだした意識。
「アダム、アダム起きろよ‼︎」
「むぅ……ん、ん?」
フラッシュの如く一瞬の後、俺の視界を埋め尽くしていた光は引いていった。
未だ
それより何よりも俺には気になることがある。
何故か寝ている感覚を感じていることだ。
自身のぼやけた視界が再起するよりも先に、体の重心の位置が妙に偏っている事が俺に違和感を抱かせたのである。
「アダム、起きろ‼︎ 教官がブチギレだぞ‼︎」
「ぇ、あ、お前……誰、だ?」
だんだんと鮮明になってきた視界に映ったのは見知らぬ男。
明るい茶髪は短く剃り込まれ、顔はイケメンと思わせるくらいには整っている二枚目男だ。
地味な灰色のシャツを着ていなければ、街中で女の子をたぶらかしてそうな若気も感じさせる風貌である。
けれど、やっぱり見覚えのない顔だ。
俺が男の容姿を見てやはり知らない人物だと再認識している間、男は目を見開いて信じられないようなモノを見る目でこちらを見つめて来ていた。
何か気に触ることでもしただろうか。
「いや、寝ぼけてる場合かぁァァッ⁉︎ 行くぞ馬鹿野郎‼︎ マジで殺されちまうって‼︎」
「うぉおっと、と」
茶髪の男はとち狂ったように叫び声をあげ、いきなり胸ぐらに掴みかかってきた。
何が何だかわからないまま、横たえられていたベッドから引きずり出され直立させられる。
ダメだ、まったく認識が追いつかない。
「まま、待て待て、何がどういう⁉︎ 俺は地下闘技場で勝利の余韻に浸っててーー」
「馬鹿野郎‼︎ 早く着替えろ‼︎ ブーツを履け‼︎ また連帯責任で首都一周ルートさせられるぞ⁉︎」
「ぇ、え? なんか、えっと、すまん……」
はるかに俺の方が歳上だと言うのに……。
若い茶髪の男の必死の形相に気圧されてしまった。
俺は自身を情けなく感じつつも、渡された灰色の軍服を急いで着ることした。
「よし下は着替えたな‼︎ あと30秒しかない、ジャケットは途中で着ろ、行くぞ‼︎」
「ぇ、どこにだよ?」
純粋な疑問。
「いいから、はよ来いて‼︎」
だが、ボサッしている俺に痺れ切らしたのか、茶髪の男は灰色のジャケットをこちらへぶん投げてきた。
難なくキャッチ。
途端、男は俺の手を引いて走り始める。
突然の行動、そして寝起きようなうまく力の入らない足腰によってつまづきながらも、俺は走り出した。
茶髪の男について行って扉を飛び出てみると、すぐそこは無骨な作りの廊下であった。
コンクリート製の冷たい印象を抱かせる廊下を、俺や隣の茶髪の男と同じ服装をした若者たちが焦りの表情で駆けている。
俺と同じくジャケットを着ながら走っている者も多い。
皆なかなかに屈強な体つきをしており、全体的に女子よりも男子たちが多そうだ。
服装も相まって、彼らにはどこか統制のとれた軍隊を思わせる雰囲気がある。
「ボサッとすんな、行くぞ‼︎」
予想外の光景に呆然としてしまっていた俺は、茶髪の男の背を追って、灰色の軍服らしきモノを着込んだ人波に混ざった。
そうして皆んなについて行くこと数十秒。
「遅いッ‼︎ 遅いぞッ、この青二才どもォッ‼︎ テゴラックスのクソになりたくなければ走らんかぁあ‼︎」
「ヒィイッ‼︎」
「な、なんだよこれ」
朝焼けの明るさ視認した途端、張り上げられた怒鳴り声。
直後、俺はグラウンドに整列しつつある灰色の若者たちに紛れるようにして、暑苦しい外気を感じていた。
俺は一段と高い場所で怒鳴り散らしているヒゲオヤジへと視線を注ぐ。
しかし、声から察するにいかついであろう姿を捉えることはできなかった。
薄っすらと効かない視界のせいでぼやけてしまっているため、焦点を合わせるのに時間がかかっているのだ。
こんなに俺は目悪かったかだろうか……?
「何してんだ⁉︎ 教官と目合わせるなって、馬鹿‼︎」
茶髪の男の切羽詰まったささやき声が聞こえた。
耳障りなので無視を選択したいところ。
しかし、茶髪の男はそんな俺の態度にムッとしたのか、慌てて袖を引っ張ってきた。
「まだ寝ぼけてんのか。ほら、もういいから並べって」
「引っ張るなって」
先導されて灰色の若者たちと同様に列に並ばされる。
俺はとりあえず周りと同じように気を付けの姿勢で目立たないように待機することにした。
茶髪の男は俺のその姿にようやく落ち着いたのか、ホッと胸を撫で下ろして自身も背筋を伸ばし、ぐいっと顎を引いた。
「よし‼︎ 整列したな、どクズども‼︎ まずは己の無能さを自覚する為に街の外周一周してこいィィィイ‼︎」
『えぇぇえー⁉︎』
「このノロマどもがァァ‼︎ とっとと行かんかぁああ‼︎ ケツから30人はもう一周だ‼︎ さぁ、行けッ、行けぇえ‼︎」
「結局こうなるか、はぁ」
「ど、どいうことだ⁉︎ うぇ⁉︎」
整列したばかりの若者たちが皆、うんざりした顔でひとつの方向へ走り出す。
先ほどから一緒にいた茶髪の男もため息をつきながらも走り出した。
だるそうに首をぐわんぐわん振っている。
何が始まるんだ?
やはり訳がわからない。
俺は夢でも見ているのだろうか?
「アダム、前回もビリっけつだったんだから今回は頑張れよ。お前は人より多く走ってんだから体力ついてるはず。きっと今回いけるさ。諦めるなよ?」
「だから、なんのことだ⁉︎」
さっきから親しげに話しかけてくる若者に問い返す。
だが、茶髪の男は、やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめただけで、本格的にランニングし始めてしまった。
自分よりずっと歳下の子供に馬鹿にされたようで腹が立つ。
えぇい、クソ。
なんだあの、やれやれ感は。
仕方なく俺もまた流れに流され、走らせている理由がわからないまま、再度駆け出すのであった。
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