よもやま話(16):毎日書けは本当に正しいの?

 よく小説が上手くなりたいなら毎日書けという言葉を聞きます。偉い先生の口からもそんな言葉が出てくることがあります。


 これって真実でしょうか?


 私は常々疑問に思っていました。しかし最近では結論が出つつあります。


 その結論とは何か?


・毎日書かなくてもいい。

 無理して毎日書くと精神=脳機能が疲弊します。疲弊した脳では学ぶこともできませんし、ましてや上達なんてあり得ません。


 締め切りがある場合は工夫がいりますが、人間疲れたら休まないと病んでしまいます。だから毎日書けなんて私にしてみればナンセンスです。


 古き良き体育会系の迷信や精神は捨て去り、文化的で科学的な、根拠に基づいた学習をすべきだと最近気づきました。


・書けるときに集中して書く。

 書かなければ、言い換えればアウトプットが多くなければ小説の上達は望めません。だから書けるときに集中して書くべきです。


 インプット=読むこと重視の授業よりも、アウトプット重視の授業の方が学習効果が上がると言われています。バランス的には七対三程度にアウトプット重視にするのがいいとも言われています。


 私もその考えは間違っていないと思います。インプットがなければ知識は増えませんが、アウトプットしなければクリエーターにはなれませんよね。実戦=アウトプット経験が多いか少ないかは、何事においても重要です。


 だからリフレッシュした脳で書けるときに集中して書くと、上達が早まると思うようになりました。



・ただ書けばいいというものではない。

 たくさん書くことは重要ですが、ただ書くだけでは上達しないと思います。やはりそこには質が伴わないとよろしくありません。


 知恵を振り絞って考え、苦労して文章を完成させる努力を重ね(≠続ける)たほうが、ただ文字数を多く書くよりも遥に効率よく学習できます。



・期間が空いてもいいから筆を折るな。置くな。

 筆を折ったり、置いてしまえばそこで終わりです。たとえ数年間休んだとしても、また再開すればいいんです。疲れたら休みましょう。書けないときに無理して書くよりも。休んで気力十分なときに書くほうがいいに決まっています。



 というものです。


 私は常々何にでも疑問を持つようにしています。みんなが言っているから、偉い先生が言っているからといってその言葉をそのまま鵜呑みにはせず、はたして本当なのかと疑問をもって考えてみるのも新しい発見や気づきがあったりしていいものです。


 だからこの話も鵜呑みにはせず、考えてみることをお勧めします。


 話を戻して、毎日書かなくてはいいといっても、目標を決めて書ききる努力をしないというのでは本末転倒です。上手くなりたければ、何時何時までに何文字以上の作品を書ききるという目標を決め、それを達成するための効率的な計画を立てるなりして努力することは重要だと思っています。


 失敗したとしても、そこからまた新たな目標を決めて再チャレンジすれば問題ありません。上手くなりたいという仮定の下で重要なのは、筆を折ったり置いたりしないこと。


 書いていればなにかの気づきを得ることもあります。急に上手くなったと実感することもあります。書かなくなったらそこで上達は止まります。


 みたいなことをうだうだ考えて言い訳にしつつ、ここ三日ほど書くのを休んでいます。


 ということで今回はココまでです。

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